16年目のKOBEに想いを馳せて

今週は月曜日がキング牧師の誕生日の振替休日ということで、でめずらしく語学学校が休校でした。ちょうど震災から16年目を迎えた日である1月17日を挟んだ土曜日から月曜日までが3連休。
かねてから、セントラルキッチンでの活動日を増やしたいと考えていたため、土日はキッチンで過ごし、その後、1.17への追悼セレモニーとして、DC内にある大聖堂へ足を運びました。
キッチンへはほぼ毎週通っていることもあり、だいぶ要領がつかめてきて、少しずつ周りが見えるようになってきました。特に土・日は人が多く、キッチンのスタッフもてんやわんやです。十分に目が届かず、人が手持ち無沙汰になっていたり、食材が足りず作業が滞っていたりする時もあるので、そんな時にもだんだんとサポートできるようになってきました。
また、毎回新しいボランティアさんと知り合うことができるので、スピーキング&ヒヤリングの練習にはもってこい。学校にいるよりよっぽど効果的です。隣同士になった人とは自然に会話が始まります。・・・と言っても、いかに簡単なショートセンテンスを繰り返しながら会話を膨らませるか・・・ということに毎回必死なのですが。
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いつもどうしてこんなにコンスタントに人が集まるのか不思議に思っていたのですが、よくよく聞くと、テレビでボランティア募集の宣伝をしているとのこと。先日会ったボランティアさんはそれを見て来たのだと言っていました。日本では特定の市民団体が独自にCMを使うなんて、まず見聞きしたことがないので驚きでした。
さて、日本時間1月17日午前5時46分(現地時間16日午後3時46分)、私はDCで最も有名な協会の一つであるWashington National Cathedral(ワシントン国際大聖堂)で祈りをささげていました。
この教会は、宗派の枠を超え、誰もを受けいれることを目的として建立されており、仏教徒の私も気がねなく入ることができました。皆さんよくご存じのヘレン・ケラーやサリバン先生もここで眠っています。
特にこの教会のステンドグラスは素晴らしく、一度訪れてみたい場所の1つでした。
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私が祈りをささげていたまさしくこの時間は、讃美歌のミニコンサートとちょうど重なり、美しい声に耳を傾けながら、被災者の方、そして同じ気持ちで過ごしているであろう仲間の姿を思い浮かべていました。
被災された方々は、自然の力によってある日突、然被災者という枠をあてはめられました。しかしその枠にただ嘆くばかりではなく、その枠の中でこの先どう生きていけばいいのかを必死で考え、精いっぱい行動し続けていらっしゃいます。逃げたくても逃げられない現実と向き合い続け、様々なことに皆さんなりに折り合いを着けながら、お一人おひとりがベストを尽くしてこられたのであろうと思います。そう考えると、今あるお一人お一人の生が、いかに尊いものかを感じます。
そして、その一旦を支え続けたのは、まぎれもなく「人」であったのだということもまた、尊い事実なのであるとも思います。
あれから16年。
震災を直接知らない人たちの心に、被災された人たちの想い、それと共に歩んできた人たちの想いをどうしたら響かせることができるかという課題を強く感じています。震災後の孤独死681人という数字はとても重いものです。孤独と貧困がその背景にあるという記事がありました。形式的ではなく、どうしたらこの事実が人々の心そのものに響くのか。そして次の行動に繋げることができるのか。16年間、沢山の人たちの心に触れてきたからこその、私なりの伝え方があると思うのです。この課題を背負う一人として、これからも仲間と共に考え続け、行動し続けていきたいと思います。