宮城県七ヶ浜町報告【第228報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第33号](2016年3月1日~3月31日)

皆さま

いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2016年3月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2016年4月11日で震災から5年1ヶ月が経過しました。

今回は震災後、津波被害を受けながらも新しくお店を始められた方のお話しを聞きました。
「道路の復旧工事、防潮堤の建造でこの1年以上ずっと重機が入る大掛かりな工事をしている。音が大きくて昼間はゆっくりできないな

店主の家は海の目の前。津波で1階ほとんど部分が浸水被害を受けましたが、鉄筋コンクリートのため家は残りました。震災から3年後、自宅を修繕をし、喫茶店を始めました。
お店を始めてから2年が経過し、海を見ながら食べられる喫茶店として、地元の皆様を始め親しまれています。しかし、お店の前の道が工事の為、通り抜けが困難に、且つ昼間も工事のため大きな音がでてしまいます。この工事は1年以上行われています。

「復旧工事が必要なのは分かるし、防潮堤も必要だが。6.8mの防潮堤とその後ろに植える防災林で七ヶ浜の沿岸部は海が見えなくなるんじゃないかと心配している。津波は防ぐことは難しい。はやく高台へ逃げるかを考えなきゃならない。道路がきれいになるのは良いが、逃げる時のためにすれ違えるような道路幅が望ましい。

5年が経ちましたが、防潮堤工事、道路復旧は完成していません。
「人の命を守る」、「景観を守る」いろんな観点から防潮堤の高さが決まりました。
この高い防潮堤、復旧道路幅が皆さんの命を守ることを切に願います。

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〇この前はボランティアさんとの交流会に呼んでもらってありがとうね。うまく話せなかったけど、みんなに思い出してもらって役に立てて良かった。本当にめぐり合わせでこうやって出会えたんだもんね。本当にうれしいね、みんなと出会えて。
(60代:女性)
※RSYボランティアバス72陣との交流会に参加された方 

 

〇やっと(きずなハウスに)たどり着いたー。隣町から来ましたよ。この前テレビでやってて、探したんです。私たちの町にはこういった駄菓子とか低価格で買える、そして子どもたちの場所ってのが無くて羨ましい。親も安心ですよね。「ここにいる」ってわかれば安心するもの。
(30代:女性)
〇今年の冬は温かいな。3月もほとんど雪降らなかったけど、やっぱり3月11日は雪降るんだよなぁ。午前中まで温かかったのにな、不思議だよな。
(50代:男性)

 

〇5年ってあっというまだったね。10年くらい生きたような感じ。
そしてあと4年でオリンピックだね。その頃は七ヶ浜も堤防も出来て、道も出来て、ある程度綺麗になるんじゃないのかな。海開きは今年からみたいだね。
(60代:女性)
※七ヶ浜町は2016年夏に10日間の海水浴場OPENを予定している。

 

〇ワカメ/メカブももうそろそろシーズン終わるよ、次はシラウオだね。季節毎にいろんなものが撮れるから楽しいんだよね。季節の味ってやつですね。浜にある海の駅「七のや」がOPENしたから、そこで食べられるらしいよ。行ったことないけどね。
(70代:女性)
※県内初のうみの駅が七ヶ浜にOPENした。 海の資源を活用し、人の集まる場作りを行っている。

 

〇 メモリアルイベントに参加して本当に良かった。やっぱり1年に1回会う機会ってのは必要だね。またこうしてみんなと会えるのを楽しみにしているよ。
(40代:女性)

 

〇もうすぐ公営住宅に住んで1年になるんだ。もう前から住んでたみたいにくつろげる。やっぱり震災前に住んでた地区に戻ってきたからね。温かくなってきたから散歩する人も少しずつでてきたしね。ベンチでもあれば腰かけられるけど、無いんだよね。
(60代:女性)

 

〇ついに来月、仮設から引越しです。4年半以上お世話になっていた仮設ともさよならと思うとなんだかねぇ。住めば都って言うけど、本当だよ。でも、新しい家もこだわりポイントがいっぱいあるんだ。是非、遊びに来てくださいね。
(20代:女性)

宮城県七ヶ浜町報告【第223報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第32号](2016年2月1日~2月29日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

