調査地被害

 大学の頃からお守りのように持っている「調査地被害」(1972・宮本常一)という文章があります。調査する側は常に調査される側から情報と時間を奪い、そして何も返すものはない、というフィールド・ワーカーへの戒めの言葉です。
 昨年11月に穴水に伺ったとき、いつも以上にたくさんの町の方々からお話を聴く機会を得ました。なかでも印象的だったのが、「私達は地震直後、できるだけ被災の実態を知っていただきたくて、慌しい中でもできるかぎりのアンケートに答えた。また仮設のお年寄りにも、協力するように勧めた。でも一年半経った今、その答えがどのように反映されたのか、結果を教えに来てくれる先生は一人もいない」という町の方の言葉でした。
 研究者や取材者の立場からすると、「結果は出ていても、それを町に還元する場がない」というのも事実です。能登半島地震からもうすぐ2年、震災後にインタビューやアンケートを行った人々がその成果を町の方に向けて報告できる機会を、今江尻屋さんとサロンの智恵を結集して企画中です。
 もちろん、ボランティアとして能登に入った方々にも、もう一度町の人に会いに来てほしい、そして能登を再訪された皆さんに、旬のカキをおなか一杯になるまで味わっていただきたいのです。詳細を明らかにするにはもう少し時間がかかるようですが、能登から2周年の週末をあけて、待っていてくださいね。
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もう少ししたら、ボートから復興を学べるようになるかも。
 なぜこんなことを突然綴るかというと、最近色々なことが落ち着いて、綴れる時間ができたからです。この2年間穴水から学んだことは、できる限り発信しなければとはずっと思っていました。2周年に向けて、順番は前後してしまいますが、しばらく書き綴っていこうと思います。
追記:「調査地被害」は最近になって「調査されるという迷惑」として新たに出版されているようですね。買わなくては。

14年目の1.17

きまぐれブログ屋、もといブログ大不精のスタッフ・松田です。本年もよろしくお願いいたします。
今年こそ、みなさまにここを使ってRSYの新鮮な情報をお届けできるよう精進します。
「あんたのその誓い、何回めだよ」などと言わず、暖かくお見守りください。
今金沢のホテルでこれを書いています。今晩は穴水に泊まる予定でしたが、こちらは
警報級の豪雪で七尾線も運休になったと聞き、万全を期して金沢まで戻ってくることに
しました。途中の能登有料道路は…、まるでオフロードでした。
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クリスマスだろうが、大雪だろうが、25日の復興サロンは開かれてます。
能登2周年に向けて、江尻屋さんで、町の人も、ヨソの人も、この2年間を振り返り、
伝えていけるような企画を考えています。ご期待ください。
ところで、先日14年目の1.17KOBE、私自身は2度目の1.17KOBEに参りました。
おひとりおひとりの、あの日からのストーリーが今も続いていることを感じました。
それから、何年ぶりかという友人、知人と何人も会いました。
25日のサロンもそうですが、依頼状がなくても、一斉メールが回らなくても、
この日にここに行けばこの人たちに会える、という感覚は被災地独特のものです。
先日、穴水で墨を入れた竹灯篭も、東遊園地で光を灯しているのを見届けましたよ。
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かき

サイトリニューアル中でブログが見にくくなっています。すみません。必要な情報が見やすいブログに改善していく予定ですのでどうぞご了承ください。
さて、私達は3月末に田麦山、穴水、刈羽の三つの被災地を同時に訪れました。私は穴水に行きましたが、そこでの印象を以下の写真に託します。

かき。
かきかきかき。
たくさん頂きました。
でも本当はかきが主人公ではなく、お世話になったたくさんの方との再会の旅になりました。バラバラと穴水を訪れていたスタッフも集合したのは初めてでした。
それから、震災後一周年にあたり穴水町長さんから感謝状を頂きました。ありがとうございます。ファンとして魅せられた私達はまだしばらくこの町の支援を続けていきます。

穴水名物「もずくうどん」いただきました。

こんにちは。松元です。
先日、穴水から事務所に「もずくうどん」が届きました。このうどんは穴水高校の生徒さんが、地元名産のもずくを復興のために考えたオリジナルの商品で、来月には駅前商店街の一角で販売をするそうです。
先日、その「もずくうどん」をスタッフみんなで試食することになったのですが・・・
事務所なのでナベやコンロは無く、生めんのみだったので、ご近所に住んでいる北川のお母さんを誘いナベやコンロ、調味料や自家製ねぎを用意して作っていただきました。
そして感想は・・・
「もずく」独特の感触やほのかな味がおいしかったです。
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「よみがえれ能登」プロジェクト報告(写真集)

◎輪島:朝市のこと
「丁度店開きをして、しばらく経ったときだった。大きな揺れがきて、みんな肩を寄せ合った揺れが納まるのを待っていた。怖かった。家は壊れてしまったが、落ち込んでいても仕方がないので・・・」と、その時のことを思い出すようにゆっくりと話してくれたのは、1000年も続いている輪島の朝市のおばあちゃんである。「神戸から来たんです。」というと、「あ縲怐A何年か前に神戸の方でも大きな地震があったね、遠いところからご苦労様です。」と言われた。いつもそうなんだが、災害の被災地行くと、「神戸から来たんです。」というだけで、見ず知らずの人とでもいろいろと話が弾む。共通体験がそうさせているんだろうか。そういえば、この朝市組合の組合長さんと話した時も、「ほんとにこの度は人の情けというものをこれほど身にしみて、感謝したことはないなぁ!」と全国からの励ましの手紙などを見せながら、少し涙を浮かべて話された。どこの被災地でも、人と人との支え合いや助けあいの有り難みは共通して話される。日本には「困ったときはお互いさま」という言葉があるが、一体いつ頃から言われているのだろうか?

