新潟県中越沖地震[第10報]

皆様
浦野です。お疲れ様です。
現地入りしております松田より活動状況について昨日の活動報告が届きましたのでお
知らせいたします。(2007.7.25現在)
※尚、第9報は2007.7.24分でした。日付の訂正とお詫びを致します。
※松田は、震つなのメンバーである神奈川・宇田川氏にその役割を引き継ぎ、26日
(木)で一旦名古屋に戻ります。尚、宇田川氏は26日(木)縲鰀29日(日)まで入りま
す。
また、ここでご報告している活動は、地元社会福祉協議会と共に、今回刈羽村災害ボ
ランティアセンターを中心的にサポートしている「中越復興市民会議」の方々の今ま
での経験智と、精力的な活動展開の下支えのもとにあります。
震つな・RSYとしても、みなさんの地域を思う「地元主体」とう気持ちや、一人ひ
とりの被災者の方々と丁寧に向かい合って支援を届けて行こうという「被災者本意」
の姿勢を学びつつ、皆さんと共に息の長い活動を行っていきたいと思います。


■避難所内の活動
[課題と対応]
・今日も2箇所の避難所で地元ボランティア(友の会)による茶の間を開いた
。友の会の方は大変張り切っているが、毎日の茶の間で疲れが見えている他、
避難所でのよい待遇と、在宅の被災者である自分達の待遇の差に驚く姿も見え
た。
→こちらから、週2,3回の開催にすることを持ちかけてみる。(頑張りすぎ
ず、息の長い支援を続けましょうというメッセージを投げかける。)
・子どもと遊んでいる中学生の中から、「ボランティアをしたい。友達も連れ
ていきたい」という声が上がった。
→ボランティアセンターに来てもらいボランティアの一員として活動してもら
う。友達が増え、ボランティアが広がっていくよう見守りたい(こども班)
・お母さんと0縲怩R歳の子どもが遊べる育児ルーム(カンガルームととりあえ
ず命名)がオープン。避難所の若いお母さん方に好評。暑さ対策などの環境整
備と、在宅のお母さんへの周知が課題。(予定していた広報は取りやめ、当面
は育児サークルの代表にチラシを配り口コミでの周知を行う。)
・老人福祉センターのお年寄り対応風呂がほとんど知られていない様子だった
。今日改めてチラシを作り、案内しながら避難所を廻ったところ、昨日まで1
縲怩Q件だったのが10件程度の依頼があった。
※自衛隊のお風呂は多くの人に好評だが、段差が大きい、脱衣所が蒸して心臓
に悪いなど、お年寄りの使い勝手は必ずしも良くないらしい。「自衛隊に躊躇
する人は老人福祉センターをどうぞ」という案内をすることにした。
・避難所間での物資の行き渡り方に差が見えてくるようになった。また、倉庫
にある支援物資が、老人福祉施設(ももの木)には全くないというケースが見
られた。
→送迎などで避難所、施設に足を運ぶスタッフが「三河屋さん」のように御用
聞きをしてくるようにしてみる(倉庫にある支援物資はすぐに対応)
■地域での活動
[課題と対応]
・梅干隊が今日から始められた。バスのボランティアさんなど大勢で対応。「
件数を稼ぐ」のではなく、2時間でも3時間でもお話してきてほしいという指示
のもと家々を廻ってもらう。
・梅干に喜んでくださるかた、これからの生活の不安などについてずっとお話
をする方などがいる一方、全壊家屋の多い地域では住民の方々の表情はみな硬
く、歩いていくのもはばかられるくらいだった。
・しかし梅干隊の声かけにより、未だにお風呂に入っていない人がいるなど声
も上がってきた。
・明日からしばらくは日中刈羽で停車するボラバスがあるので、それを各集落
に派遣しサテライトボラセンにする。梅干や家の片付けなどそこからボランテ
ィアさんを派遣することを予定。
・今年3月25日に発生した能登半島地震にて、被災した穴水町より今の継続的な見守
り活動を行っているグループが応援に入った。梅干隊の声はこれらのグループの方が
聞いてこられた声だ。活動終了後、「今度また訪れたい」とおっしゃっていた。今後
ゆっくり最適なタイミングを見極めつつ、協力していきましょうと伝える。
[被災者のつぶやき]
・未だにお風呂に入っていない方がいる。(半身が不自由なのでその姿を見せたくな
いという理由。)
→保健師さんにつなぐ。社協から老人福祉センターのお風呂を「入ったら気持ちいい
ですよ」と薦めてみることにする。
・3年前に被災し、直した家が今度の地震でまたやられた。もうどうすればよいのか
わからない。
※駅沿いの集落ではこのような「二度の被災」を嘆く声が多く聞かれるようです。こ
の「二度の被災」は今までに経験のなかったこととして、どのようにケアしていくべ
きか考える必要がありそうです。
[松田所感]
・今回は避難所班に派遣で入られた社協の方々が独自のアイデアを出しながら精力的
に活動されていると感じます。
・一日も早く避難所を出たいという気持ちは当然避難者の方々にあるでしょうが、
1ヶ月で仮設住宅が完成してしまうという「速さ」に、果たしてこの短い期間で気持
ちの整理をつけ家を片付けるという余裕があるのだろうかという心配をしてしまいま
す。実際被害の大きな集落ではまだ茫然自失状態だったという声も聞きますので。