2016年3月11日で震災から5年が経過しました。
3月11日(金)は気温が高く、3月初旬とは思えないほど暖かい日でした。
七ヶ浜町では七ヶ浜国際村にて東日本大震災追悼式が執り行われ、私たちRSY七ヶ浜事務局も代表理事の栗田、常務理事の浦野と共に式に参加しました。
ご遺族代表として話された女性の方は「津波にのまれた時に、私が手を話さなかったらおばあちゃんは生きていたかもしれない。あの時のことは一生忘れることはできません」と後悔の言葉がありましたが、共に「私は元気でやっているよ、天国で見ていててね」と前に向かって進む気持ちも話されました。
仮設住宅の移転も進み仮設入居者も1割程になり、災害公営住宅も全戸整備され、風景はだいぶ変わってきましたがあの日に起こったことは変わらず、そして心に深い傷を負っていることは変わりません。

震災当初には「あの時のことを思い出しただけで気分が悪くなった。寝れない日が続いた」、「サイレンの音や救急車の音を聞くだけも怖かった」とお話しされる方が多くいらっしゃいました。
しかし、日を追うごと、ボランティアや住民同士と話をしたりすることで気持ちに整理がついてきて、今では『当時の体験談を、教訓として話せるようになった』と言える方々が増えてきています。
「辛いことがあったけど、前へと進まないといけない」という想いが伝わってくる言葉だと思います。

「皆さんの応援があってこそ今が在る。これからも精一杯生きることによって恩返しをしたい」そんな七ヶ浜町の住民の皆さんの気持ちに寄りそい、これからも支援を続けていきます。

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■今日は中央公民館でお祭りなのよ。裁縫とか書道とか七ヶ浜内のサークルが集まるの。
でも、でも、ここは避難所だったんたよねぇ。私たちも居たんだよ。あれからもう5年経つんだよねぇ。
(80代:女性)

 

■私たちの世代で何か町のためにならないかな。って思う時もあるけど日々の生活送るのに精いっぱいな面もある。でも、社協さんやRSYさんの活動にボランティアで参加することで町のためになると思うから、これからもよろしくね。
(40代:女性)

 

■5年がくるとか震災の日だとかなんかすごい特別な日みたいにテレビで言うのは3月入ってから。それは仕方ないことだと思うけど、あんまり騒ぎ過ぎなんじゃないかな。
命日でもあるし、そこまでイベントとかみたいにしないで欲しい人たちもいるんじゃないかな。
(50代:女性)

 

■なんだかこの頃、体調が良くなくてねぇ。病院に通ってるの。行くときはタクシー。ご飯はあんまり食べてないの。お茶だけでおわっちゃうことが多いかな。なんだか食欲がなくてね。友だちはいるけどご飯はいつも一人だよ。親せきとかも近くに結構いるから 声は掛けてくれるときもあるけどね。人が集まる場所に行き辛くてさ。私が苦手な人も寄ってるしね。私は仲良しの人たちだけで話してればいいんだ。
(60代:女性 公営住宅)

 

■公営住宅は防音しっかりしてるけど、さすがに木を切ったり、工具を使ったりはできないんだよ。俺は大工だからさ、木工でお年寄りのために何やりたいとも思うね。あとはきずなハウスに寄ってる子どもたちとかもいいな。子どもとかお年寄りでもできる講座みたいなのをやろう。俺はお金ないけど、技術提供ならいくらでもやるよ。温かくなったら木工講座だな。子どもたち向けにまずはやってみっか。
(60代:男性 公営住宅)

 

■私たちの地区に公営住宅が建ったでしょ?入った人たちは同じ地区の人たちなの、本当に何年振りかで会う人もいるから嬉しくて
ね。友達が近くにいるってのはいいねぇ。
(80代:女性 公営住宅)

 

■公営住宅に入ってもうすぐ一年になるんだが、前から住んでたみたいに居心地が良い。
仮設も良かったけど、やっぱり自分たちが生まれ育った地区に戻ってくるってのが良いんだよね。でも、俺みたいな車を運転できる人はいいんだけど運転できない人はどこにもいけなくなったってのはあるよ。周りに商店ないしね。
(60代:男性 公営住宅)

宮城県七ヶ浜町報告【第222報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第31号](2016年1月1日~1月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

2016年2月11日で震災から4年11ヶ月が経過しました。
七ヶ浜町の仮設住宅、災害公営住宅、高台移転地、また日々の活動を通して聞く住民の生の声、現状を皆様にお届けします。

仮設住宅入居者の内、約8割が移転をし、年末年始は再建された家、災害公営住宅で過ごされた方が多かったようです。

最近、訪問時に仮設住宅と公営住宅とを比較する声を多く聴きます。今回はその中でも声の多い『集まる場所』についての話をしたいと思います。

仮設住宅では誰でも使える集会所がありました。しかし、現在町内に5か所ある災害公営住宅に集会所があるのは1か所のみ。その集会所も現在ほとんど利用されていません。
集会所が無い地区は公民分館(集会所)としての役割を担っている「地区避難所」が建てられていますが、こちらも利用者は多くありません。地区避難所を集会所として使えない主な理由は、「利用申請書を出さないといけないので、使いたいときにすぐ使えない」 、「まだ備品が揃っておらず、自分たちで持ってこないといけない」、「地区避難所という名前だから、気軽に使っていいのか戸惑う」等があります。
こういったことが『外に出るきっかけが無い状態』をつくってしまい、「生活に張りが無い」、「つまらない」と云った声に繋がっています。

