被災者支援
阪神・淡路大震災の被災者支援をきっかけに始まった、私たちの活動。被災者一人ひとりの声に耳を傾け、心に寄り添い、一日も早く笑顔で暮らせるよう支援しています。そして、一時的な支援で終わるのではなく、各団体と連携しながら被災者に寄り添い続ける長期的な支援を目指し、各種イベントの参加や仮設商店街のお手伝いなども継続して行っています。
ここ数年の活動については、復興された状況を含めてブログにてご覧頂けます。
東日本大震災での活動は、東日本大震災をご覧ください。
10年の歩みはコチラ
2019年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2019年度の活動報告書です。
2019年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの台風19号水害支援活動報告書です。
2019年度 北海道胆振東部地震報告書PDF
レスキューストックヤードの北海道胆振東部地震報告書です。
2018年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2018年度の活動報告書です。
2018年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの西日本豪雨水害支援活動報告書です。
2018年 大阪北部地震の支援
2018年 大阪北部地震の支援についてのブログを掲載しています。
2017年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2017年度の活動報告書です。
2017年 九州北部豪雨報告書PDF
2017年 九州北部豪雨報告書です。
2016年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2016年度の活動報告書です。
2016年 熊本地震報告書PDF
2016年 熊本地震報告書です。
2015年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2015年度の活動報告書です。
2015年 関東東北豪雨の支援
2015年 関東東北豪雨の支援についてのブログを掲載しています。
2014年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2014年度の活動報告書です。
2013年度 活動報告書PDF
レスキューストックヤードの東日本大震災被災者支援 2013年度の活動報告書です。
2012年 宇治市・京都南部豪雨水害
2012年8月13日、近畿地方への記録的な大雨によって京都府宇治市などが甚大な水害被害を受けました。
RSYは宇治市炭山地区へスタッフを派遣。ボランティア参加者と共に活動を行いました。
2012年 九州北部豪雨水害
2012年7月の豪雨水害は、九州3県(大分県・熊本県・福岡県)にまたがる広域で被害がでました。大分県日田市・竹田市、福岡県うきは市にボランティア活動資器材を派遣。名古屋からはスタッフ・ボランティアコーディネーターを派遣、七ヶ浜からは若手スタッフが「被災地からの恩返しをしたい」という気持ちをもって現場へ向かい活動をしました。
2011年 東日本大震災
2011年3月11日 14時46分18秒、宮城県牡鹿半島の東南東沖を震源としたM9.0の東北地方太平洋沖地震、及びそれによって引き起こされた津波、さらに東京電力福島第一原発事故からなる東日本大震災が発生。
RSYの取り組みについては、東日本大震災をご覧ください。
2011年 新燃岳噴火災害
2011年1月26日、九州南部の活火山、新燃岳(しんもえだけ)が52年ぶりに噴火。東に位置する宮崎県都城市と高原町に大量の火山灰が降り注ぎました。
RSYは一部で避難勧告が出された高原町にスタッフを派遣、青山学院大学の学生グループなどと協力し、足湯や灰掃除のボランティアを続けました。
その後の東日本大震災では、被災地NGO恊働センターの取り組みを通じてこの地域の野菜を東北に送るなど、被災地同士の交流にもつながりました。
2010年 奄美大島豪雨
2010年9月、鹿児島県奄美市にボランティア活動資器材を派遣しました。
2010年台風9号水害
2010年9月、静岡県小山町にボランティア活動資器材を派遣しました。
2010年山口県豪雨水害
2010年7月、豪雨水害により被災した山口県山陽小野田市へスタッフおよびボランティア活動資器材を派遣。真夏の活動だったため、住民とのお話ツールとして地元の方々と一緒に冷えたおしぼりを配ってお宅訪問をしました。
2009年 台風9号水害
2009年8月9日、日本のすぐ南の海上で発生した台風9号は西日本を中心に猛烈な大雨を降らせ、大規模な洪水や土砂崩れを引き起こしました。 RSYは死者・行方不明者20人という大きな被害を受けた兵庫県佐用町に数回にわたって資器材を提供、なごや防災ボラネットと連携してスタッフを派遣し、地元のボランティアセンターの運営などを支援。
その後も陶器の提供や復興まつりへの参加などで交流を続けたほか、水害の一因とされる山林の環境破壊について取り組むきっかけとするなど、被災地からの学びを生かそうとしています。
2008年 8月末豪雨
前線を伴った低気圧の影響で、東海地方では2008年8月28日夜から29日未明にかけて記録的な大雨に見舞われました。愛知県岡崎市では時間雨量146.5ミリという猛烈な雨が襲い、市内の伊賀川などが氾濫、浸水家屋のお年寄りらの命が奪われました。
RSYは岡崎市にスタッフを派遣、名古屋市では「濡れた畳の上でじっと耐えているお年寄りらを取り残さない」という掛け声のもと、なごや災害ボランティア連絡会として連日、各地の社協職員や名古屋のボランティアと被災地を歩き回り、ニーズの掘り起しなどに徹しました。
実際に、被害を訴えられずにいる独居高齢者や外国人世帯が見つかり、都市型災害の「盲点」が大きな教訓となりました。
2008年 岩手・宮城内陸地震
2008年6月14日、岩手県内陸南部を震源にM7・2の地震が起こり、岩手県奥州市と宮城県栗原市で最大震度6強の揺れを観測しました。
