皆さま
お世話になっております。
東日本大震災でRSYが支援を続けている宮城県七ヶ浜町に、災害ボランティアの滞在拠点となるプレハブ施設「ボランティアきずな館」が完成いたしました。
「日本財団ROADプロジェクト」との協働で、同財団の震災支援先としては岩手県遠野市に続き2カ所目となります。
プレハブは2階建てで、1階に事務室、2階に30畳の2部屋があり、最大50人が滞在できます。自炊施設もあるため、ボランティアが自分たちで炊き出しなどを行えます。
場所は同町の中心部にある、屋内ゲートボール施設に設けられた災害ボランティアセンターの目の前。今後、名古屋からの支援者は、町の方々と密接に連携を取りながらボランティア活動を展開することができます。
23日の開所式では、代表理事の栗田が「この施設を町内外のボランティアの活動拠点として、また被災された方々とボランティアの交流の場として活用して頂ければ。そして七ヶ浜町が再び美しい町を取り戻し、元気になるまで腰を据えて地域と付き合っていく覚悟でいる。」と挨拶しました。渡邊七ヶ浜町長、塩野社会福祉協議会副会長はいずれも「この場所を拠点に沢山のボランティアさんに応援してもらい、復興に向けて歩んでいきたい」とお話されました。
また、今回のボランティアきずな館設立にあたり、全面的なバックアップを頂いている日本財団ROADプロジェクトの青柳さんより、「東日本大震災の支援のために、日本財団へ全国から沢山の寄付金等が寄せれられている。自分たちの役割は、応援したいという人々と現地で活動する団体を結び付けること。この建物はそんな沢山の方々の想いや支援が形になったものであることを心にとどめて欲しい。今後この拠点が活用されて、被災地の復興に役立てて頂ければと思う。」という応援メッセージを頂きました。
早速、ボランティアきずな館の1階スペースを利用して、4月26日・28日の2日間で「お茶のみ喫茶」、30日には地元ボランティアの会議が開催される予定です。
被災された皆さんが、ホッと一息つきながら気軽に立ち寄れる空間となるよう、地元の方々と一緒に考えて行きたいと思います。(RSY浦野)
「2011年東日本大震災」カテゴリーアーカイブ
【中止】東日本大震災の街頭募金( 4/23 )
みなさま
以下の通り、募金活動に参加して下さる方を募集しておりましたが、雨のため中止いたします。
大変申し訳ございませんが、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
【募集】東関東大震災の街頭募金( 4/23<土> )
皆さま
RSY事務局です。
この度、活動支援に関する街頭募金活動ボランティアを募集します。
今回の募金活動では、
1.ボランティア活動支援金募金
2.支援の輪の拡大の広告塔としての役割
3.被災地への支援メッセージを集める「メッセージ募金」
を行います。
ご協力よろしくお願いします!!!
日程は下記の通りです。
———-ボランティアで参加していただける方へ————-
◆募金実施日時 :
4月 23日(土)14:00~16:00
◆集合場所 :
現地集合の方 ⇒名古屋栄三越ライオン前に14:00集合
備品の持ち出し可能な方 ⇒事務局に13:30集合
初めて街頭募金に参加される方 ⇒事務局に13:00集合
◆街頭募金申し込みフォームからお名前・ご連絡先(電話・メール)をご連絡ください。
https://spreadsheets.google.com/viewform?hl=ja&formkey=dEZmNEFDWjdvWjRPQjQ1WlQweG81LXc6MQ#gid
※街頭募金に初めて参加される方は事前説明を実施します。募金開始1時間前にレスキューストックヤードの事務局までお越し願います。
(初参加でもお時間の都合が付かない場合は、現地に直接来ていただいてかまいません)
※22日の18:00までにお申し込みください。
◆RSY事務所アクセス:
http://rsy-nagoya.com/rsy/access
☆これまでの街頭募金活動は下記の通りです。
日時 参加人数 募金額
03月17日(木)16:30~18:30 50人 444,888円
03月18日(金)16:30~18:30 40人 321,876円
03月19日(土)14:00~17:00 50人 314,503円
03月20日(日)14:00~17:00 60人 380,201円
03月25日(金)16:30~18:30 17人 56,370円
03月26日(土)14:00~16:00 23人 74,919円
