【第14報】8月28日からの大雨洪水について(岡崎市)

皆様
お疲れ様です。
岡崎市での活動の様子を下記のようにご報告します。
[本部について]
・ニーズ件数は1日10件程度。
・9月7日(日)にボランティアセンターが閉じられ、市社会福祉協議会が引き続き相談窓口になる旨をお知らせしたチラシを配布。地元JCが中心となり、被災エリアにローラー作戦で戸別配布をし、最終的に取り残されがないかをチェック。
・ボランティア募集の呼びかけは金曜日をもって終了。
・市内ボランティア団体、商工会、民生委員、消防団など地元自治組織に、ボランティアセンターが閉じた後も、ニーズ対応の応援、被災地の見守りを地元が引き継ぎ、協力・対応して頂けるよう依頼。
・取り残されが無いか、周囲でこのような方を見つけた場合の情報提供を、岡崎市介護事業者連絡会、新聞社などのルートを使って、再度周知。
・今後起こりうる悪徳商法、行政の被災者支援サービスに関する相談について、地元の弁護士会・行政書士の方々に協力を依頼。
・9月7日(日)午後5時をもって、岡崎市防災ボランティア支援センターを閉
所。今後は、地元ボランティア団体、組織が中心となり、ニーズ対応していくことで調整を図る。
[サテライトについて]
・朝の時点で3件だったニーズが、終了時には24件に増え、翌日持ち越し分は5件。
・天理教・ひのきしん隊が常時40名~60名体制で、こちらに上がるほとんどのニーズに対応。
・泥出し、ごみの撤去、家具の移動などが依頼内容。泥出しについては、水害時居住者が不在で手が付けられていなかったところや、土壁を落として欲しいという大掛かりなものもあり、20~25人程いなければ対応できないものもあった。
○炊き出し
・9月5日(金)はさっぱりうどん、6日(土)のメニューは、野菜いっぱいスパゲッティー、かぼちゃの煮物、ポテトサラダ、漬物。食材のほとんどが 2004年新潟県中越地震で被災した川口長田麦山の「いきいき田麦山」の皆さんからの寄付であった。
・炊き出し初日に引き続き、神戸市から「すたあと長田」・2000年東海豪雨水害の被災地となった旧西枇杷島町の住民の方、天理教・ひのきしん隊の地元の皆さんがお手伝いくださり、毎食150人分を調理。特に6日(土)は、家族や親戚が土・日にかけて応援に来ていることもあり、ものの30分で全て売り切れるほど盛況だった。
・朝の時点で、炊き出しのメニューと全国からの協力者一覧をチラシにして配布。6日の中日新聞に炊き出しの記事が取り上げられ、「遠くからきてくれてありがとう。なにもできませんが、せめてもの活動の足しにしてください。」と、被災者の方や地元の皆さんが炊き出しチームに応援金を下さった。
・腰を据えて食事を取りながら、「本当に大変だった。こんなにおいしい食事を久しぶりに食べた。涙が出るほど嬉しい。」と本当に泣きながらおっしゃっていた方、食事の後、30分ほど話して、「実は床下浸水だったけど、一度も床下を見てないの」とぽつりと話したお年寄り、そのほかにもあの場所から、支援がつながった方が何人かいらっしゃった。
・炊き出し開設から、毎日ミニ喫茶に通ってくださる方も出てきた。「食」の提供だけが目的なのではなく、ホッと一息ついたり、気分転換をしたり、とにかく炊き出しをきっかけにして、少しでも安心できる、笑顔になれる、不安が解消できる空間がこの時期には絶対に必要だと感じていただけに、そのような場所に少しずつなりつつあることが、住民の方の表情から読み取れた。
○足湯ボランティア
・中越・KOBE足湯隊メンバー4人により、5名の方に足湯の提供をしていただいた。
・「今になって体の節々が痛くなってきた」「とにかく疲れた。何もしたくない。片付けもボチボチとして進まない」などの声がきかれた。
・足湯を終了したお年寄りからは、「あ~、気持ちよかった。生き返ったよ。」という声も聞かれた。
明日で、センターは閉じられますが、被災された方のニーズは、まだ出てくると思います。ようやく、本当にサロンらしくなってきた頃なので、あともう少し続けられればとも思いますが、なるべく地元の方に引き継いで、皆さんの不安がなるべく残らないような形にできればと思っています。
RSY浦野