0719長野県南木曽町支援報告【第6報】

みなさま

RSY事務局です。
南木曽災害ボランティアセンターは予定通り7月19日をもって閉鎖されました。
最終日の19日は200名を超えるボランティアが活動されました
地元社協では、7月22日より「生活復興支援センター」に名前を変え、支援を継続して行かれるとのことです。
RSYでも引き続き、地元社協やこれまで繋がりの持てた被災者の方々と個別に連絡をとり、フェーズに沿った支援の可能性を模索して行きます。
現地に派遣されていた、なごや災害ボランティア連絡会メンバーより報告がありましたのでお知らせします。
〇7月18日(金)
(ボランティア稼働実数)
・登録ボランティア:90名
・午前:77名(7か所)
・午後:66名(15か所)
〇7月19日(土)
(ボランティア稼働実数)
・午前:212名
・午後:146名
・活動場所:7か所(新規ニーズ1か所;A鉄鋼所)
※上記は配車時に把握した数
(住民・活動の様子)
・19日、ボランティアの4分の3以上は、三留野会館(集会所)とA鉄鋼所の泥だし作業に当てられ、個人宅1件の活動であった。
・活動ニーズが個人のニーズが少なくなってくる反面、流れ出た泥の中から出てくる思い出の品の分別作業等のニーズが増えている。
・避難所では、(飲み水は足りていたが)生活用水不足し、洗濯、食器洗い不便があった。お風呂は近隣の温泉施設が送迎付きで提供してもらえたが、やっぱり自宅のお風呂にゆっくりとつかりたいという声があった。
現場で自宅から3mのところまで土石流が襲ってきたというお年寄りとお話した際、「大変でしたね」ということちらの声掛けに、「・・・・本当に怖かった・・・」と涙を流しながら体を預けてこられた。恐怖や不安を誰かに受け止めて欲しかったのだろうと思うと、ずっと我慢されてきたことに胸が詰まる想いがした。

0717長野県南木曽町支援報告【第5報】

みなさま
RSY事務局です。
RSYでは7月12日より、長野県南木曽町に向けた支援活動を実施してまいりました。
現在は、なごや災害ボランティア連絡会より3名が入り、災害ボランティアセンター運営のサポートに当たっております。
現地からの報告によれば、南木曽町災害ボランティアセンターは7月19日(土)をもって閉鎖され、今後は「生活復興支援センター」に名称を変更し、復興支援活動を継続していくとのことです。
これに伴い、19日(土)で名古屋からの人員派遣も引き上げることとなりました。
・18日(金)3名派遣
・19日(土)2名派遣
緊急救援の活動は一旦一区切りとなりますが、被災された方々の暮らしの再建は、ここからがスタートだと感じています。
これまでの活動の中で生まれた、被災者の方々との個別の繋がりを大切にしながら、今後の支援の可能性を見出していければと思います。
これまで当方からの呼びかけに快く応じて下さった皆様、本当にありがとうございました。
名古屋近隣地域の皆さんとの日頃の繋がりが、大きな力となりました。
今後も、引き続きよろしくお願い致します。
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【南木曽町社協からのお知らせ】(南木曽町HPより)
 「7.9南木曽町豪雨災害」に対する、南木曽町災害ボランティアセンターは、7月19日(土)をもって活動を終了いたします。
 これまでご協力いただきましたボランティアの皆様、誠にありがとうございました。
  また、物資等のご支援やご寄付をいただきました皆様、並びにご心配のお気持ちをお寄せいただきました皆様にも深く感謝申し上げます。
  今後、南木曽町社会福祉協議会では、「生活復興支援センター」を新たに設置し、被災者の方々の生活復興に向けた支援を町内住民の協力を得て継続していきますので、災害ボランティアセンターの活動終了へのご理解、並びに生活復興支援センターへのご協力についてよろしくお願いいたします。
 社会福祉法人南木曽町社会福祉協議会 会長  池田 興衛
南木曽町社会福祉協議会 http://www.nagisosyakyo.or.jp/
電話 0573-75-5516
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以下、なごや災害ボランティア連絡会メンバーからの報告です。
(ボランティア活動実数)
・稼働実数:午前73名・午後82名)
・活動場所:8か所(新規ニーズ3か所)
(住民の様子)
本日被災地を回ると何人かの方々が、直後の様子をお話し下さった。
命が助かった方の中でも、直後の判断や避難行動のタイミングが大けがや生死を分けた様子がうかがえる。
★Aさん
「大きな被害から何とか免れることができた。異常な雨の振り方に気がついた主人が、息子の嫁に「逃げろ!」とアドバイスし、嫁は取るものも取り敢えず車で逃げようとした。その瞬間大きな岩が車に当たったが、幸いにもサイドミラーが壊れた程度で助かった。歩いて裏のお寺に逃げていればなんともなかったのに。」
★高齢者
「日中一人で家にいた時、異常な雨音がしたので雨戸を全部閉めた。小窓から外の様子を見ていたところ、地震かと思う程の揺れが起こり、大きな岩が押し寄せてきたのを見て、慌てて裏のお寺に逃げ込んだ。」

