24 故郷の美しさを知る
状況situation
*中山間地域である中越地方を襲ったM6.8の地震。震源である川口町では土砂災害などにより道路が寸断され、孤立した集落も多く発生した。
川口町田麦山地区では震度7を記録し、大きな被害を受けた。地区の9割以上が全壊、大規模半壊、そして財産である農地で棚田の堤が崩落し、農道は陥没した。
度重なる余震に怯えながら避難所での集団生活によるストレス、今後の生活再建への不安、地震後3か月後の豪雪など人々の胸中は語り尽くせない。2年目に田麦山の人々は自らの地域を建て直す為に立ち上がった。
事例case
田麦山で生まれ育った渡辺裕伸さん(41)は、現役の消防士(救急救命士)である。地震によって家は全壊、田んぼや作業小屋、農機具も被害を受けたひとりの被災者である。だが、渡辺さんは直後から救急救命士として活動するだけでなく田麦山小学校のPTA会長としても地域の為に奔走した。その中で渡辺さんは三つの事を実感したという。田麦山住民が一体となり、災害という危機を一緒に乗り切って行こうという気持ち。二つ目は、地震前は当たり前と思っていたわが地域の素晴らしさ。
そして三つ目は、全国から寄せられる声援、支援、田麦山に駆けつけたボランティアとの出会いの素晴らしさ。
その三つの事に元気や気づきをもらいながら渡辺さんは、これからどうやって「田麦山らしさ」を取り戻して行くかを考えるようになった。
そんな折、地域の農業の仲間から壊れてしまった作業小屋や農機具を共同使用しようと声がかかる。
そこから一気に*「07年対策」として法人化して農作業を共同で行うところまで話しが進んだ。
そして06年1月、農家のリーダーである涌井さんを代表に仲間たちと農事組合法人「ファーム田麦山」を設立した。
被災した者同士で農業を復興していく中で従来の農業のあり方や高齢農業者の受け皿、農地の確保などを考えていこうと立ち上がったのだ。
課題である米の販路のひとつは、地震直後からボランティアとしてかかわり続けている「あいち中越支援ネットワーク」に「あいち生協」を紹介してもらい、「被災地、田麦山」で出来た美味しいお米を愛知の人々が食べて復興の支援をするという交流が生まれた。産声を上げたばかりの「ファーム田麦山」にはまだまだ課題は多いが、それでも渡辺さん達の未来の田麦山への夢は尽きない。
智恵wisdom
被災という現実をマイナスに捉えるのでなく、災害によって気づかされた多くの事をバネに地域らしさを取り戻すべく新しい試みにチャレンジしていく。その源は地域愛、地域力である。それを「よそ者」として支え続けている外部のボランティア達との交流が彼らに新しい風を運ぶ。
日本の国土の7割という中山間地域の農業のモデルとして日本全国の「ヤマのお百姓さん」に勇気を与える事となるであろう。
*中山間地域‥‥日本の国土の7割と言われる山間部に総人口の13.7%の人々が暮らす。棚田の米などの食料生産、山の水源の涵養、こころの原風景という重要な地域であるが、高齢化が進み、65歳以上の高齢者は平均25%を超し、離農の問題も起きている。
*「07年対策」‥‥07年からスタートする「経営所得安定対策」の事。要件を満たした大規模農家に対し、直接所得補償をする仕組み。中山間地域は要件が緩和され、個別経営で面積3.2f、集落営農組織では10fに引き下げられた。