03月27日(日)14:00~16:00 23人 64,411円
04月09日(土)14:00~16:00 27人 65,821円
04月10日(日)14:00~16:00 20人 53,833円
04月16日(土)14:00~16:00 25人 108,463円
述べ人数:335人、募金総額:1,885,285円
※場所はいずれも名古屋栄三越周辺の大津通り・久屋大通り
【問い合わせ】特定非営利活動法人レスキューストックヤード
〒461-0001名古屋市東区泉1-13-34 名建協2階
Tel 052-253-7550 / Fax 052-253-7552
Mail info#rsy-nagoya.com(#を@になおして送信してください。)
————————————————————
また、下記の通り、郵便振替またはクレジットカードでも
ボランティア活動支援募金をお願いしています。
【1.郵便振替】
口座番号 00800-3-126026
加入者:特定非営利活動法人レスキューストックヤード
※通信欄に「東北地方」とご記入ください。
【2.クレジットカード】
VISA又はMastercardをお持ちの方は、1口2,000円より、
こちらのURLから寄付して頂けます。
https://www.canpan.biz/products/list.php?category_id=84
※上記のページから「寄付」をお選びください。
※団体へのメッセージ欄に「東北地方」とご記入ください。
【締め切りました】1%クラブよりご紹介のあった企業の皆様
※以下の件については、26日をもって締め切りました。たくさんのご応募をいただき、ありがとうございました。
1%クラブよりご紹介のあった企業の皆様
見出しのことについて、フォーム(word)を以下にご案内いたしますので、ご記入のうえ、送信してください。
なお、幅広く参加をお願いしたいと思っておりますので、各企業より各日5名程度までの参加とさせていただきたいと思います。
また、締め切りは4/26(火)とさせていただきます。
大変申し訳ございませんが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。
日時:5/7(土)、5/8(日) 各日9:00~16:00(予定)
・昼食・軍手を持参してください。
・動きやすい・汚れてもよい格好でお越しください。
・事前にお近くの市町村の社会福祉協議会で「ボランティア保険」の加入手続きをしてください。(掛金は地域によって違いますが300円~1000円ほどです。)※ボランティア活動に関する保険であれば、社会福祉協議会が実施されているものに限りません。
・参加は一日のみでも構いません。
・終日参加が難しい方がいらっしゃる場合は、社内でご調整いただければ幸いです。(例:7日は終日2名、午前1名、午後1名など)
・ご応募の際は個々ではなく、社内でまとめてフォームをご提出いただけるように、ご協力をお願いいたします。
※定員を超過したため募集を締め切りました【募集】宮城県七ヶ浜町支援ボランティア第4陣・第5陣・第6陣
皆さま
このたびの東日本大震災におきまして、当法人が名古屋からの支援を続けている宮城県七ヶ浜町で「足湯」や家屋の片付けなどの活動をしていただけるボランティアを、以下の要領で募集いたします。ゴールデンウィーク中で募集枠が早く埋まることが予想されますが、今後も継続的にボランティアバスを運行いたしますので、ご了承ください。
1.活動期間
・第4陣:4月29日(金)~5月3日(火) ※定員を超過したため募集を締め切りました
・第5陣:5月2日(月)~5月6日(金) ※定員を超過したため募集を締め切りました
・第6陣:5月5日(木)~5月9日(月) ※定員を超過したため募集を締め切りました
2.申込締切
※定員を超過したため募集を締め切りました
※キャンセル待ちはさせていただいておりません
現在集計中です。
・第4陣にお申し込みいただいた皆様:4月25日中に連絡がなければ選外です
・第5陣にお申し込みいただいた皆様:4月27日中に連絡がなければ選外です
・第6陣にお申し込みいただいた皆様:5月2日中に連絡がなければ選外です
3.募集人員 各陣20人ずつ
4.応募条件
・心身ともに健康な20歳以上の男女
・お風呂に入れないなどの不自由にも耐えられる方
・出発場所(当法人事務所:名古屋市東区泉1-13-34 名建協2階)に当日朝8時までに来られる方
・帰着後にアンケートにご協力いただける方(今後の活動に役立てます)