RSYは栗原市にスタッフを派遣。03年の地震以来、交流のある宮城県社協などと連携し、ボランティアの受け入れや個別ニーズの対応に努めました。
また、くりこま耕英復興の会への支援として、中越や能登との交流会の開催や、日本災害復興学会のメンバーらとの被災者交流会なども開き、そこでの交流や連携をのちの東日本大震災の支援に生かしています。
2008年 四川大地震
2008年5月12日、中国・四川省を震源とするM8級の直下型地震が発生。
死者・行方不明者8万人超、4000万人が被災する大災害となりました。 RSYは現地にスタッフを送り込んだCODE海外災害援助市民センター(神戸市)の活動を支援する募金を呼びかけるとともに、 活動の報告会を名古屋で開き、日本からできる支援のあり方を検討。
神戸の「まけないぞう」をモデルにした「パンダタオル」プロジェクトを進め、現地の被災者に手渡しました。
2007年 新潟県中越沖地震
2007年7月16日、中越地震の記憶も新しい新潟県を、再び激しい揺れが襲いました。
M6・8、死者15人の惨事とともに、活断層の真上にあった原発の安全性がクローズアップされました。
RSYは刈羽村にスタッフを派遣、うるうるパックの配布を行ったほか、日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)、 被災地NGO恊働センターとともに「寄り添いプロジェクト」も始め、被災者一人ひとりの声を丁寧に聴くなどしたほか、 瀬戸や土岐から譲り受けた陶器を提供する瀬戸物市を開催。
5周年の2012年も交流ツアーを予定しています。
2007年 能登半島地震
2007年3月25日、能登半島沖の日本海を震源とするM6・9の地震が発生。石川県輪島市や七尾市、穴水町で震度6強が観測されました。
RSYは穴水町にスタッフを派遣、地元ボランティアとともに避難所、仮設住宅への支援やうるうるパックの配布、名古屋のボランティアによる足湯で被災者をいやしました。
現在も周年イベントへの参加や商店街の復興などにかかわり、交流を続けています。
2006年豪雨水害
2006年7月、長野県各市町村へボランティアコーディネーターとボランティア活動資器材を派遣しました。地元の若者による「おせっかい隊」が誕生。車で地域のニーズを聞いてまわりました。
2006年豪雪被害
2006年1月、秋田県北秋田市、山本郡藤里町へスコップを発送しました。
2005年台風14号水害
2005年9月、宮崎県宮崎市へスタッフとボランティア活動資器材を派遣しました。
2005福岡県西方沖地震
2005年3月、福岡県福岡市へボランティア活動資器材を派遣しました。
2004年 新潟県中越地震
2004年10月23日、新潟県中越地方を震源とするM6・8の直下型地震が発生。
最大震度7の揺れが同県川口町などの中山間地を襲い、死者は68人に達し、約10万人が一時避難しました。
RSYは愛知県内のNPO、ボランティア有志らと先遣隊を組んで現地を調査、11月中旬に県内約30団体とともに「あいち中越支援ネットワーク」を結成、 川口町田麦山地区を中心に中長期的な視点での復興支援に乗り出しました。
活動は避難所でのケアから仮設住宅への引越し手伝い、 被災2カ月後のクリスマスプレゼント配布、年明けの七草がゆの食事会、2005年の愛知万博への田麦山小学校全校生徒招待など多岐、 長期間にわたり、現在も田麦山の米を愛知県内で販売するなど交流を続けています。
官民による中長期的な復興支援活動のモデルとして、2005年度の防災功労者防災担当大臣表彰を受けました。
2004年 台風23号水害
2004年10月9日、四国に上陸した台風23号は日本列島を横断、近畿や東海地方を中心に全国で死者・行方不明者が98人に達する大災害となりました。
RSYは神戸の被災地NGO恊働センターにスタッフを派遣。 関係団体のボラコなごやからも4人が兵庫県豊岡市に入り、ボランティアセンター運営を支援しました。 ボランティアバスは計3回延べ106人、資器材の提供は計4回にわたり、台風21号被災地の三重県海山町から豊岡市や香川県さぬき市にも連続して送ることにもなりました。
2004台風21号
2004年9月、三重県伊勢市、海山町へボランティア活動資器材を派遣しました。
2004年福井県集中豪雨
2004年7月、福井県今立町(現:越前市)へボランティア活動資器材を派遣しました。
2004年新潟・福島豪雨水害
2004年7月、新潟県三条市へボランティア活動資器材とボランティアコーディネーターを派遣。地元NPO・行政と連携して、要援護者班を設置し支援活動にあたりました。
2003年 宮城県連続北部地震
2003年7月26日、宮城県北部を震源として震度6弱の地震が1日に3回発生。負傷者600人を超える大きな被害が出ました。
RSYは被災地の南郷町(現・美里町)災害ボランティアセンターにスタッフを派遣。後に東日本大震災での七ヶ浜町支援につながる宮城県との縁が生まれました。
2002大垣水害
2002年7月、岐阜県大垣市へボランティア活動資器材、スタッフを派遣しました。
2000年東海豪雨
2000年9月11日の東海豪雨水害。愛知県新川町・西枇杷島町を中心として、支援活動を行いました。この時はまだレスキューストックヤードの前身「震災から学ぶボランティアネットの会」としての活動でした。事務局長だった栗田が愛知県庁内に設置された災害ボランティア本部に入り、本部長として行政や民間団体と協力しながらセンターの運営にかかわりました。
この時に名古屋青年会議所が寄贈してくださったボランティア活動資器材がその後の緊急救援活動に活かされています。
1995年阪神・淡路大震災
1995年1月17日の阪神・淡路大震災はレスキューストックヤードの原点です。
この時の経験、出会い、知恵や教訓がこの後の活動につながっていきます。「阪神・淡路大震災を忘れない・学び続ける」ために、RSYでは毎年1.17に合わせて「KOBEスタディーツアー」も企画しています。
詳しくはこちらの冊子にて、RSYの沿革をご覧ください。