2014年7月1日現在の役員一覧

理事
代表理事
栗田 暢之
常務理事
浦野 愛
理事
飛田 潤、鷲見 修、 萩原 喜之、髙﨑 賢一、秀島 栄三、松田 曜子、伊藤 秀行
監事
米澤 真弓、元岡 征志

評議員
福和 伸夫(名古屋大学減災連携研究センター センター長・教授)
谷口 仁士(立命館大学歴史都市防災研究所 教授)
横山 明泰(愛知県社会福祉協議会地域福祉部長)
中村 弘佳(社会福祉法人名古屋市社会福祉協議会ボランティアセンター所長)
鈴木 均(株式会社国際社会経済研究所 代表取締役社長 兼 NEC CSR・環境推進本部 主席主幹)
伊藤 政宏(生活協同組合会アイチョイス常務理事)
青木 照護(公益社団法人名古屋青年会議所理事長)
大森 雅弥(株式会社中日新聞社)
村井 雅清(被災地NGO恊働センター代表)
鈴木 一弘(名古屋YMCA同盟ユース育成委員、名古屋インターアクトクラブ顧問)
川越 淳一朗(SeRV中京代表)
天野 竹行(特定非営利活動法人NPO愛知ネット理事長)
藤岡 喜美子(特定非営利活動法人市民フォーラム21・NPOセンター事務局長)
村山 佳江(特定非営利活動法人名古屋NGOセンター事務局長)
山田 厚志(一般社団法人名古屋建設業協会会長)
牧野 明広(特定非営利活動法人やらまいか人まちサポート理事長)
廣瀬 康之(岐阜工業高等専門学校環境都市工学科准教授)