5.参加費 一般:7,000円(移動費5,000円、宿泊費500円×4泊)
学生:4,500円(移動費2,500円、宿泊費500円×4泊)
6.保険
お住まいの市町村の社会福祉協議会で「ボランティア保険」(地震や津波によるケガも補償する「天災プラン」選択)の加入手続きをしてください。掛金は自己負担(地域によって違いますが300円~1000円ほど)です。当方からの参加確定のご連絡をさせていただいた方のみ、加入を証明する書類のコピーを出発前日までにFAXかメールの添付画像でお送りください。出発時に未加入の方は参加をお断りします。
7.申し込み方法
※定員を超過したため募集を締め切りました
8.日程と活動内容
1日目 8:00 当法人事務所集合、受付
8:10 事務所内でミーティング
9:00 事務所前をマイクロバスで出発
20:00ごろ 七ヶ浜到着予定
2日目~4日目
終日、ボランティア活動(避難所での足湯や掃除、家屋の片付け、炊き出しの手伝い、戸別訪問によるニーズの掘り起こしなど)
5日目 9:00ごろ 七ヶ浜出発
20:00ごろ 事務所前到着予定、解散
9.滞在場所
宮城県七ヶ浜町吉田浜字野山5-9、屋内ゲートボール場スパーク七ヶ浜内「ボランティアきずな館」(4/23完成予定のボランティア拠点施設)
・2階建てプレハブ/畳敷きの宿泊室あり(30畳2室、布団なし)/水道、電気あり(ただし余震によって止まる可能性あり)/風呂なし/トイレ仮設/食材あり(朝・昼はおにぎりやカップラーメンなど、夜は参加者で炊き出し)
10.必須の持ち物
・寝袋/5日分以上の着替え/防寒着(朝晩はまだかなり冷えます)/洗面用具/使い捨てマスク/汚れてもよい丈夫な靴/作業用の厚手のゴムや革の手袋/自分用の食器(おわん、茶わん、コップ、はしなど)
支援物資なども積み込みますので、荷物はできるだけコンパクトにまとめてください。紛失や盗難に対して当法人は責任を負えません。すべての荷物に名前を記入するなど自己管理を徹底してください。
【さらに急募!】 今回の派遣以降、現地までのマイクロバスを運転していただける方を同時に募集します。大型免許をお持ちで、1泊2日の日程で参加可能な方は、電話やメールで個別にご連絡ください。
宮城県七ヶ浜町支援報告【第11報】
みなさま
RSY事務局です。
宮城県七ヶ浜町で活動をしているスタッフの石井より、4月18日(月)の報告です。
【被害概要(4月16日18:00現在:七ヶ浜町災害対策本部調べ)】
・死者61名(うち身元不明4名)
・安否不明者12名・負傷者17名
計90名
・避難所の状況
生涯学習センター、七ヶ浜国際村、吉田浜公民館(全3施設・避難者数:755名)
○災害ボランティアセンターの様子
(4月17日)
・ニーズ:12件
・ボランティア活動人員:96人
・ボランティア新規登録数:15名
・ローラー作戦(戸別訪問調査)
松ヶ浜地区謡(うとう)のまだ回っていない区画、残り20軒ほどのニーズ調査をしました。その際民生委員さんから「気になる地域がある」との声をいただき、待井、浜屋敷、折越の3か所で戸別訪問をすることにしました。
先日の余震で断水が続いていましたが、放水が始まり水道が出るようになりました。ローラー作戦でも、「水がでるようになったし、もう言うことはないよ」という声も聞きました。
・日本財団ROADプロジェクト「足湯隊(第6陣)」受け入れ(4月17日(日)~21日(木))
午前中は炊き出し、ローラー作戦(戸別訪問調査)、ボラセンにあがっているニーズへの対応の3班に分かれて活動をしました。
ボラセンにあがっているニーズでは以前避難所だった松ヶ浜小学校の片づけがあり、これに参加してもらいました。この松ヶ浜小学校も21日より、入学式、始業式が行われる予定です。
足湯は中央公民館、国際村の2か所で行いました。
・その他
ボラセンで16日(土)・17日(日)にフリーマーケットを行いました。初日は避難者の方のみ、2日目は一般住民の方も参加されました。
たくさんの方が参加している様子からも「物は足りてるよ」という言葉は、あくまでも「最低限」のものはあるという意味なのだと感じました。
・バイクによる災害ボランティア活動を行う名古屋の団体「Bi-Vo」より、パン約350個が届きました。
・日本赤十字千葉の方から、泥の掻き出し作業中に釘の踏みぬきが多く、長靴の中に防止のアルミ板を引いた方が良いというアドバイスをいただきましたので、ボラセンの会議でも提案しました。
※ボランティア活動支援金にご協力ください!
