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08 覚悟を決めて生きる

災害前

状況situation

2005年12月中頃から低気圧の異常な発達と寒気によって降り始めた雪は日本海側を中心に全国的に異常な積雪を記録した。

06年2月までの全国の豪雪の影響(主に高齢者の除雪作業中の事故)による死者は、全国で150人に達した。気象庁によって「豪雪」と命名されたのは、昭和38年(1963年)の「三八豪雪」(死者228人)とこの「平成18年豪雪」の2例しかない。

世界有数の豪雪地帯でもある新潟県津南町では、06年2月には最高積雪4m43cmを記録し、国道405号線の一部区間が通行止めになり、山間部の多くの集落が孤立状態に追い込まれた。

事例case

長野県と境を接する新潟県最南端の町、津南。数千年前に隆起した河岸段丘が広がり、先史時代からの遺跡や縄文土器などの貴重な物品も多く残る歴史の町である。そして豪雪地帯である。町の中央を流れる信濃川支流、中津川沿いに国道405号線を上がっていくと「日本秘境100選」のひとつでもある「秋山郷」に至る。すぐ隣は、長野県栄村である。秋山郷は、平家落人伝説や秋田マタギの末裔達による熊の狩猟や焼畑など民俗学的にも興味深いところでもあり、秘境の自然を求めて夏や秋には多くの観光客も訪れる。

そして06年の豪雪がその名をより有名にした。国道の通行止めにより秋山郷の10集落、約500人が孤立した事は、マスコミ等によって報道された。

日本一の積雪「7m85cm」の記録のある秋山郷をこう言う人もいる。「陸の孤島だよ。秋山郷が孤立しなくなった歴史の方が浅い。」と。

近年のアスファルト道路普及と機械による除雪技術の発達で秋山郷は孤立する事がなくなっていた矢先の「平成18年豪雪」に孤立した人々は、先の見えない不安感に苛まれた。雪の中で生きてきた人々もこの年だけは「雪は災害だ」と思ったという。

だが、例年平均2〜3mの積雪の山間部で暮らしている人々は、冬の間、自家製の米や野菜、その他の食料を10日分ほど事前に買い溜めしておくという。また、秋山郷などの山間部に住む独居の高齢者の中には冬季間、津南町中心部に降りて共同生活を送る。

一人で暮らすには不便で不安だという同じような状況の高齢者は、多少のお金を払って町の管理する「福祉アパート」(昭和61年に始まった)で雪に閉ざされる11月から5月までの間ともに暮らす。冬の間の自宅の雪おろし(雪堀り)などは時前に隣近所に頼んでおき、春先には再び集落に戻り、田畑を耕す。今では毎年「福祉アパート」に来る人は決まっていて、楽しく共同生活を送っているという。雪国の暮らし方のひとつである。

また津南町には、「流水道路」と呼ばれるものが各所にある。集落の道路の積雪を溶かす為に側溝を流れる沢の水をせき止め、あえて道路にあふれさせる。またセメントで舗装した屋敷まわりにもパイプで水を引き、雪を溶かす工夫がなされている。

アスファルトの坂道が多く、水の豊富な集落に見られ、40年ほど前に始まったという。そこにある資源を使って雪を受け入れている。

大赤沢で木工所「山源」を営む、石澤伊太郎さん(83)は、昔は今のような舗装道路もなく、積雪も多く、雪に閉ざされるのが当たり前で「冬は出ない」というのが基本だったと言う。この「平成18年豪雪」の孤立を伊太郎さんは、「まぁ、そんなもんだ。」といとも簡単に語る。外部が大騒ぎするほど大変ではないという。その言葉の奥に雪深い山で生きてきた智恵を感じさせる。

「雪害」という言葉がある。確かに近年の異常な降り方によって多くの被害を出した。だが、秋山郷では、雪を「害」と捉えるのでなく、雪を受け入れて来た暮らしの中で雪を活かす智恵が今も生き続けている。

智恵wisdom

食料備蓄、流水道路や福祉アパートのような雪国独特の暮らしの智恵が津南にはある。秋山郷のような厳しい自然の中で生きるという事は、災害と共に生きるという事である。流水道路や福祉アパートの仕組みが生きる背景には集落内のお互い様の助け合いがある。

そのような日々の暮らしの智恵が、非常時はそのまま減災の智恵となる。「まあ、そんなもんだ」という言葉の奥にある雪国の経験と智恵に裏打ちされた自信を感じる。雪と生きるとはそう言う事である。