0716長野県南木曽町支援報告【第4報】

みなさま
RSY事務局です。
長野県南木曽町での水害から1週間が経ちました。
RSYでは7月12日より、長野県南木曽町に向けた支援活動を実施しています。
RSYの会員、又はRSYが加盟している、なごや災害ボランティア連絡会、三遠南信のネットワークからの協力を得て、『レスキュー南木曽応援隊』として、日々10名前後のボランティアが供給できるよう独自で調整を図っておりましたが、現地からの希望で、17日(木)以降は一般ボラの派遣は中止し、RSYと繋がりのあるボラセンサポートメンバーのみに切り替えることになりました。
よって、以下は中止といたします。
(今週の『レスキュー南木曽応援隊』の活動)
・17日(木)災害救援ボランティアせとより1名派遣
・18日(金)恵那防災研究会(代表者・RSY会員)より10名派遣
★16日(水)は、RSYよりボランティアバスを運行し21名が参加しました。
ご協力頂いた皆様、ありがとうございました。
★『レスキュー南木曽応援隊』
主体:特定非営利活動法人レスキューストックヤード
協力:なごや災害ボランティア連絡会/碧南防災ボランティア連絡会/恵那市防災研究会/災害救援ボランティアせと
(ボランティア活動実数)
・登録者数:166名(稼働実数:午前148名・午後147名)
(住民・活動の様子)
床上10cmの被害のあったお宅へお手伝いに入った。家主に話を聞くと「水害発生前にようやく家の改修を終えたばかりだったのに、こんなことになってしまって本当にがっかりしている。水害の日から1日も休まず作業しているけど何とか頑張らなければ。でもボランティアさんのおかげで、今日中に床下の消毒と石灰の散布が完了できたから少しホッとした。食事は近くのコンビニで済ませている。周辺に飲食店もないし、そこを利用するより仕方がない。たまにはいいが、連日コンビニ弁当が続くとしんどくなる」とのこと。ボランティアが冷たいウェットティッシュをお渡しすると、とても喜んでおられた。石灰を家の周辺に撒くよう言われたが、どうやってやればよいか分からないとのことだったので、乾いた地面に散布ししばらく放置しておくことをお伝えした。石灰をぬれたままの地面に散布したり、散布後に風で舞わないようにと上から水をかけようとする方もおり、正しい使い方が周知されていないと感じた。
事業所にお手伝いに入った。被害はひどく、深刻な状況であると感じた。事業主の方から「ボラセンはいつまで開いているのか?もっともっと人手が欲しい。でも、うちは事業所で一般家屋が優先されていることもあり、仕方のないことだがなかなか要望もいいにくい。アルバイトを雇ってでも何とかして人手を確保したいぐらいだ」と疲れた表情でお話しされていた。
発災から、悪天候時以外はほぼ休まず作業に当たっている方が多く、「食欲が落ちてきている」との訴えが聞かれ初めました。連日近隣地区を中心に、沢山のボランティアも入っていますが、泥かきなどの見えやすい作業は終息に向かいつつあるものの、床やサッシ、家財道具等の細々とした掃除が残っています。一度泥のついた床は何度磨いても、茶色い汚れが浮き出て、家のあちこちに散乱した細かな砂利は、何度はいても取り除けず完全にきれいにはできません。
泥かきは目に見えて目の前の物が無くなっていくので「進んでいる」と感じますが、変化の少ない細かい作業は続けているうちに気が滅入ってきたり、本当に元の状態に戻せるのか不安なって、途方にくれてしまいます。
こういう時こそ、一人ひとりのペースに合わせて、ゆっくり一緒に作業できるボランティアが求められると感じます。
また、事業所の復興は町全体の復興に直結するため、沢山の人手こそ確保できれば、柔軟な対応も可能になると感じます。
1か月後、3か月後、半年後に襲ってくる心身の変化は、過去の災害でも繰り返されてきました。ボランティアが動いているうちは地域も活気がありますが、いなくなると途端に心細くなる、「夜眠れない」「なんとなく体がおかしい」「やる気が出ない」という訴えが出始めたのも、この頃でした。
さらに泥かきが終了したら、床板を貼り直し、畳を入れ直し、家財道具を整理しなければなりません。
この時期にもお手伝いが必要になってきて、住民の生活再建にはまだ多くの時間を要します。
RSYでは、今後も地元社協と連絡を取りつつ、フェーズの移り変わりに応じたお手伝いとしてできることを検討していきます。
住民の方々の不安が軽減され、1日も早く希望を持って生活できるよう応援していきたいと思います。

0715長野県南木曽町支援報告【第3報】

みなさま RSY事務局です。

私たちは7月12日より、長野県南木曽町への支援活動を実施しています。

 

現地では、近隣地域の助け合いを中心に復旧活動が進んでおり、『県外からのボランティアは受けない』が基本姿勢ですが、RSYは名古屋のボランティア活動資器材を提供したご縁を期に、平日のボランティア確保をサポートしています。

 