・郵便振替00800-3-126026
加入者:特定非営利活動法人レスキューストックヤード
通信欄に「東日本大震災」とご記入ください。
・クレジットカード払い:
https://www.canpan.biz/products/list.php?category_id=84
※上記のページから「寄付」をお選びください。
※団体へのメッセージ欄に「東北地方」とご記入ください。
東日本大震災の街頭募金10日目
皆さま
本日は東北地方太平洋地震の「メッセージ募金」10日目を行いました。
今回の募金活動ではボランティア総勢25名で、14時から16時まで名古屋栄三越前で実施しました。
小さいお子さんもボランティアに参加いただき、また熱心な声かけも行っていただいたおかげで、皆さまからの温かいメッセージ・ボランティア活動支援金を集めることができました。
本日の募金合計金額は108,463円でした。
ご協力いただきましたボランティアの皆さま、募金して頂いた皆さま、本当にありがとうございました。
今後も引き続きメッセージ募金を予定しています。
また、レスキューストックヤードの事務局でもボランティアを募集しております。
ご協力よろしくお願いいたします。
ボランティア活動支援金募金とは
宮城県七ヶ浜町支援報告【第10報 その2】
皆さま
RSY浦野です。
宮城県七ヶ浜町での被災者支援活動について、4月3日~4月10日の1週間の活動を数回に分けて報告しています。
【被害概要(4月12日17:30現在:七ヶ浜町災害対策本部調べ)】
・死者:60名(うち3名が身元不明)
・行方不明者:13名
・負傷者:17名
合計:90名
・漁業関係施設:全施設損壊・流出(調査できず)
・漁港・港湾施設:全施設損壊(調査できず)
[ライフラインの状況]
・12日午後10時より3日程度断水。
※宮城県仙南仙塩広域水道(七ヶ宿ダムからの送水)の送水管修理のため。
[避難所]
松ヶ浜小学校、生涯学習センター、七ヶ浜国際村、亦楽小学校、吉田浜公民分館
全5施設/避難者数809名
※4月15日をもって、国際村と生涯学習センター(中央公民館)の2つに統合。
[仮設住宅の建設]
・第1次申し込み(115戸):4月11日~
・完成:4月27日
・入居審査:5月1日~3日
・抽選日:5月5日
・入居開始:5月8日以降から
・場所:町民グラウンド
※上記日程は変更になる場合もある。
※全壊家屋居住者、高齢者・障害者・乳幼児などの要援護者世帯を優先入居。
※宮城県は、七ヶ浜町の第2次建設分として35戸を第1スポーツ広場(七ヶ浜省察署向い)に建設すると発表。
[その他]
・町は4月4日より津波被害により遺失した写真、賞状、位牌などの縦覧を七ヶ浜町サッカースタジアムにて実施中。私たちがボランティア活動の際に何枚か発見した写真もここに届けられ、被災された方が自由に閲覧できるようになっている。しかし、このような場所が設置されていること自体を知らない住民もおり、今後の周知が課題となっている。
・RSYが4月2日までお世話になった七ヶ浜町心身障害者通所作業所「あさひ園」では、11日より施設が再開した。アルミ缶の回収や贈呈用の箱折り作業等を行っている。職員7人中2人、利用者30人中6人が津波被害を受け家を失い、現在も避難所や親類等の家に身を寄せている。
○RSYのこれまでの活動
■RSYボランティアバス第3陣派遣/4月7日~11日
・RSY主催のボランティアバスに17名が参加。災害ボランティアセンターの運営サポート、災害ボランティアセンターに寄せられた個別ニーズの対応(泥出し・家具運びなど)、災害ボランティアの炊き出し、沿岸部を中心としたニーズ把握、避難所3か所での足湯を実施した。
