皆さま
RSY七ヶ浜事務局です。宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」
「仮設住宅から出て『高台移転して家を持つ/公営住宅に入る』」
町は高台造成工事にも力を注いでいますが、工事の進み具合を見て
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仮設住宅はこの時期(4月)でも寒くてねぇ、暖房つけてるの。
(手の指が)曲がっていてずっと痛いのよ。
(60代:女性)
震災のときはヨットハーバーの近くに住んでたんだよ。
またそこからヘリコプターに乗って役場の裏に避難したのよ。(
(避難したお寺は道がガレキでふさがれ、
孫が3人でみんな女の子なのよ。(娘に)
将来は国際村のほうに高台移転するけど、まだまだかかるね。あと
今は健康だよ。でも、血圧の薬を一錠飲んでるかな。
あとは息子がくれた「脳内核酸」という薬も。これはボケ防止で広
でも一番のボケ防止はここ(集会所)で話すことな。
みんなと話すのがボケ防止になるよ。
(70代:女性)
やっぱり足痛ぇなぁ。痛くて(いつも将棋を打ちに行っている)
木曜日に病院行ったんだ。4日にいっぺん行ってる。だから明日、
やっぱり身体のどこか悪いとおもしろくねぁな。
(60代:男性)
今日はお兄さんたち(学生ボランティア)が来るから、
張り切り過ぎたみたいだね(笑)
(40代:女性)
この頃、体調が悪くてねぇ。原因は精神的なとこだよ。
家に居ても1人だから、(同じ仮設集合体内)
ボランティアセンターに行くと、「
だから疲れちゃってね・・・。この頃行ってないのよ。
貰う時は「ここまで来れない○○さんの分も、もらってっていい?
多めにもらったことなんてないよ。なんで、
(60代:女性) ※仮設住宅訪問時
あがらいん。ばあちゃんとお茶っこ飲んでがいん~。
(※「どうぞあがって、私とお茶飲みしよう」の意)
足湯の時は、いつも声掛けしてもらってるね。ありがとう。
こうやって震災に遭ってだけども、
たっくさん応援や支援を受けたでしょ?外国からも。
この日本だからこうやって、仮設にも住まわせてもらったんだ。
この仮設(4畳半一間)に来た時に、すんごい感謝したよ。
こうやってなんでもそろってるところに入れてもらったんだ。
またいつでも遊びさ来らいん。こうやってお話しよう。戸開けて「
(70代:女性) ※仮設住宅訪問時
仮設住宅から出て、
でも、最近仮設の集会所に来ていいよって日が作られたんだ。
「A浜の日」だったら「A浜に住んでいた人」、「B浜の日」
仮設住宅から出た人も来ていいから、
前からこういう会やったほうがいいって言ってんだけど、
(60代:女性) ※自立再建された方