現在、お互いに声を掛け合い、誰かしらのお宅に集まり、談笑をするなど動きはありますが、集会所を使うまでには至っていません。
しかし、つい最近から「自分の部屋より広い集会所でみんなして集まって縫い物したり、お茶飲みたい」、
「俺は集会所にみんなを寄せて、ボケ防止に木工をしてもらおうと考えている」という声が出始めています。

「1人ではできないけど、応援してくれる人がいるなら・・・」そんな声を町や社協へ繋いで形にしていく他、
「私たち自身(住民)がコミュニティを作っていくんだ」という想いが実現できるように私たちRSYもサポートをしていきたいと考えています。

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■仮設住宅は、雪が吹き込んできて風除室にあった靴が雪まみれになったのを思い出す。
公営住宅は玄関があるからね。仮設暮らしではいろんなことが当たり前じゃないってのをかみしめたよ
(70代:女性 公営住宅)

 

 

■仮設では隣の家の音が聞こえたから、変なこというわけじゃないけど”安心’’してたんだ。
公営住宅に引っ越してから隣の音は全く聞こえないから、居るのか居ないのかも分からない。
防犯上、いいんだか、悪いんだか分からないねぇ
(60代:女性 公営住宅)

 

 

■引っ越して約1ヶ月、老夫婦二人暮らしで、しかも俺が足悪いから片づけは進んでいない。
業者が置いて行ったダンボールは開けてないのがいっぱい。どの箱に何がなにが入っているかすら分からん。
(60代:男性 公営住宅)

 

 

■公営住宅に来てから押し売りが来るんだよ。新聞だよ。A新聞とかB新聞とか。
(セールスの人は)ビール券とかいろいろお土産置いてくんだよねぇ。でも、うちは姪がC新聞社に務めてるから他のは取らないんだ。
(60代:女性 公営住宅)

 

 

■家に居てもなにもすることはない。それと、この頃いろいろと忘れちゃう。
何しゃべろうとしてたんだっけかな?って思う時がある。けど、震災前の隣組の人たちが近くにいるし、雪かきとかもしてくれるから大丈夫。
むしろ、独居の男の人も多いから私含めてその人らのお世話をしていることもある。困ってることと言えば、1人にしては部屋が少し広いってところくらいかしら。
(80代:女性 公営住宅)

 

 

■久しぶりだなぁ!部屋みせっから、入れ!入れ!
本当にいいところにいれてもらったわ。見ろ?ベランダも広いし、海が見えるんだ。いいだろう?
引越しも落ち着いて、神棚も釘使わず作ったし、良かったわ。娘の旦那に作ってもらった。
車まわせっから、今度きずなハウスに行ってみっかんな!
(70代:男性 公営住宅)

 

 

■ようやく仮設住宅の清掃が終わり、仮設住宅サポートセンターの立ち合いの元で引き渡しを済ませ、ホッとしている。
仮設住宅が建ったばかりの頃は、風除室造ったりして気がまぎれ元気になった。
高台に建てた自分の家から菖蒲田浜の砂浜が見える。砂も震災で相当無くなったが、戻ってきてるみたいだね。
(70代:男性 高台移転)

 

 

■あー!久しぶりだごだぁ!はいらい!はいらい!(※入りなさいの意)
おかげさまでねぇ、元気にやってますよ。仮設の時は本当に世話になったよ。若い人たちがやってくれるからいいんだ。
私、仮設に入った時、どうしたらいいか分からなくて頭真っ白になったんだ。
でも、集会所に寄るようになって、学生さんとかいろんなボランティアさんが来てくれていろんな話が出来て元気が出たんだ。
今は孫とみんなで住んでるから、賑やかだよ。
(60代:女性 高台移転)

 

 

■もう人はいないよ?私ら含めても10軒いるかいないかじゃない?ここ一番広い仮設だから、余計に人がいないように感じるよ。ここは全部で150戸くらいあるんだよね。
3月末には私も家族9人で高台へ移転するからそれまで我慢だよ。でも、ずっとここ(仮設)でもいいなぁとも思うときがある。
(60代:住宅 仮設住宅)

