村井 雑感レポート No.15

RSY事務局・清野です。
震災がつなぐ全国ネットワーク顧問・村井氏の雑感レポートが入りましたので、ご紹介します。
能登半島地震発生から1ヶ月が経った。今なお避難所には256人の方がおられる。仮設住宅に入居される方、持ち家を再建される方、また残念ながらこの機会にこの地を離れられる方など、厳しい今後の暮らし方を迫られる。持ち家を再建または補修して暮らせる方はともかく、一概に希望を見出すのも難しい現実でもある。そんな中で、これまでに集まった義援金の一次配分の発表があった。全壊家屋で70万円、半壊家屋35万円である。新潟県中越地震では、全壊家屋に200万円、大規模半壊100万円、半壊25万円が支払われた。もちろん、善意の義援金なのでありがたく受け取ることになるのだろう。しかし、現実の問題としては厳しいものだ。
正直言ってこれまでの大規模災害に比べてマスコミへの露出度は少なかった。もっとマスコミが報道してくれれば、違っただろうにと悔しい。ともすればさまざまな貴重な伝統文化が危機にさらされることを考えると、また歴史的な奥の深い意味合いを考えると、実はもっともっとマスコミも報道していいのではないかと期待してしまう。それでも被災者たちは不満を口にすることなく、ジッと耐えているという日々である。何とか家を再建して新しい暮らしを出直そうと思っても、後継者がいない、どんどん集落の世帯が減少するなど悪循環ばかりが浮かび上がってくる。これでは希望の灯りが見えないのは無理もない。今朝のA新聞では、被災地輪島市門前町黒島の取材記事がでていた。竏注蕪∫ャを対象に224世帯にアンケートをとれば、「黒島の家を継ぐ」と答えたのが31世帯だった竏窒ニ。じつに限界集落の厳しい姿を見る思いである。

続きを読む

村井 雑感レポート No.11

RSY事務局・清野です。震災がつなぐ全国ネットワークの顧問・村井氏からの雑感レポートをご紹介します。
————————————————-
能登半島地震から3週間が経とうとしています。すでに救援レポートでもお礼をのべましたが、去る11日に「中越・KOBE足湯隊」の報告会を開催し、多数の参加と今後の活動への募金を会場カンパとして頂きました。この報告会の概要については被災地NGO恊働センターのHPで紹介させて頂いています。(http://www.pure.ne.jp/~ngo/notodan.htm)
さて、この報告会では足湯活動を通して、災害後救援ボランティアの質的転換と進化が見えたと複数の研究者やジャーナリストがコメントされた。阪神・淡路大震災以後、災害直後に瓦礫の片付けや掃除、避難所から仮設住宅への引っ越しなどという、いわゆる「救援ボランティア」は定着したと言える。しかし、他方大切なのは日頃の事前の備えだという議論も沸騰し、最近の一つの考え方として「減災サイクル」というものがある。私も全国各地での講演では「減災サイクル」をもとに話す機会が多い。
「減災サイクル」とは、災害後の応急対応期には「もう一人の命が救えないか」と取り組み、その後の復旧・復興期では「最期の一人までも救おう!」と取り組む中で、見えてきた課題解決のために結局、「たった一人の命をも救う」ためには、日頃何をすべきなのかという「被害軽減・抑止期」があり、それは日頃の備えとして取り組むことにつながるというサイクルである。この3つの災害後の段階(応急対応期、復旧・復興期、事前軽減・抑止期)での各々の成果が出せる社会というのは、もう一つの社会と言えないかと考えているのが、(僭越ですが)”村井流減災サイクル”と言わせて頂いています。(もし必要な方はデータで減災サイクルの図表を送りますので連絡下さい。)このもう一つの社会を築くには、常に社会の変革を意識しておかなければならないということになるだろう。

