5月22日(金)祝!「興禅寺」本堂再建完成式

みなさま
お世話になっております。
5月22日(金)、10時ころから2007年能登半島地震で全壊した輪島市門前町走出の曹洞宗興禅寺の本堂・庫裏債権の完成式が行われました。
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財源確保には、全国から寄せられた浄財とご住職の市堀玉宗師が托鉢を行われた背景があります。住職曰く、「生きることは縁を生きることである。縁は本来的に選ぶことができない。だからこそそれは人生の宝なのである。その宝をどう活かすかが復興の本質ではないか」(村井雅清雑感より)。突然の地震で自坊が全壊するという困難を自らの縁として受け止め、托鉢を僧侶の原点だとして、来る日も来る日も托鉢行に専念されたひたむきな姿勢に、私たちは学ばなければならないと考えます。今回ネットワーク朋主催で災害支援について考え、決意を新たにしたところでしたが、「考える」だけでなく、具体的な支援と交流の場に参加し、真宋門徒として災害支援の実施の場にしたいと考えています。
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完成式には、檀家ら約50人が参列。また昨年6月に宗派を超えて結成された「災害ボランティア支援の会」会長山下良演高野山真言宗来迎寺名誉住職も出席されました。
RSYから代表理事栗田、事務局長浦野、スタッフ柚原の3人で21日夜に現地入りしました。
当日は時折雨も降りましたが、真宗大谷派の門徒の方と共に式典に参加されたみなさんへ炊き出しの豚汁を振るまいました。またRSYが継続支援を行っている穴水町商店街の  幸寿しさんには、おいしい助六をご提供頂き、大変喜ばれました。
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当日完成式に来られた地元の方々に、当日の話を聞かせて頂きました。
「地震が来る1か月くらい前から、突き上げるような余震が何回もあった。余震が来るたびにいつも心配になった。」
「地震が起きたときは、家の電気が窓を突き破るくらい激しく揺れた。」
「近くの市役所へ避難をしたが、そのとき、ボランティアさんがサポートしてくださって、3食食べることができた。ありがたかった。」
「近くに住んでいたのもの達で助けあって、何かあったら手伝ってもらったりした。」
市堀玉宗師の奥様からは、
「地域で催し物があり、地域の方がお寺に集まって準備をしていた。ちょうど天ぷらを揚げていたときに、地震が起き、あっという間に建物が崩壊した。」「お手伝いに来られた主婦の方は、机の下にすぐに隠れ、助かった。私は建物の下敷になったが、助けられ大丈夫だった。」
3月25日で地震から2年が経ちましたが、地元のみなさんの心には地震の出来事が鮮明に残っているのだと感じました。
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神戸から能登半島地震以来、被災地能登に通い続けている「中越・KOBE足湯隊」ボも訪れる予定が、新型インフルエンザのため中止となりましたが、今回参加させていただき、能登のみなさんの元気な笑顔が、能登の復興を願う私たちにとってとても心強いものとなりました。
北国新聞夕刊(5月22日(金))に記事が載りました。
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今回参加しての感想を少し述べさせていただきます。
まず、興禅寺本堂再建について、本当にすばらし本堂ができあがっており、一堀玉宗師の活動に頭が下がるばかりです。
また、炊き出しをさせていただいたことについて、多くの方のご協力なしにはできませんでした。言葉では言い表すことができないみなさんとの「絆」を感じました。
これは、RSYが多くの方々に支えて頂いていることを意味するものであるとともに、10年、20年経っても残していかなければならない、そして、大切にしていかなければならないものだと、改めて感じさせていただきました。
そして、地元の方々から地震当時のお話を聞く機会をいただきました。豚汁をたべられている姿を見ると、被災されたとは分からいくらいに、明るさと素敵な笑顔を見せてくださいます。しかし、少しお話をすると、みなさんのお顔はそのときの恐怖をも感じさせ、地震のときの出来事は、みなさんの心の中に、ずっと残り続けるものであることを感じました。
災害はずっと起こり続けるものです。私には、何ができるのか、また多くの方たち話を聞き、伝えていくことの大切さなども学ばせていただきました。