宮城県七ヶ浜町報告【第220報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第30号](2015年12月1日~12月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
2016年1月11日で震災から4年10ヶ月が経過しました。
昨年の内に町内全ての公営住宅の鍵渡しが終了し、現在373戸ある仮設住宅の8割以上の方が公営住宅や高台の新居等へ引っ越しされました。様々な課題を抱え、かつ本当に長きにわたった仮設住宅での暮らしから、住民の皆さんの多くはようやく移転先での新しい生活を始められています。一方で、引き続き新居の完成を待たれているなどの事情で、若干の皆さんは仮設住宅に今しばらく居住されます。
こうした被災地の状況から、足湯利用者や七ヶ浜町仮設住宅サポートセンター等とも話し合い、昨年末を区切りに仮設住宅での足湯の活動を終了することとなりました。今後は地区住民の皆さんと話し合いながら、公営住宅の集会所や地区避難所(公民分館)での支援活動を考えていきます。
従いまして、毎月お届けしていました足湯の『つぶやき』は今回で終了させていただきます。
なお、私たちは引き続き被災者の一番近いところで活動を続けてまいりますので、仮設住宅、公営住宅、高台移転地、また日々の活動を通して聞く住民の生の声を皆様にお届けし続けたいと思っています。
次回からもよろしくお願いいたします。
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■おらいの旦那が(足湯で)いつもお世話になってるね。
(旦那は)朝から楽しみにして待ってたんだぁ。今は家の片づけで忙しいけど、
孫とか来てもらってるから、手伝いとかは大丈夫だよ。ありがとうね。
今月(2015年12月末)に引越しだわ。
(70代:女性)
■ついに(2015年の)12月17日に(公営住宅に)引越しだよ。2階だよ。遊びにおいで。
ポストが玄関でなくて、1階にあるの。(※集合ポスト)
取りに行くのが遠くて、大変だー。
(60代:女性)
■A浜に家を建ててるの。完成までは、仮設に残らなきゃいけないわね。
2016年3月頃までには出来上がる予定。仮設にはもうほとんど人がいないわよ。
(70代:女性)
■引越しの片づけを一人でしてたけど、かえって引っ越し業者の邪魔になるかもしれないし、ゆっくりやってるの。
家族が町内に住んでいて一緒に暮らそうって言ってるけど、私みたいなおばあちゃん一人いっても迷惑かけるだけだろうし、同じ部落の人たちといたいからアパート(公営住宅)に入るわ。
アパートの周りにはお店はないけど、移動販売が来てくれるから買物は大丈夫。
車運転できない私たちみたいな人にとっては、とってもありがたいね。
(80代:女性)
■出来る家は立派だ!豪邸!家族5人で暮らすんだ。孫も一緒だからな。
ここ(仮設)ではずいぶん世話になったなぁ。ありがとうございました。これからもよろしくな!遊びに来いよ!
(80代:男性)
■おかげさまで公営住宅に無事引越しはできたけど、誰がいるかもよくわからず、本当に不安なの。
被災前の住所毎で移転だけど、私の地区は広いから知らない人も多い。結局知っている人だけで集まるしかないの。
公営住宅の集会所や避難所ではイベントはやらないから人も集まらない。
でも、この前クリスマスの時に学生さんたちがクリスマス会やってくれた。行かなかったけど。
(60代:女性 公営住宅にて)
■(公営住宅は)防犯だか何だか知らないけど、駐車場やら廊下の外灯が多くて明るすぎる。夜寝られないくらいだ。
同じ公営住宅でも1階と3階じゃ問題も違ってくる。うちらは3階で眩しすぎる。1階は1階で光が入って来なくて暗い。
いろいろあるんだー。
(60代:男性 公営住宅にて)
■(公営住宅へ移ってから)訪問者なんてほとんどないよ。先日ボランティアのおじさんが来てくれたけど、誰かわかんねぇ。
役場とか社協とか訪問してくれるけど、安否確認だけであとは何も話さない。悩みなんかは特に話せないねぇ。
(60代:女性 公営住宅にて)

宮城県七ヶ浜町報告【第215報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第29号](2015年11月1日~11月30日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聞く住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状を知ることができます。
2015年12月11日で震災から4年9ヶ月が経過しました。

12月11日は、4年前に七ヶ浜町の復興商店街「七の市商店街」がオープンした日です。
その七の市商店街も役割を終えるということで2015年11月30日(月)で閉鎖となりました。
店主さんらは各々移転が始まり、新店舗で営業をスタートをされている方もあります。