RSYの会員、又はRSYが加盟している、なごや災害ボランティア連絡会、三遠南信のネットワークからの協力を得て、『レスキュー南木曽応援隊』として、日々10名前後のボランティアが供給できるよう独自で調整を図っております。そのため現地への不要な問い合わせ等はなるべく控えて頂くようご配慮下さい。

 

(今週の『レスキュー南木曽応援隊』の活動予定)

・16日(水)RSYボランティアバス(20名)派遣、碧南防災ボランティア連絡会より5名派遣

・17日(木)なごや災害ボランティア連絡会より5名派遣、災害救援ボランティアせとより1名派遣

・18日(金)なごや災害ボランティア連絡会より3名派遣、恵那防災研究会(代表者・RSY会員)より10名派遣

 

★『レスキュー南木曽応援隊』 主体:特定非営利活動法人レスキューストックヤード 協力:なごや災害ボランティア連絡会/碧南防災ボランティア連絡会/恵那市防災研究会/災害救援ボランティアせと

 

本日の派遣メンバーより報告が届きましたので、お知らせいたします。

連日多くのボランティアが復旧作業に当たっており、被災地も活気があるようです。しかし、過去の災害では発災後、数か月以上たってから、「眠れない」「体がおかしい」「なんとなく調子が出ない」という訴えが増えました。

また、少しの雨にも恐怖や不安を感じるようになったとの声も聞かれています。昨年発生した静岡県西伊豆町の皆さんは、「水害当初はみんなが頑張っているからなかなか心の内を話せなかったけど、1年経ってようやくあの時のことを語れるようになった」とおっしゃっていました。

ボランティアセンター閉所=終息、という構図はまずあり得ません。一度水が入ったお宅は、畳入れ、家財道具の搬入など、数か月に渡り不便な生活が続きます。 自宅が再建できない方は、町営住宅での新しい生活も始まります。その過程を何とか乗り切れるよう、様々なおせっかいをやく人の存在が、過去の被災地ではとても重要な役割を果たしました。町内外問わず、地元が多様な力を活用することで、1日でも早く、一人ひとりの元気を早く取り戻せる日が来ることを願っています。

 

(ボランティア活動実数)

・登録者数:105名、稼働実数(午前99名・午後88名)※地元の高校生が20名参加

 

(住民・活動の様子)

敷地内の納屋の泥だしをお手伝いした。家の中は家族や気心知れたご近所の女性たちが掃除をされており、ゆったりとした雰囲気で作業をしておられた。プライベート空間はやはり「知っている人」に手伝ってもらった方が安心感があるのだろう。この地域はこれまで4度の大きな洪水に見舞われており、直近では5~6年前もあったそうだ。そのためか、住民の方の作業は手慣れたようにも見えた。近くの家は全壊しているが、「異変に気付き、これはすぐに逃げなければと感じ、早く行動をとったために命が助かった」と言っていた。ライフラインは徐々に復旧しているものの、断水地域はいまだにある。お風呂が使えない人達は役場に設置された仮設シャワーで済ませているようだ。

 

屋外の泥かきの依頼を受け、作業に入ったが、水の跡から床下にも入っている可能性が高いと考え、家主の了解を得て確認。6畳間の半分ぐらいに10センチほどの泥がたまっていた。家主も驚いた様子だったが、すぐに家具を運び出し床板をはがして処理をした。翌日不在になるということで、家主の意向が強く、十分乾かないまま消毒を噴霧し、床板を閉じてしまったため非常に心配。過去の水害では、あせって同様の処理をしたことで数か月後に床板の変形やクロスの歪み、悪臭、カビや害虫の発生などが起こっているため、家主が戻り次第再訪問し、きちんとした処理を勧める必要があると感じた。家主は高齢であったが、ボランティアがいることで「皆さんに助けて頂き、自分ばかりは休めない」と、随分作業を頑張っておられた。「今日だけではないので休んでいて下さい」と何度言っても頑張られていたので、田舎の方々の奥ゆかしさを感じると共に、後日お疲れがでるのではないかと心配だった。

