05 ただそばで耳を傾ける
状況situation
記憶に新しい未曾有の被害をもたらした阪神淡路大震災。真冬の明け方5時46分、M7.3の地震が発生し、淡路島、神戸市などを中心に全半壊家屋約27万4000棟、焼失家屋約7500棟、避難者35万人、死者6434人という大惨事に発展した。
あれから12年。街は、一見表面上は復興したように見えるが、そこには様々な問題が残されている。
事例case
「命が大切だ。命が大切だ。そんな事、何千何万回言われるより、『あなたが大切だ』誰かがそう言ってくれたら、それだけで生きていける。」
「被災地・神戸」の玉龍寺の山門にはこう書かれてある。
神戸市長田区の玉龍寺(真宗大谷派)の住職、五百井(いおい)正浩さん(42)は、12年前の阪神・淡路大震災の被災者のひとりでもある。
震災直後、寺は一時的に避難所になり、トイレを借りに来たり、着替えに来る女性被災者も多く、後には家財道具の預かり場にもなった。
五百井さん自身も高齢の親を抱えながらもボランティアとして安否確認や炊き出しなどの支援活動を行った。
その後も餅つきやお話しボランティアとして被災者の人々と対話している。また震災直後から支援を続けてきた真宗大谷派の4つの拠点を統合して2000年12月、「ネットワーク朋」として息の長い活動を継続していく事になり、その代表に就任した。
13年目を迎えようとしている被災地では今もなお、孤独死、失業、二重三重ローン、県外避難者の帰郷などの様々な問題がとり残されている。
「今でもお付き合いがある方からよく電話がかかってきます。ひとりぼっちではないという事が伝わればそれでいい」と今も震災とかかわり続けている。
五百井さんは、震災後、被災者やボランティアとの様々な出会いや出来事の中で多くの事に気づかされる。
ボランティアに支えられ続けていたある被災者は「していただく事」に惨めさを感じていたという。どうやってこのお礼を返せばいいのかと。そんな時、東京から来た女子高校生の言った「PASS IT ON」という言葉を知人から耳にする。「お礼は次の人に・・ありがとうの輪を広げよう」と。
地震から一年後のある日、炊き出しをやっていた五百井さん達は、「アホか!お前らにしかできん事見つけてやらんかい!」と友人に怒鳴られる。そこからお話伺いボランティアを通じて被災者との対話が始まる。被災し、財産や家族を失った人々といかに触れ合えるかを生身で体験する。被災者のひとりひとりに「物語」があり、それを誰かが聞いてあげる事で癒されていく。
個人と社会(関係性)の救いがあって本当の救いだとも言う。そのためには「寄り添う事がボランティアの第一歩や」と実感をこめて語る。
僧侶である五百井さんは、自分自身がこの大震災を経験した事で「寺」を深く考えるようになる。
「お寺の意味を問う事がなければ震災に遭った意味がない」と。寺には、寝泊りするスペースや調理道具もある。
災害時に寺が無事であれば地域にとっての避難場所にもなりえる。「寺の本来の役割は、そこで悲しみ、苦しみ、喜びを共有する拠り所のはずである。」と門徒であるなしにかかわらず地域の安心、安全の拠点として機能すべきではないのか。
震災からずっと活動を続けているその原動力は、「人との出会いや別れ」だという。
一見関係のないような人でもその人がいなければ今の自分はいない。どんな出来事も自分に関係のない事はないと話す。
いつ自分が被災者、障がい者と呼ばれるようになるか分からない。そして人は必ず老いる。
だから他人事と考えずに私達は被災地から学ばなければならない。そうやさしく語りかける。
五百井さんは、この12年の月日の中でのひとつひとつの出来事を仏教に照らし合わせ、「こんな時、親鸞さんならどうしただろうか」と問い続ける。そして今も「阪神・淡路大震災」にかかわり続けている。
智恵wisdom
震災に遭った事で自分の僧侶としての役割、地域の「寺」、仏教の意味を問う。人、物、情報などが集まる場としての寺本来の役割が機能すれば災害時には拠点に成り得る。全国無数にあると言われる空き寺、廃寺の活かし方や地域と乖離しつつある寺のあり方を災害は我々に問いかけているのかも知れない。人は、いつでも被災者、障がい者になりうる。
そしてやがて老いる。だからこそ被災地、神戸から学ばなければいけない。
自分の事としてかかわり続け、自分が変わり続け、語りつなげていく事が減災の第一歩ではないだろうか。