人が集まる場所となっていた七の市商店街。
町の朝市とは別に独自のイベントを開催したり、町のPRの為に町内外のイベントに出向いて出店したりしてきました。
「商店街でお茶飲んだり話すのが楽しかった」「無くなるのは寂しい」「中央公民館の近くだからつかいやすかった」と惜しむ声も多い一方、

「新しい店舗ができて、営業できるからこそ解体がされる。そのことを思えば復興が進んでいて、前に進んでいるという感じがあるからそれはそれでいいこと」だという声もあります。
店主さんたちも「『移転後も食べに行くからね!』『髪を切りにいくからね!』という声があるから頑張らないといけない」とお話されています。

新たなお家で新たな生活が始まる町の皆さんの生活を支えるのは地域のお店です。
これからも地域の拠り所となるよう頑張って欲しいですね!
RSYは、これからも皆さんを応援をしていきます!

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〇12月に引越しだな。公営住宅だ。うちの(奥さん)と2人ではとてもじゃないけど引越しなんてできないよ。業者がやってくれるからなんとななるけどね。食器棚やエアコンも買い換えなきゃぁ、エアコンは4年はつかってるんだからもう使えないよ。まぁまず、いろいろ世話になったな。
今日はお客が来てるんだ、この頃結構忙しいな。
(70代:男性)

 

〇今日も近所の(仮設の)人が引越ししてたわ。子どもが4人いるところだからかもしれないけど、すごい大きなトラックいっぱいにして運んでたわよ。よく仮設の中にあんだけの荷物が入ってたねー。 私たちも来月(12月)鍵もらうから、少しずつ片づけしてるんだわー。
(60代:女性)

 

〇もう引越し業者は決めてる。公営住宅にも(足湯とかで)来てくれるんでしょ?是非、遊びに来てね。家具とかどうしようか考えてる。仮設の表札はつけられないよねぇ。壁がコンクリートだからね。でも、中に置いとくかなぁ。
神棚をつけてもいいらしいけど、穴開けたりしたら公営住宅出る時に直さないとダメらしい。
どうしようかなぁ、でも仕方ないよね。(神棚は)つけなきゃダメだもん。
私はアパートに入ったことないから不便なところが出てくるかもなぁ。
(60代:女性)

 

〇七ヶ浜に来て60年だけど、やっぱり浜の人っていうのはね言い方がきつくて合わないわね。みんなでいるときは黙ってるの。私、仙台に働きに行ってて隣組の人しか知らないのよ。友達も少ないし、家ながされて全部無くなっちゃったけど、公営住宅に行ってこれから頑張らないとね。がんばるって言っても難しいけどね。
(80代:女性)

 

〇A浜で被災して、仮設に入った。でも、その後息子のとこ(隣り町)に避難して住んでたんだ。隣り町は周りは知らない人だし、気も使うしで女房が七ヶ浜に帰りたいって言ったので、七ヶ浜のアパートに越してきたんだ。「みなし仮設」でなくて普通に(家賃)を払ってな。公営住宅に入居したいと思ってたら、「町外に一度住民票移した人は被災者枠で入れないから今すぐは入れない」って言われて本当に困っている。一般枠でもいいから入れてくれって頼んだら今は一般は募集していないって言われて断られた。俺ら七ヶ浜の人間いれねーで、どうすんだ。って抗議してきたんだけどダーメ。
(60代:男性)

 

〇仮設住宅にはお世話になった。最後は今までのお礼と思ってピカピカにしていくよ。
次の人は入らないからそこまでやらなくてもいいみたいなんだけどね。
住めば都っていうけど本当だよ。避難所から引っ越ししてきた頃とか思い出すね。
(60代:女性)

2015年RSY下半期合宿が終了しました!

みなさま

RSY事務局です。

12月1日~2日にかけて、岐阜県の海津温泉にて、七ヶ浜・名古屋スタッフ合同の合宿を行いました。この合宿は、普段離れた場所で活動しているスタッフ同士がお互いの親睦を深めると共に、事業進捗の確認と、その中で抱える課題や自分なりに努力して取り組んでいることを共有していくことをねらいとして開催しています。

忙しい業務に流されがちな日々を振り返り、協力者やスタッフへの感謝やねぎらい、自分の目標や立ち位置を改めて確認する機会になって欲しいとも考えています。

最初に各自が担当している事業報告や来年度の活動方針を確認しました。

また、その後アイスブレーキングとして、「あなたのここがすばらしい!尊敬します!」と、「あともう一息!」という部分をお互いに伝え合う時間も取りました。初めての試みでしたが、普段改まって自分の思いを伝える機会がなかったので、スタッフには、なかなかの好評で、いい表情が見られました。

