17 非常時に向けた日常を楽しむ
状況situation
南関東地区では1923年の関東大震災(プレート境界型地震 M7.9 死者10万人以上、80万戸以上の家屋被害)から80年を経て、再び活動期に入ったと言われる。
地震調査研究推進本部の発表によると、首都直下型のM6.7〜7.2の地震が発生する確率は、10年以内30%、30年以内70%、50年以内90%といわれる。
被害想定は、死者1万3000人、被害家屋80万棟と見られている。いつか必ずやって来るであろう首都直下型地震にいかに備えるべきか…。
事例case
早稲田。人口5万人の内約3万人が学生という町である。大学を取り囲むように7つの商店会、約460店舗が点在している。
商店会では、学生のいなくなる休みの時期に「夏枯れ」という現象が起きる。96年、商店会はこの夏枯れ対策の為に「環境」、「リサイクル」をキーワードに集客のイベントを仕掛ける。あくまでも「人集めの為の不純な動機」だったと語るのは、早稲田商店会エコステーション事業部長、藤村望洋さん(62)。会場に置かれた空き缶やペットボトルの回収機にゲーム感覚を盛り込んだ「ラッキーチケット回収機」は高い人気を得た。空き缶やペットボトルを機械に入れるとサッカーや野球のゲームが始まり、当たりが出ると商店会の店のジュース無料券や餃子割引券からハワイ旅行までの懸賞が当たる。
これにより町から空き缶がなくなり、おまけにチケットを手に店に客がやって来るという効果を生み出した。その後98年、回収機を設置した拠点「エコステーション」が生まれた。これは地域をつなぐ情報発信基地にもなった。
この早稲田方式が各地に広まり、現在では「エコステーション」は全国の商店街や地域に約100ヶ所を数えるほどになった。
全国の商店街の寂れた現状に藤村さん達は、「商品に原因がある」と気付く。大手量販店と同じ物が並んでいても勝てるはずがないと。
そこで全国のエコステーションのネットワークを使った物流販売を始める。数量は少ないが、その地域には特有の季節商品などがいっぱいあり、それを携帯電話やインターネットを使って情報発信し、販売するシステム「FOPO」(フィールドオフィス・パーソナルオフィス)を考え出す。それが、「震災疎開パッケージ」の発想につながっていく。
いつ来るか分からない地震災害をいかに日常的に考え、つながっておくかという発想から考え出されたこの「震災疎開パッケージ」。
年間5000円(小学生以下3000円)を払う事で万が一、地震災害が発生した場合、疎開先に2〜3ヶ月間避難でき、一年間地震がなければ疎開先の2000〜3000円分の特産品が届くという共済保険のようなシステムだ。災害時の混乱の状況の中、高齢者や子供達が一時的に顔の見えるつながりのある疎開地に行くことで心と体を休める事が出来る。
また先述のエコステーションでつながったネットワーク(全国商店街震災対策連絡協議会)を使って事前につながっておくことで災害時に助け合うというものだ。早稲田ではすでに、地震があった場合は宮城県気仙沼から300トンのマグロ漁船に救援物資を積んで来てくれ、帰りに疎開する人々を乗せて行ってくれる事になっている。戦時中の疎開のイメージから疎開したくないと言っていた早稲田の高齢者は、「疎開先下見ツアー」に参加して温泉に入って、土地の名産を食べて「ここなら疎開してもいいなあ」と語ったという。
地震が来るまでは旅行や仕入れなどの地域間交流を行い、いざ地震が来た時は、仲良くなった地域へと疎開する。
04年の新潟県中越地震の際も近隣の長野県に約150人の被災者が実際に疎開した。藤村さんは、「楽しく、儲かって、おまけに美味しい」という発想が長続きの秘訣だと語る。その後、藤村さん達は、商品知識を知る必要があると地震を学び、つなぐ為にNPO「東京いのちのポータルサイト」を立ち上げ、耐震補強の取り組みなどの様々な活動も行っている。
そこには95年に阪神・淡路大震災を体験した藤村さんの思いがあった。
智恵wisdom
困った時はお互い様という。その「お互い様」を具体的なものとする商店ならではの「楽しく、儲かる震災対策」。
リサイクルをきっかけに商店街が活性化し、全国へとつながる。商店街が日常的に人、物、情報の交流を行う事が災害時の助け合いにつながっていく。この「震災」を切り口にした地域間交流が、この「震災疎開パッケージ」である。
5000円で災害時の自分の居場所を確保し、安心を買う。おまけに特産品も届く。また地震が来るまでの日常をいかに楽しく考えていくかという商店街の智恵である。
*銅山時化‥‥1899年(明治32年)8月28日、台風による局所的豪雨で新居浜市の別子銅山で死者、行方不明者513人を出す大惨事になった。愛媛、香川、岡山で計1500人の命が犠牲になった。