 

ボラセンに支援の一環で、大量の氷をご支援頂いたため、冷たいおしぼりを作りボランティアに配布したところ、非常に喜ばれた。明日は被災宅に持参し、家の方や活動中のボランティアに配布することを相談中。床下の未処理や正しい処理方法の伝授なども兼ねて、丁寧に回ることができるとよいと思う。

0714長野県南木曽町支援報告【第2報】

みなさま
RSY事務局です。
私たちは7月12日より、RSYの会員、又はRSYが加盟している、なごや災害ボランティア連絡会、三遠南信のネットワークからの協力を得て、『レスキュー南木曽応援隊』として、長野県南木曽町への支援活動を実施しております。
現地から要望のあった「平日の安定的なボランティアの確保」に応えるべく、下記のような調整を行っております。
(今週の『レスキュー南木曽応援隊』の活動予定)
・15日(火)なごや災害ボランティア連絡会より4名派遣
・16日(水)RSYボランティアバス(参加者受付中!)派遣、
★ボラバス申し込みはコチラから
・17日(木)なごや災害ボランティア連絡会より2名派遣、碧南防災ボランティア連絡会より3名派遣
・18日(金)なごや災害ボランティア連絡会より5名派遣、恵那防災研究会(代表者・RSY会員)より10名派遣
★『レスキュー南木曽応援隊』
主体:特定非営利活動法人レスキューストックヤード
協力:なごや災害ボランティア連絡会/碧南防災ボランティア連絡会/恵那市防災研究会
13日から活動している『なごや災害ボランティア連絡会』メンバーの皆さんより報告が届きましたのでお知らせします。
地元の地域力を生かして近隣地域を中心に、泥かき作業は着実に進みつつあります。
今後は地元住民・ボランティアの体調への配慮や住民の気づかれ・生活再建への不安軽減のために、心的サポートを含めた多様な支援が必要となり、いよいよ地元の『受援力』が試される時期でもあると感じます。
■家屋の被害状況建物
・全壊6棟(住宅:5非住宅:1)
・半壊8棟(住宅:6非住宅:2)
・一部半壊7棟(住宅:4非住宅:3)
・床上6棟(住宅:5非住宅:1)
・床下7棟(住宅:6非住宅:1)
■ボラセン近隣地域からの応援体制
・中津川社協、王滝社協、大桑村社協、上松社協、木曽広域連合会
■ボランティア活動実数・活動の様子
・午前82名、午後115名
・地元中高生の参加が非常に多く(災害により休校中のため)大きな力となっている。また町内や近隣地域からの応援もあり、地域力の高い地域であると感じる。しかしボランティアが頑張りすぎるあまり、活動中の休憩と体調管理が課題。熱中症もあった。家主の負担も考えて最低30分に1回はきちんと休憩を取ることを徹底したい。
・被災された地元の方は遠慮がちで控えめな方が多く、ボランティアへの気遣いが負担ならないか心配。しかし多くの住民が「沢山のボランティアさんに来てもらって本当にうれしい」とお話しされている。
なごや災害ボランティア連絡会メンバーが効率的な送迎方法について意見共有したところ、社協より送迎用のマイクロバスが運行され、ボランティアの現場への送迎がスムーズになった。
■被災された方の生活状況
・食事は一部、近所で作れる人がおすそ分けをするなどして助け合っている姿があった。
・避難所には、2家族4人づつくらいが滞在している。(13日から小学校一か所になった)
・親戚が手伝いに来てくれたり、親戚のところに一時避難している人もいる。
・断水はまだ続いているが、給水車等で水は供給されている。しかし、入浴やトイレは大変な様子。
・住民の方々は気を張っている人が多く、「疲れた」という言葉はあまり聞かれない。それだけにとても心配。
(70代・男性)
当日の16:50~17:00頃、変な音がすると思って外へ出ると、目の前まで水が来ていた。すぐに玄関の戸締りをして自主避難した。家の中までは水は入っていないが、下の倉庫が水没してしまって使い物にならなくなった。早めの避難が功を奏して、怪我もなく命も助かった。少し血圧が高めだが今のところは大丈夫だ。
(ボランティア感想)
周辺地域は電線も倒れたままで、道路には泥が積み上げられている状態だった。川の近くの急斜面も一部崩れそうなところもある。天候不順のため、1日で作業が終了できなかったので「明日も来ましょうか?」と声をかけた。すると、とても遠慮がちに「申し訳ないが来てほしい」とおっしゃった。床上・床下浸水の数は少ないが、一つひとつの被害はとても大きいと感じる。家族や近隣の方々も応援に当たっており、地域の助け合いも機能している。
でも、暑い中での作業のため、疲れがたまっているようにも見えた。緊急搬送される方もいたとのことで、発災から3日以上経過し、気を張り詰めていることや、作業を頑張りすぎるがあまり後からどっと疲れがでないか心配。