最後に、事業の中で自分が抱えている課題、それに対して自分なりに取り組んでいること、今後チャレンジしていきたいことなどを共有し、下半期の目標を発表しました。

日頃私たちの活動を支えてくださっている会員、ボランティアの皆さまへの感謝と共に、スタッフひとりひりが目標を持って前向きに活動していける職場環境を目指して今後も取り組んでいきたいと思います。引き続き、ご理解とご協力の程を、よろしくお願い致します。

 

 

 

宮城県七ヶ浜町報告【第212報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第28号](10月1日~10月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聴ける住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年11月11日で震災から4年8ヶ月が経過しました。

震災から4年8ヵ月・・・ということは七ヶ浜町での「足湯の活動も4年半8ヵ月続けられてきた」ということになります。避難所、応急仮設住宅、町内イベント含め開催された実施回数は300回を数え、住民利用者数は3,000名を超えました。
【『RSY=足湯』=だからいろいろ安心ができる】という本当にありがたいお言葉も頂いています。
災害公営住宅へ引越しするため、『お別れのご挨拶&今までの足湯の思い出話』をしに足湯に来られる方々も。
「足湯でいろんなお話ができて楽しかったわ。移転したら遊びに来てね」
「避難所からの付き合いだからな、俺は七ヶ浜の中で一番足湯をしてもらったかもしれない!表彰もんかもな!笑」
「今はお風呂があるから足湯自体は必要ないかもしれないけど、こうやって楽しい場所だから来るんだよね。公営住宅でもこういうのやりたいよね。」
「名古屋とか北海道とかいろんなボランティアさんが来て、いろんな土地の話をした。行ってないのに旅行した気分になれたのはいい思い出だよ。」
「足湯は足を温めるのもそうだけど、心も温かくなるんだよね。」

公営住宅や地区避難所での足湯を続けて欲しいという声も頂いています。
現地のニーズ、ボランティア募集など様々なことを踏まえて、皆さんの憩いの場を作っていきたいと思います。

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〇もう仮設住宅には人は少なくなってきたね。公営住宅に行ったや高台移転した人の方が多いかも。
お隣さんも引っ越してしまったから、おしゃべりする人がいなくなっちゃったわ。だから、足湯に来ておしゃべするのよ。
(60代:女性)

〇俺が行く高台移転の地区も家がいっぱい建ってきた。海の近くだけど、眺めもいいし、友だちもたくさんいる。早く行きたいね。
家建ったら、足湯のみんなを招待するから遊びに来てくれよな。
(70代:男性)

〇来月にはもう集会所(仮設)にいないからね。これで足湯は最後になるわ。いままで本当にお世話になったね。ありがとう。
(70代:女性)

〇俺は仮設から出んのは12月末だからよ、また来月もきてくれよな。
(集会所の利用が)昼間なんか俺一人の時もある。他の人も来ればいいのになあ。
(70代:男性)

〇公営住宅の鍵もらってどんどん荷物運んでもらって引越ししてんだけど、まだ仮設住宅には荷物を置いてあるの。
4年半の荷物って結構あるんだよ。仮設住宅ににあんだけはいってたとは思えないくらい、いっぱいあるんだよ。
(60代:女性)

〇本当は引っ越したくない。高台移転地も何か所かあるけど、選べる方式が良かったわ。元住んでいた地区に戻るような移転の仕方

なんだ。行くところはお店もないし、主要施設からは遠くなるしで正直仮設にいた方が立地はよかった。まぁ、こんなこと言ってた
ら始まらないけどね。
(70代:女性)

宮城県七ヶ浜町報告【第209報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第27号](2015年9月1日~2015年9月30日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聴ける住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年10月11日で震災から4年7ヶ月が経過しました。

七ヶ浜町では町作りの一環として、住民地区懇談会を地区毎に一回ずつ、地区避難所や公民分館を開催しました。
町から現在の政策を説明、それに対して住民からの意見をもらい、反映させてより良いものにしていくための意見交換会です。。

懇談会の中では、「人口増加/定住化のために空き家を活用したらいいのでは?」、「公営住宅の近くにお店がないので、新規事業
者を誘致したらどうか、又は移動販売車を多くやれればいいのではないか」、「海水浴場のオープンはまだ先なのか」、「賑わいの
場がない。道の駅を作れないか」などなどこれからの七ヶ浜町のために熱心な皆さんの様々な意見が飛び交いました。
しかし、開催時間が平日夜19時からだったせいか若い世代の参加がほとんどありません。
とある参加者からは「これからの七ヶ浜を担う人たちの意見を尊重すべきではないのか、若いお母さん・お父さんと大学生、高校生
くらいを狙ったワークショップを開催すべきだ」ともありました。
一方、町の担当者からは「これから、こういった懇談会を重ねて、皆さんと一緒に町作りをしていきたい」とありました。