<沿岸部を中心としたニーズ把握>
・車に5~6人と掃除用具一式を積んで、津波被害のひどかったエリアを巡回した。浸水被害を受けたと思われるお宅に直接訪問し、声をかけて状況をお話して頂いたところ、「家財道具は出したけど、床下が気になっている。業者に頼む予定だが、いつ来てもらえるか分からない。今後の衛生面が心配」「ブロック塀が隣の家にもたれかかりそうになっている。どうにかしたい」「家屋判定で赤色(立ち入り禁止)になっているので全く手がつけられていない。入れるようになったらすぐに掃除等お願いしたい」「家財道具の撤去などして欲しい」「漂流物が家の周辺に散乱しているので処分したい」等の声が寄せられた。内、5件ほどをボランティアセンターへ新規ニーズとして上げた。
・ボランティアセンターの存在は区長を通じて知っている方も多かったが、直接依頼するというところまではなかなか進まない様子。「知らない人が家に入るのは抵抗がある」「もう大体家族・親類でやってしまったので大丈夫」という声もあった。いずれも地元の方々と一緒にこまめな声かけが必要と感じる。
※ボランティアセンターには1日4~5件の新規ニーズが上がっており、個別宅へ作 業チームを3つ作って日々対応している。地元ボランティアが中心に活動してい るが、作業が重労働であり疲れも見えてきている様子。地元チームと外部ボラン ティアの連携が今後の課題。
<足湯ボランティア>
・松ヶ浜小学校(14:30~15:30)、亦楽小学校(七ヶ浜中学校)(14:30~15:30)、中央公民館(14:00~15:00)
・地元中・高・大学生らとの合同チームで実施。
※足湯つぶやき(主なものを抜粋)
【4月8日/松が浜小学校】
(男性・80歳代)
何もかも心配。家も流された。年金生活でこれからも心配。食事は食べられている。足湯が一番いい。
(女性・70歳代)
ストレスがたまって大変だった。自分では気づかんけど、ストレスが強くて血を吐いた。医者に行って「ストレス」と言われて薬飲んで様子をみてる。ご飯も食べれるけど怖いからちょっとしかたべれん。夜は寒い。地震あって、夜ねむれんね。
(女性・高校生)
避難所生活も一カ月近くなったので疲れました。
(女性・6歳)
ここに来て友達がたくさんできた。今は楽しい。学校にはまだ入れない。いつもトランプとかしてる。ごはんは何でも好き。いつも全部食べている。風呂は1回しか入っていない。
(女性・50歳代)
何もかも不安。
(女性・60歳代)
家を流されて大変。写真など発掘できても悲しみの気持ちが重なり複雑な心境。
何かおいしいものが食べたいと思っても周りに気を使うので、そういう要望を考える気持ちになれない。
【4月9日/亦楽小学校(七ヶ浜中学校)】
(男性・70歳代)
この地域は220世帯で70世帯が何とか家がある。揺れが来て、皆一目散に高い所に逃げた。防災訓練をしていたので「高いところに逃げる」ということができていた。津波の一派はそうでもなかったが、2派、3派がひどかった。物をとりに帰った人が犠牲になった。14日には国際村(別の避難所)皆前向きに考えている。この避難所は高齢者が多い。50歳代だったら住宅の再建も考えるが、無理だろうなぁ。
(女性・80歳代)
ご飯は大分豪華になった。でもまだ膝が痛い。足湯は体があたたかくなって楽になったわ。
(男性・40歳代)
何もかも無くしてしまった。保険証とかは再発行できるが、アルバムも写真も全 て戻らない。遺失物が展示してあるサッカースタジアムにも見に行ったが探せなかった。
(女性・80歳代)
避難所での生活は気を使うことが多い。避難所の中での楽しみはあまりない。食べ物などの不自由は特に感じない。
(女性・60歳代後半)