宮城県七ヶ浜町報告【第166報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第12号](2014年6月1日~2014年6月30日)

皆さま

お世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2014年6月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
7月11日で震災から3年と4ヵ月が経過しました。
7月後半から町内でも各地区の夏まつりが行われる予定で、子どもたちも夏休みを楽しみにしています。
海も子どもたちの遊び場/学び場の1つですが、七ヶ浜町の観光名所「菖蒲田浜海水浴場」は今季も海開きは出来ませんでした。
しかし、現在行われている堤防工事も進み、来年度にはもしかしたら海開きができるかもしれないという声も聞いています。
一年後の話となりますが、皆さんも情報を待っていてくださいね。海水浴場がオープンしたら是非遊びに来てください。
「津波に耐えた松の木は曲がっているけど、ちゃんと立っている。私たちも負けてらんないな」
「仮設住宅にいると地元には行く機会がない。こうしてたまに通るとやっぱり恋しくなる。地元に戻りたい」
仮設住宅から地区の体操教室向かう車の中である1人のお母さんが発した言葉です。
いつもは集会所で笑っているお母さんたちも、3年経った今も現実と向き合わなくてはいけない状況にあるのだと改めて感じました。
今の想いに耳を傾け、住民の皆さんのためにできることを。
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お父さんと2人だとね、息が詰まっちゃうからこうして集会所に来るんだ。
(集会所では)足湯とかマッサージがあるからね。
ここに来るとみんながいるからね。おしゃべりして帰るの。
遠くから(来てくれているボランティアさんは)本当にありがたいよね。ここは何もない所なのにね。
(60代:女性)

3年以上たっているからイベントとか少なくなってるでしょ?
それでもこうして来てもらうとありがたいよねぇ。
(60代:女性)

仮設住宅のまわりは石がごろごろしているところが多いから、
この間転んで、ヒザのお皿にヒビが入ってしまったの。
一ヵ月も入院したのよ。家族に迷惑かけちゃった。
今でも膝が痛くて、腰も痛いの。
特に体を動かし始める時が辛いね。横になってると楽なのよ。
(70代:女性)

(仮設住宅から)どんどん人が少なくなっている。寂しいね。来月友だちも(引っ越して)行っちゃうのよね….
私たちは旦那と二人だから家は建てない。元の家に帰りたいけど、息子に反対されているから災害公営住宅に入る。
主人は鎌倉に旅行に行っていて、今晩帰ってくる。私は足が悪いから集団の旅行には行けない。
人に迷惑を掛けたくない。買い物は主人の車で行っている。
(70代:女性)

被災直後は地域のために炊き出し、食料の配布などで忙しくて涙を出す暇も無かった。

その当時から比較すると気持ちの上でも落ち着いてきた。
(80代:女性)

ここの仮設は(私と同じ)A浜の地区の人が多いし、もともと知り合いの人がいるから楽しいよ。
(仮設から)自分で家を建て出て行った人も何人かいるよ。
私は家はもちろん、土地も再開発で買い上げになったから本当に何もかもすべてなくなってしまったの。寂しいよ。
(70代:女性)