住民と行政の恊働とはよく耳にしますが、一部の人たちだけでなく幅広く声を集めることが重要だと思われます。私たちは『会議などの場では言い出せないけど、日常会話で出てくる 「つぶやき」 』を大切にしながらこれからの町作りをサポートし続けていきます。
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〇集会所での足湯は初めてなのよ。
A浜生まれのA浜育ち。今はB浜のみなし仮設アパートに住んでるの。
午前中は公営住宅の説明会だった。幼馴染がこの仮設に住んでいるから寄ったの。
4年半でやっと戻って来れるわー。
(60代:女性)
※みなし仮設住宅にお住まいの方で今年、公営住宅に入られる方
〇町営住宅へ引越し準備をしていたの。量も多いし、重いし2人じゃとても大変。
しかも町営住宅に移ってもトイレやおふろに窓がない。話を聞いてみていると、畳も固いし、本当に暮らしにくい。まだ、住む場所
を見てないからはっきりは分からないがエレベーターはついているらしい。
(60代:女性)
〇菖蒲田の公営住宅には集会所ができるのだけど、そこでも足湯やってもらえたらなと思っています。仮設住宅の集約化が行われる
けど、集約される人たちは自立再建されるされる方が多い。電灯・カーテンを自費で用意できないので移転できない年金暮らしの人
たちもおられる。この間、町長には伝えた。
(70代:男性)
〇隣の人がみんな(仮設を移転をして)いなくなってしまったから、夜1人でいる時、何かあったら大変なんだ。
(70代:女性)
〇足湯は久しぶり、避難所にいた頃はしょっちゅう行ったけど、再建は時間が合わなかった。
10月に(住宅の)鍵が渡されるけど、片付けが全然できていない。片付く気がしない。
11月になるのではないか。休みの日には子どもたちがいるし、そのために連休を 取るのは嫌だ。
引っ越しらしい、引っ越しはしたことがない。
(女性:30代)
〇今日は午前中役場で用事あって、そのまま来たんだ。最近は集会所に行くのが楽しくってね。 やっぱり、家にいると何も生まれな
いね。外に出て人とお話をして、たまに自分の悩みを言って。自分だけで考えててもしゃあないからね。
(女性:60代)
〇災害公営住宅に入る時に提出する書類が字が小さくてよ・・・・ぜんぜん見えないんだ。
なんて書いてあるのかすら分からん。俺みたいな見えないし、書けないしって人のための相談窓口みたいなのはないのかな。
あんたらしか頼む人いないからさ、いつもありがとうな。
(男性:60代)

 

宮城県七ヶ浜町報告【第206報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第26号](2015年8月1日~8月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聴ける住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年9月11日で震災から4年6ヶ月が経過しました。
復旧から復興へ、そして町作りへと刻々と歩みを進める七ヶ浜町。
震災をきっかけに被災地に引っ越すボランティアさんというテレビ番組を見たけど、七ヶ浜にもそういう人たちいてもいいはずだよなぁ。
七ヶ浜は自然豊かで、雪も少なく、夏も風があって涼しい。住むには最適だよ!」
という声を聴きました。人口流出は他地域と比べれば緩やかではある七ヶ浜町ですが、少子高齢化は止まりません。
又、仕事のメインとなる第一次産業の後継者不足や子育てしやすい環境や福祉事業の充実・改善が必要との声もあります。
現在、地区ごとに分かれ町作りのための住民を交えた意見交換会を役場主催で行うなど復興への街づくりが町の最重要テーマとなっています
街づくりに励む七ヶ浜町のみなさまを、引き続きサポートさせて頂きたいと思っています。

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〇仮設は畳だったけど、県営住宅に移ったら床がフローリングで足が疲れる・・・。
新しい地区に行くから、ご近所さんとの付き合いもこれからしてかないとダメだね。
(30代:女性)


〇熱中症がこの仮設から2人も出たから、体調管理はしっかりしないとね。
仮設は風が抜けなくて暑いんだ。特に台所はモヤモヤする。換気扇回しても変わんないんだわ。
(60代:女性)


〇私、一人で何でもやるのね。家に誰もいないから。
隣り町の病院に行ってるけど、こっからタクシーで片道1800円。往復だと馬鹿になんねっちゃ。お金すぐなくなるのさ。
この前は下痢で大変だった。こっち(仮設)に来てから4回目だ。
しょっちゅうではないけど、やっぱり環境が合わないのかねぇ。公営住宅に移るのは来年1月かなぁ。
(70代:女性)