続きを読む

村井 雑感レポート No.10

RSY事務局・清野です。震災がつなぐ全国ネットワークの顧問・村井氏からの雑感レポートをご紹介します。
————————————————-
能登半島地震以来、いろいろな視点で能登地域を見ているのですが、七尾にいる知人から貴重な情報を頂きましたので、みなさんもお時間があれば是非覗いて見て下さい(石川情報書府編「青の回廊」http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/kairou/index.html)。
 地震後、阪大のA先生とのやりとりから、以前読んだ網野善彦さんの『日本社会の歴史』(上・中・下)のことを思いだし、もう一度日本地図で日本と中国・朝鮮半島・ロシアとの位置関係を眺めて見ますと、見事に日本海側は東アジアとの交流の玄関口だっんだなぁということが想像できます。紹介した「青の回廊 環日本海交流と加賀・能登のルーツ」には見事にその歴史的な背景が記載されています。
 またこの能登・加賀の地域は、仏教との関係も深くすでに話題によくでる「総持寺祖院」や、浄土宗を開祖した法然上人の弟子親鸞上人に続いた蓮如上人が歩いた地域だそうです。この地域にはいろいろな伝統的な祭りがあり、それぞれに寺との関係の中で脈々と現在までつなげられてきたようです。1300年縲鰀1400年も、この地で人類の営みを守り続けてきたこの地の方々に敬意を表さざるを得ない。また、大陸から文化を届けて下さった大陸の先祖様にもお礼を言わなければならないでしょう。

続きを読む

村井 雑感レポート No.9

RSY事務局・清野です。震災がつなぐ全国ネットワークの顧問・村井氏からの雑感レポートをご紹介します。
————————————————-
能登に向けて、今晩「中越・KOBE足湯隊」の第2段が出発する。1回目は神戸大・大阪大学・長岡技術科学大学などの学生有志が中心だったが、今回2度目は、神戸学院大学の学生も加わる。さらに、2年前の台風23号による被害を受けた豊岡・出石地域の支援に、あの時以来休日の度にほぼ2年間通い続けた被災地神戸市長田の住民も加わっての「中越・KOBE足湯隊」となる。今日の「中越・KOBE足湯隊 レポート」で被災者の声を、足湯をしながら聞き取った若者のレポートとして紹介しているが、是非読んで頂きたい。
ともすれば長年守り続けてきた集落が消えるかも知れないという現実を受け止めながらも、不思議なほどに悲壮感のないたくましさに、こちらがオロオロするほどの生の声を聞かせて頂いている。今回の能登半島地震は、これからますます深刻になる日本の中山間地域における”限界集落”の将来を予測させるような災害だ。

続きを読む

村井 雑感レポート No.8

 RSY事務局・清野です。震災がつなぐ全国ネットワークの顧問・村井氏からの雑感レポートをご紹介します。
————————————————-
 能登半島地震後5日目になる3月30日・31日の二日間、「中越・KOBE足湯隊」として被災地に入り、避難所の被災者に対して足湯マッサージを行ってきた学生さん達が帰ってきた。足湯を行っている間に記録した被災者の”つぶやき”集である「足湯ノート」を見せて貰った。足湯に来られるのは、圧倒的に高齢女性である。以下に少し足湯をしながらの被災者のつぶやきを紹介したい。
(80才 男性)
金沢にいる子どもが、「こっちに来いというが住み慣れたとこがいい」
(?才 女性)
夫は船乗りをしていた。1年のうち家にいるのは2ヶ月縲鰀3ヶ月あとはずっと海の上にいる。夫がいない間、自分は姑と子どもの面倒を見ながら働いた。土方の仕事も何でもした。子どもにこんなつらい思いはさせたくない(船乗りの家族)という気持ちから無理をしてでも学校へやり、やがて都会で就職していった。

続きを読む

村井 雑感レポート No.4

4月3日、5日に、輪島市門前町の「もんぜんや」という喫茶店で、「住宅修復説明相談会」が開かれます。この相談会は、新潟中越地震後も古民家の修復や被災住宅の再建・修復に尽力された新潟の建築士さんが呼びかけて実現したものです。地元の門前町まちづくり協議会が主催し、金沢職人大学校と日本民家再生リサイクル協会とが共催するそうです。こういう内容の相談会がいち早く地元で開催されるということは、先行きの不安を抱えている被災者にとってはありがたい催しの一つではないでしょか?今、被災者は例えば全壊と認定されても、状況によっては「修復できるなら、建て替えでなくても?」というようなことで悩まれる方もおられるのでしょう。いづれにしろ、正確な情報が今一番欲しい時で、情報が入らない、もしくは情報が混乱することが不安を助長させるものだと思います。「中越・KOBE足湯隊」が、現地では大変好評ですが、次ぎに必要なのは、こういう内容も含めた「なんでも相談」だと思います。人に聴いて貰ったり、とにかく人に話すことでどれだけ不安は解消されるか、「相談」のやり方で効果は大だと思います。実は、「足湯」も相談の変形パターンです。

続きを読む