宮城県七ヶ浜町報告【第193報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第21号] (2015年3月1日~3月31日)

皆さま

いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2015年3月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年4月11日で震災から4年1ヶ月が経過しました。

「5年目はいったなや、いよいよ引越しだわ。ありがとう。」
ついに仮設から公営住宅の引越しが5月より始まる七ヶ浜町です。
しかし、5団地の内5月に入居できるのは2団地。その他は『年内』となっています。
「今年の年越しは寒い仮設じゃないところがいいね」と話す親子も見かけました。

「本当は家を建てたいけど・・・。そんなお金は流されてしまった・・・」
復興が進むにつれて、個人の復興格差が顕著に見えてきています。
公共の支援だけで補えないところを支えるのがNPOやボランティアです。
「公営住宅に入ったら、仮設みたいに収納棚や神棚をつくらないといけないんだ。
手伝ってくれないか。終わったら一緒にご飯でも食べよう!やっとお客を呼べる広さの家に入るんだからね!」
支援者と被災者といった関係から時を経て、友達付き合いのように接するようになり、このような声もかけてもらっています。
5年目に入ったRSYの東日本大震災支援活動を、頑張る七ヶ浜町のみなさんをこれからも応援してください。

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○入院してたから公営住宅入居の時の提出書類がまだ出来ていない。

入院中は全く情報が入ってこなくて大変だった。
説明会にも出られなかったけど、友だちがいろいろしてくれてなんとかなっている。
(50代:男性)

 

 

○引越はまーだまだ先だ。住宅の説明会もまだまだ。いつから入れるのかな。
一人暮らしは引越し大変だよ。なんかあったら『手伝って』って声かけるからね
(80代:女性)

 

 

○家にいる時は裁縫してんだ。なにもしねぇとボケるからさ。
若い時は漁師だったから全国回ってたんだ。身体悪くしてからはダメだな。
今作ってる(手芸品が出来たら)今度あげるからまた来てな。
(80代:男性)

 

 

○足湯来たの初めてなの。いつもは夫がいて家から出ようとしないから行けなかった。
夫が入院してから三日目。いたら喧嘩するけどいなくなるとさみしいね。
10日に手術するの。夫と息子夫婦と孫の5人で住んでるの。仮設での暮らしは慣れた。
(60代:女性)

 

 

○接骨院行ったら血圧が上200って数字が出たんだ。血圧高くてマッサージしてもらえなかった。右手/右足がしびれがとれねぇ。どうにかしてくれよ。
(60代/男性)

 

 

○避難所で一日2食の生活をしていたから、震災後は昼食抜きの1日2食の身体になった。
震災前は米を炊いていたけど、今は出来合いのものをコンビニで買っている。
(50代:男性)

 

 

○浜のお茶会はいつもあんな感じだよ。みんな楽しい感じで。また遊びに来てよね。
(70代:女性)
※同じ部落の人たちだけで集まるお茶会が集会所で開催されている。

 

 

○歳を取るにつれてどんどん身体が悪くなっていく。最近は白内障と緑内障と医者に言われた。いつも集会所に集まってみんなとおしゃべりするのがとても楽しみ。
こうして学生さんたちが来てマッサージしてくれるのが本当にありがたい。
(70代:女性)

 

 

 

○3月11日はまた雪降ったね。あの時も降ってたんだよ。
みんなして今、笑ってっけど大変だったんだからなぁ。
(80代:女性)