〇テレビが友達なの(笑)
あと畑でキュウリ、ナス、トマトを作っているの。こんなことも無い限り外に出ないから。こっち(仮設)来てから調子が悪くてね・・・。いろんなところが痛くてね。
浜にいた時(仮設に入る前)はクーラー/扇風機なんてつけたこと無かった。
浜風が入ってくるからね。
(80代:女性)


〇最初は社協さんとか訪問しにきてくれたけど、今はさっぱりだよ。
お客さんも誰も来ないから私から出かけてくんだ。車ないとどこにも行けないけどね。
(60代:女性)
※仮設から引越しされて公営住宅に入居された方


〇お友達が仮設から公営住宅に移ったがこういう機会(足湯)がないとしか集会所に来れなくなってしまったのよ。
あなた方がこうやって足湯をしてにきてくれるとみんなに会えるし、気持ちいい気分にもなれる。いつもありがとうね。
(70代:女性)


〇集会所使う人もどんどん減ってきたな。みんな移転してくんだ。俺も11月には行く。いろいろ世話になったな。
でも、まだ仮設にいっからよ。来月も再来月も来てくれよ。
(80代:男性)

宮城県七ヶ浜町報告【第203報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第25号](2015年7月1日~7月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2015年7月号をお伝えします。
七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聴ける住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年8月11日で震災から4年5ヶ月が経過しました。
ついに町内最大規模の防災集団移転地でもあり、新しい行政区となる『笹山』地区に家が建ち始め、移転する世帯も出てきました。山を切り崩し造成した高台に在り、菖蒲田浜を見下ろせる景色のいい場所でもあります。
「せまい仮設からやっと我が家に入れる。今度は広いから孫とも一緒に住めるんだ。すごい楽しみだ。」といった期待の声がたくさん聞かれます。

しかし、一足先に引っ越した方からは、
「広い家に住んでみてはなにか落ち着かない時もある。少し慣れるまで時間が掛かるかも」、
「息子たちはいいけど、俺たちは車がないからどこにも行けない。周りに店はないし、家にいるしかない。」
「早く来すぎたかもしれないって思う時もある。友達と会えなくてさびしい。早くみんな引っ越してきてほしい。もうちょっとかな。待ってるよ。」
という声も・・・。

新たな土地で生活をスタートする方、仮設住宅に残り移転を待っている方、まだ先が決まらない方・・・人それぞれ、さまざまな想いを胸に復興へ向かう町民の皆さん。
これからも足湯やその他活動を通して皆さんの想いに寄り添い、共に歩んでいきたいと思います。

高台移転地 笹山地区笹山地区から観る菖蒲田浜

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○俺は足が悪いから足湯に入ると良く眠れるんだ。本当に気持ちがいい。
今、台に家を建てているんだ。こんな不便なところ(仮設)は嫌だよ。
(80代:男性)

 

○今日は漁の仕事がないからねぇ、暇なんだよ。運動不足になっちゃうから畑の手入れをしている。足湯は夫がいつもお世話になっています。足湯に入ると気分が良くなるし、寝やすくなると嬉しがっているんです。震災で何もかも流されてしまったから、だからむしろこう、漁も畑も頑張ろうと思っているんだ。
(80代:女性)

 

○仮設から出て高台に8月に新しい家が建つけど、周りはまだ家建ってない。
移転したら、遊ぶ人がいなくなっちゃうからまだ仮設にいたほうがいい….
(中学生:女の子)

 

○集会所は涼しいけど、仮設は暑い。特に料理の時が暑い。男は良いよね。料理しないから。
「暑い、暑い」と旦那が言うので、いつもケンカになる。仮設も人が少なくなって、戸をあけているから喧嘩が目立つ。
この頃疲れているのは、復興住宅の書類を作っているから、厚さがこんな(約5㎝)くらいある。
10月に入れると言うが詳細はよく分からない。
(60代:女性)

 

○七ヶ浜はいいところだろう?俺らは生まれも育ちも七ヶ浜なんだ。30分で仙台いける、自然は良いしな。
釣りもできるんだ。仕事はないんだけど、それでもここに住んでいたいよ。
(60代:男性)

 

○公営住宅の抽選会終わったよ。3階になった。エレベーターあるから大変じゃないよ。
仮設店舗にいた八百屋さんの新店舗が公営住宅の近くで嬉しい。お散歩がてら遊びに行くようにする。
(70代:女性)

 

○今から(高台移転する)家を建ててもらっている大工さんたちに差し入れ持って行くんだ。
完成したら絶対に遊びに来てね。お世話になったからねぇー。
(60代:女性)