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能登半島穴水町復興ブログができました。

事務局・清野です。
中越沖地震関連の活動報告が多い昨今ですが、能登半島も忘れてはおりません。
RSYは、能登半島地震被災地の穴水町で、行政や地元の商店主さんたちと一緒に復興のお手伝いをさせていただいているのですが、このたび、穴水町・能登半島地震復興支援プロジェクト「がんばらんかいね能登・穴水」なるブログが出来ました。
穴水町・能登半島地震復興支援プロジェクト
「がんばらんかいね能登・穴水」
http://www.anamizu-fukkou.com/
ブログでは、復興へ向けたプロジェクトの計画や報告のほか、現在の穴水町の様子なども、写真で見ることが出来ます。
復興へ向けて、着々と歩んでいる能登半島をこれからも応援していきたいと思います。
◆ちなみに、こちらのサイトもお勧めです。
穴水町で商店街復興のために、活動されている幸寿しさんのサイトです。能登半島の名物が購入できたり、日々のつぶやきなどもあったりして面白いですよ。
…………………………………………
石川県・能登半島の幸寿し 通販
http://www.kouzushi.com/
平成版 嫁,姑物語
http://kouzushi.her.jp/yaeko/
能登半島・食旬々
http://kouzushi.her.jp/syun_blog/
このわた くちこ・能登半島の幸寿し BLOG 輪島朝市
http://kouzushi.her.jp/blog/

能登半島穴水町復興ブログができました。

事務局・清野です。
中越沖地震関連の活動報告が多い昨今ですが、能登半島も忘れてはおりません。
RSYは、能登半島地震被災地の穴水町で、行政や地元の商店主さんたちと一緒に復興のお手伝いをさせていただいているのですが、このたび、穴水町・能登半島地震復興支援プロジェクト「がんばらんかいね能登・穴水」なるブログが出来ました。
穴水町・能登半島地震復興支援プロジェクト
「がんばらんかいね能登・穴水」
http://www.anamizu-fukkou.com/
ブログでは、復興へ向けたプロジェクトの計画や報告のほか、現在の穴水町の様子なども、写真で見ることが出来ます。
復興へ向けて、着々と歩んでいる能登半島をこれからも応援していきたいと思います。
◆ちなみに、こちらのサイトもお勧めです。
穴水町で商店街復興のために、活動されている幸寿しさんのサイトです。能登半島の名物が購入できたり、日々のつぶやきなどもあったりして面白いですよ。
…………………………………………
石川県・能登半島の幸寿し 通販
http://www.kouzushi.com/
平成版 嫁,姑物語
http://kouzushi.her.jp/yaeko/
能登半島・食旬々
http://kouzushi.her.jp/syun_blog/
このわた くちこ・能登半島の幸寿し BLOG 輪島朝市
http://kouzushi.her.jp/blog/

気まぐれ穴水巡り記 その2 〜「川」のある商店街

6月22日の能登地方は大雨でした。
外でよい写真が撮れる条件が整わなかったので、私が穴水を訪れている本来の理由である「ふれあいサロン」での話題を紹介します。「ふれあいサロン」は、穴水町商店街の復興について商店主さんや町役場の職員が意見を述べ合う場所として用意されました。
この日は目指す商店街のアイデアとしてたくさん出されたものの中から「テーマ」を決める作業を行いました。3つの班に分かれての作業でしたが、いずれの班でも出てきたテーマが「川」に関するものです。

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気まぐれ穴水巡り記 その2 縲怐u川」のある商店街

6月22日の能登地方は大雨でした。
外でよい写真が撮れる条件が整わなかったので、私が穴水を訪れている本来の理由である「ふれあいサロン」での話題を紹介します。「ふれあいサロン」は、穴水町商店街の復興について商店主さんや町役場の職員が意見を述べ合う場所として用意されました。
この日は目指す商店街のアイデアとしてたくさん出されたものの中から「テーマ」を決める作業を行いました。3つの班に分かれての作業でしたが、いずれの班でも出てきたテーマが「川」に関するものです。

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気まぐれ穴水巡り記 その1

松田です。RSYの一員となり3ヶ月経ちました。ここのところ金曜日に穴水町を訪れる週末が続いています。
今も穴水町では被災家屋の取り壊しや建て替えが少しずつ進み、また仮設住宅での暮らしも続いています。地元の方々は次なる支援について真剣に策を練っておられます。
もちろん、被災地である穴水町には今後も継続的な支援が必要です。ただ、毎週穴水の方に良くしていただいている身として町の違った一面も紹介したいと思い、ブログに綴ることにしました。写真の腕が恐ろしく悪いのですが、ぼちぼち技を磨いていきますので、見てやってください。穴水には素敵な「人」もたくさんいますので、そのうちカメラに収めてきます。
なお、RSYが事務局をつとめる「震災がつなぐ全国ネットワーク」では、能登半島地震の被災地を中心に、美しい奥能登の風景を集めようという計画も進行中です。(実現するかはまだ未定ですが) 私も新潟中越地震のときに棚田の風景をテレビで観て、あんな風景が日本に残っていたことに驚きました。能登も捨てたものではなく、あの農村風景とはまた違う魅力的な景色が至る所にあるんです。能登半島地震が忘れられないうちに、私が中越で感じたような驚きを多くの方に持ってもらうことも、息の長い支援につながるのだと思います。
前置きが長くなりましたが、今日は3枚紹介します。

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