旦那が80歳だからお金も借りられないけど、何とか土地だけは買えたの。
だけど建設はいつになるやら・・・。新しい家が建ったら泊まりに来てね。
(70代:女性)

(東京でやる)オリンピックのことは嬉しくない。私たちは置き去られている。
政府は全然私たちのことを考えていない。復興はやることリストの10番目ですよ。
(60代:女性)

集会所の近くの部屋(仮設住宅)に住んでるけど、集会所に来たのは初めてだね。
今日は多賀城に住んでいる孫を預かっていて、散歩したいっていうから孫だけじゃ危ないからついて来た。
ケンカばっかりしてるけど、かわいいね。
(60代:男性)

津波で家を流されちゃった後にね、娘が仙台に住んでたからずっとそっちにいたの。
でもおじいさんが手術したり、転んで大腿骨骨折したり、姑さんも物忘れがひどくなってたから七ヶ浜に戻ってきたの。
ずっと離れていたけど、ここの人たちみんな良い人たちで、声かけてくれるから良かったわ。
足湯も初めて来たんだ。気持ちがいいね。この(足湯で使っている)バケツもいいね。家でもやってみたい。
(70代:女性)

【募集終了】7/16(水)『レスキュー南木曽応援隊』ボランティアバス参加者

みなさま
今回のボランティアバスの募集は定員に達したため締め切らせていただきました。
今回のボランティアバス運行は平日のポランティア不足の懸念から、現地と調整して
の実施となっております。被害件数が限られているうえ、活動できる件数にも限りが
あるため、大掛かりなボランティア募集は行っていないため、現地への直接のお問い
合わせはご遠慮くださいますようお願い申し上げます。

宮城県七ヶ浜町報告【第165報】中部たすけあいネットワークを受け入れました

みなさま

お世話になります。RSY七ヶ浜事務局の松永です。

「中部たすけあいネットワーク」とは中部の学生が誰でも復興防災活動に取り組める環境を作ることを目的としたネットワークです。今回は、そのネットワークから「日本福祉大学」の学生さん8名の受け入れ(コーディネート)を行いました。ボランティア活動といっても、震災初年度のようなハード面のボランティア活動はほとんどありません。しかし、いまだからこそ、当時の話(住民の様子やNPOの活動、また地元ボランティアセンターの活動内容等)をゆっくりと聞くことができます。

まず、研修会と題し、浜を元気に!七ヶ浜町復興支援ボランティアセンターより被災直後の活動の話、当団体の活動についてなどをお話しました。また、仮設住宅に住む方々をお招きした交流会では、被災直後の避難行動や現在抱える不安などのお話をお伺いしました。

交流会に来ていただいた住民Aさんには障害のある(ダウン症)お子さんがいます。東日本大震災の発生以前から宮城県沖地震が起こると言われていたので、お子さんを含め家族で避難訓練に参加していました。その甲斐もあってか、震災後は家族全員約束通りの場所に避難できたと話していました。ハンディを持っていることを避難訓練に参加するなど、ご近所さんと顔の見える関係ができていたこともよかったと話していました。

 

また、毎月行っている、応急仮設住宅集会場での足湯ボランティアも行いました。

東北学院大学災害ボランティアステーションと一緒に足湯の活動を行って頂きました。今回は、15名のボランティアが集まったため、第一スポーツ広場と七ヶ浜中学校第二グラウンドの二ヵ所同時開催しました。つぶやきは月間つぶやきで共有します!

ボランティア活動は時間とともに形を変えていますが、現在でも仮設住宅の足湯、交流会や研修会などで現地の方のお話を聞く場のコーディネートなどの活動を続けています。また、いまだからこそ観光などで被災地を訪れることもできると思います。一度七ヶ浜町に来られた方も忘れないで、また七ヶ浜にお越し下さい!