お風呂に入らず、足湯がくるからお風呂の予約はしなかったの。お父さん車椅子だから、雨の日以外は泥のかきだししてて、爪が真っ黒。でもね、親戚の人とか ボランティアの人が手伝いに来てくれるから助かるわ。
(女性・86歳)
家は住めない状態ではない。今片付けをしていて、明日寝る場所だけできたので息子が迎えにきてくれる。海苔の養殖をしていたが、もうダメになった。戦争もこんな風に避難所生活をした。今は食べ物をもらえる、買い物にもいけるから、今の方がいい方だ。
(男性・70歳代)
漁業を営んでおり、地震がくるちょっと前に海から上がって来て家で一服していた。隣のお婆さんを避難させるのが大変だった。すごくギリギリだった。津波で海に浮いている車がマッチのように見えた。
(男性・?歳)
今日は家の片付けをしていた。漁師で津波の時沖にいた。初めて10mの津波を体験した。最初は行方不明者名簿に載っていたようで、震災から3日後にようやく帰れた時には拍手されて驚いた。足湯は初めてだったが、楽しく話せた。
【4月10日/中央公民館】
(女性・70歳代)
足湯をするとすごく気持ちがいいので、もっといっぱい来てほしい。ボランティアさんにすごく感謝している。
(女性・70歳代)
足湯は気持ちいい。良く眠れる。地震の日は家に居たけど、前日まで旅行に行っていた。家は全て流された。もう何もない。命はあるからね。皆にこれ以上ない程良くしてもらいありがたい。感謝しかないです。私はカラオケが好き。カラオケできたらなぁ。
(女性・11歳)
地震は本当に怖かった。今は大分怖さが取れた。
(男性・76歳)
足湯は初めて。どんな感じが身に来た。昨日は自衛隊の風呂は行かなかったよ。
気持ちいいもんやな、夜はあんまり眠れん。
(女性・77歳)
これをやると夜まで明日がほてって眠れるの。本当は毎日来てほしい。ありがたいよ。いつもは眠れない。ペースメーカーを入れている。明日にでも、そろそろ医者にかかりたい。
(女性・70歳代)
避難所生活は辛い。足湯やってから結構寝られるようになった。
<うるうるパックの配布>
・災害ボランティア活動支援プロジェクト会議からの支援の一環として、被災した児童へのお見舞い品(ペンケース/鉛筆/鉛筆削り/消しゴム(2個)/定規テープのり/下敷き/ノート(3冊)/コンパス/ステープラー)七ヶ浜町の小学生全てに配布するため、約1300パックを行政職員の方と学校に搬入しました。
※災害ボランティア活動支援プロジェクト会議とは?
企業・社会福祉協議会・NPO・共同募金会が協働するネットワーク組織。災害ボランティア活動の環境整備をめざしており、人材、資源・物資、資金を有効に活用するため、現地支援を行っています。2004年に発生した新潟中越地震の後、復興活動への助成や活動の検証調査を行うため、2005年1月に中央共同募金会に設置されました。RSY代表理事・栗田はこの会の委員を務めています。
※うるうるパックとは?
「うるうるパック」は、被災地域の方々が必要とする物資を一旦被災地外で集約し、各世帯に配付できるように袋詰めして届ける救援物資。被災者とボランティアのコミュニケーションのきっかけ、被災者を応援する心を届ける手段として、知恵と工夫を凝らして手間をかけて配付るという仕組みを目指している。
【募集】東北地方太平洋沖地震の街頭募金( 4/16 )
皆さま
RSY事務局です。
先週に引き続き、活動支援に関する街頭募金活動ボランティアを募集します。
今回の募金活動では、
1.ボランティア活動支援金募金
2.支援の輪の拡大の広告塔としての役割
3.被災地への支援メッセージを集める「メッセージ募金」
を行います。
下記日程を含め、今後も継続的に行っていく予定でございますので、ご協力よろしくお願いします!!!
