いのちをまもる智恵

減災に挑む30のストーリー
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07 様々な目線に立つ

災害前

状況situation

記憶に新しい未曾有の被害をもたらした阪神・淡路大震災。真冬の明け方5時46分、M7.3の地震が発生し、淡路島、神戸市などを中心に全半壊家屋約27万4000棟、焼失家屋約7500棟、避難者35万人、死者6434人という大惨事に発展した。
そこでは多くの障がい者も被災した。そして地震によって様々な問題が浮き彫りにされた。

事例case

95年1月17日。神戸の街を襲った未曾有の大地震。TVやニュースから流れてくる甚大な被害の様子を目にしたボランティア達は全国から駆けつけた。その数はのべ137万人と言われる。被災地での体験は多くの人々の人生を変えた。そしてそのまま神戸に留まり、復興にかかわりつづけた人も少なくない。神戸市長田区社会福祉協議会主事、長谷部治さん(33)もそんな一人である。鹿児島の大学で社会福祉を学んでいた時に阪神・淡路大震災が起き、神戸に来て3日目にある出来事に遭遇する。被災地の高校に設置された「自衛隊風呂」で出会った70代のおばあちゃんは、息子さんと一緒に入浴したいとやってきた。息子さんが知的障がいを持ち、生まれてからずっと母親と一緒に入浴してきた事を長谷部さんは知る。この出来事から「こういう人達もいるんだ」という周囲の理解とお母さんとずっとお風呂に入ってきたという障がい者の社会性について考えるようになる。
災害後のある被災地では多動症の人を持つ家族は、避難先の共同生活に気を使い、車中泊でのエコノミー症候群で亡くなったという話もある。被災後の混乱した状況下で周囲に新しいもの(障がい者)を受け入れるという余裕のある人も多くはない。だからこそ「平時から一緒に暮らせる環境をいかに作っておけるかが大切だ。」と長谷部さんは言う。また障がい者自身が、人とお風呂に入ったり、遊んだり、電車に乗るなどの社会性を身につけていく事も同時に考えなければならない。       
NPO法人「拓人(たくと)こうべ」(前身は被災地障害者センター)は、阪神・淡路大震災を機に地域の障がい者支援を様々な形で行ってきた。その中で生まれてきた「よりみちクラブ」は、障がいを持つ子ども達に同世代の子ども達や地域とかかわる機会をもってもらおうと始まった。放課後や週末、夏休みなどの長期休暇などの時間に集会所や公園でボランティアと遊んだり、映画や花見、プールに出かけたり、地域のイベントなどに参加したりする。そこにはお母さん達の「普通の子どもと同じように遊ばせたい」、「親がずっと付きっ切りだと社会性が身につかない」という思いがある。また子どもが「よりみち」している間、母親はパートなどの仕事をすることも出来る。これは家計にも直結する問題でもある。よりみちクラブの運営委員も務める長谷部さんは、「課題はまだまだ多いが、町にそういう子どもがウロウロしているだけでも意味があるのではないか。」と語る。
震災で街を一から作り直さざるを得なくなった長田では、その後の復興の街づくりの中に障がい者や高齢者、子供の視点を取り入れようと半官半民で組織された長田区ユニバーサルデザイン研究会なども生まれ、非常時に必要な非常口、避難路、トイレなど、感覚的に訴えるサインを使う事なども研究されている。たとえば、黒と黄色の横縞模様は、本能的に危険と感じる色である。工事現場などのトラバーもこの柄を使っているように多くの生き物が苦手とする「蜂」の色で危険を感性に訴える効果があるという。字が読めなくても感覚的に危険を察知できる。そのようなサインを使う事で多様な人々にとって住みやすい街づくりを震災後に目指してきた。
そして「災害時要援護者」に関する様々な議論や取り組みが各地でなされている。だが、実際に障がい者の参加する防災訓練などは少ない。日頃から地域で障がいを持った人達とのつながりがなくて災害時に彼らの事を理解し、支援する事が出来るはずもない。「よりみちクラブ」はささやかで地道な活動ではあるが、少しずつ地域を変えようとしている。そして彼ら自身も「障がい者市民」として変わろうとしている。

智恵wisdom

障がい者自身が自分の為にも社会性を身につける事とその地域にはこんな人がいるんだという事を周りが理解する事。これは、災害が起きてからやる事でなく日々の生活の中で行われるべきである。災害時にどう援助するかという事も当然必要であるが、災害以前にどのようにつながりを作り、地域で支えあうかを考える事の方がもっと重要である。
そしてユニバーサルデザインを地域で広める事で街の復興に障がい者、高齢者、子供達の視点を入れ、自分の地域にこんな人達もいるんだという事を理解し、ひとりひとりが住みやすい街を創っていく。長谷部さん達の活動は地道だが、非常に意義深い。