今回の募集日程は下記の通りです。
———-ボランティアで参加していただける方へ————-
◆募金実施日時 :
4月 16日(土)14:00~16:00
◆集合場所 :
現地集合の方 ⇒名古屋栄三越ライオン前に14:00集合
備品の持ち出し可能な方 ⇒事務局に13:30集合
初めて街頭募金に参加される方 ⇒事務局に13:00集合
◆街頭募金申し込みフォームからお名前・ご連絡先(電話・メール)をご連絡ください。
https://spreadsheets.google.com/viewform?hl=ja&formkey=dEZmNEFDWjdvWjRPQjQ1WlQweG81LXc6MQ#gid=0
※街頭募金に初めて参加される方は事前説明を実施します。募金開始1時間前にレスキューストックヤードの事務局までお越し願います。
(初参加でもお時間の都合が付かない場合は、現地に直接来ていただいてかまいません)
※15日の18:00までにお申し込みください。
◆RSY事務所アクセス:
http://rsy-nagoya.com/rsy/access
名建協から活動支援金をいただきました
宮城県七ヶ浜町支援報告【第10報 その1】
皆さま
浦野です。
宮城県七ヶ浜町での被災者支援活動について、4月3日(日)~4月10日(日)の1週間の活動を数回に分けて報告します。
【被害概要(4月10日8:00現在:七ヶ浜町災害対策本部調べ)】
・死者:59名(うち身元不明者:2名)
・安否確認不明者:15名
・負傷者:17名
合計:91名
[避難所]
松ヶ浜小学校、生涯学習センター(中央公民館)、七ヶ浜国際村、亦楽小学校、吉田浜公民分館(全5施設・避難者数:860名)
[ライフラインの状況]
・電気:ほぼ復旧(津波被害のひどい菖蒲田浜・花渕浜・代ヶ崎浜の一部は不通。今後復旧の見通し立たず)
・水道:津波被害地域周辺と一部高台を除きほぼ全域で通水。
・プロパンガス、都市ガス復旧。
・電話:NTTの収容局が水没したことから一時不通になっていたが、4月14日より順次復旧し、全域復旧は5月連休になる見通し。
・燃料:町内で被害を免れたガソリンスタンドは1軒。その他のスタンドの復旧のめどは立っていない。しかし一時の長蛇の列は解消されつつあり、安定供給できている様子。
・4月11日より七ヶ浜町民バス「ぐるりんこ」暫定ダイヤでの運行開始。
[七ヶ浜町の被害の特徴(役場職員の話より)]
・七ヶ浜町は「東宮浜」「代ヶ崎浜」「吉田浜」「花渕浜」「菖蒲田(しょうぶた)浜」「松ヶ浜」「湊浜」の7つの浜から成っている。特に菖蒲田浜・吉田浜周辺は津波の被害が甚大で「命以外全ての物を失った」という方が多い。また、花渕浜はじめ、その他の地域でも沿岸付近は、床上2mを超す浸水被害に遭った家屋も少なくない。
・もともと風光明美な場所で、外国人専用の避暑地区域がある。北海道や四国からも避暑地として多くの人たちが別荘を構えている。そこは高台にあったので大きな被害を受けなかった。
・東北一古いと言われる海水浴場「菖蒲田海水浴場」も壊滅的な被害を受けている。津波は防風林を超えて町を襲った。全くの想定外であった。
・今回亡くなった中にはお年寄りが多かった。この地域は52年前のチリ地震を経験している。その時にも3m~5mぐらいの津波が来て、被害を受けた地域もあった。その後行政は3~5mの津波に対応するような防波堤を設置した。その安心感と「53年前のことを考えれば、今回もさほど大きな被害にはならないだろう」と家に戻ってしまったお年寄りが犠牲になってしまった。
・家を失った若い人たちは、「もう元の場所には家は建てない」という人が多いが、お年寄りは土地に対する愛着が強く「また住み続けたい」と言っている。
・津波は2方向から襲ってきて、津波同士がぶつかり、さらに大きな波となって被害を拡大した。
・新築してから1週間もたたないうちに被害を受けた家もある。ローンどころか1回目の支払いすら終わっていないだろう。本当に気の毒に思う。
・沿岸部では漁業や海苔の養殖が盛んだった。しかし、船を失った人たちも多く、養殖場もほぼ全滅した。内陸部では田園地帯もあったが、塩水を吸った土壌がもとに戻るまで、長くて7~8年かかるだろうと言われている。
○RSYこれまでの活動
■日本財団ROADプロジェクト「足湯隊」受け入れ/4月3日~7日
日本財団ROADプロジェクトと震災がつなぐ全国ネットワークとの合同企画として行われている足湯隊21名が東京より派遣された。震つな事務局を兼務しているRSYでは、地元の災害ボランティアセンターと共に、現地での受け入れ・活動コーディネートを行い、6か所(当時)全ての避難所での足湯、1地区での個別訪問(ニーズ調査)を実施した。
[湊浜地区でのローラー作戦(戸別訪問調査)]
・湊浜地区は沿岸沿いの十数件が床上・床下浸水を受けた地域。また地震の影響で、壁の亀裂や瓦の落下など一部損壊の被害を受けた世帯も多数ある。4月4日の活動では、メンバー12人が6グループに分かれ、地域の民生委員と共に災害ボランティアセンターのチラシを持ちながらお宅を訪問し、声をかけていく作業を行った。在宅の住民へは、行政から全13地区の地区長へ物資が配られ、その後末端の住民まで手渡されるという仕組みがあるようだが、子ども用・介護用おむつ等、個別の物になると十分対応ができていない様子。ニーズがあった世帯についてはボラセンに報告し、翌日必要な物をお届けした。
・5日、水道が復旧したことにより、住民が避難所から自宅に戻り始めていた。訪問した82歳のお年寄りは「水道が止まっている状態で帰っても、水や食べ物を誰かに持ってきてもらわないと生活できない。迷惑をかけることが分かっていたから避難所に行くことにしたの。3週間暮らしたけどホントにしんどかったわ」と大量の洗濯物を一人で片付けようとしていたため、お手伝いさせて頂いた。
・1回目の訪問で気になるお宅を、今度はバケツと雑巾をもって翌日再訪問した。1回目は「自分たちでできるから大丈夫」と断られたお宅も、掃除用具を持っていくと「じゃ、畳拭きをお願いできる?電球を取り換えてくれる?」など次々と依頼を言ってくれるようになった。「こんなことまでボランティアさんにお願いできるとは思わなかった」とのこと。また津波や浸水に遭わなかった地域
の方については「私たちより大変な人が沢山いるんだから、そっちを手伝ってあげて」とおっしゃる方が多い。
・2回目の訪問では沿岸部で1階部分が浸水する程の大きな被害を受けた家屋エリアに掃除道具を持って訪問した。1軒で作業を始めると周辺家屋2軒からも声がかかったのでボラセンに繋ぎ、対応した。時間はかかるがこのような形で何度か現地を訪問しながらニーズに辿りついていけるような努力をしなければ、必要な方に必要な支援が届かないと感じる。
[避難所での足湯ボランティア]
※足湯つぶやき・主なものを抜粋
(女性60歳代)
・先日家の跡に行ってみたらチューリップが1輪咲いていた。何もかも無くしたがそれがとてもうれしい。花作りが好きで苗から育てている。これからと思っているのに苗づくりが出来なくて淋しい。この生活がいつまで続くのか不安。
(女性80歳代)
・逃げてきたままの格好だから、真冬のままでね。足湯もシャンプー(洗髪サービスも一緒に実施されていた)も初めてしてもらう。気持ちいいね。
(男性70歳代)
・人生で災害に2度あった。ここの所ではプライバシーがないのが一番つらい。
(男性70歳代)
・とにかく涙が出てしょうがない。泣けてくるね、本当に。
(女性50歳代)
・ここに残っている人はだいたい家が無くて残っているの。家が心配。早く住むところが決まるといいけど。
(女性70歳代)
・津波で店も家も流れてしまったんだけど、娘が貯金通帳3冊みつけてきてくれたの。(シャンプーと並行だったため)気持ちいい。極楽みたいね。(おばあちゃんおしゃれだもんねーという問いに対し)そうね、オシャレな服を着て街を歩きたい。
(女性30歳代半ば)
・1週間髪を洗えないのでフケだらけ。2-3日洗えなくても平気になってきた。寝返りが打てなくてねえー(狭いので)。肩凝るんだよね。
(女性60歳代)
・今年は4月なのに雪が降って寒いなあ。お風呂に入れないから、気持ちいい。お風呂に入れたら体が温まるのになあ。やっぱりお風呂に入らないとねえ。今日はありがとう。
(女性60-70歳代)
・着の身着のままで逃げたので、化粧品がなくて、自分の顔がどうなってるのかわからなくてねえ。ときどき自分で足のマッサージしようかな。
(女性9-10歳)
・(途中まで無口で涙ぐんでいて・・・さいごに)大きくなったら天文台で働くの。
(男性50-60歳)
・ずっと頭がねえ・・(ぼおっとする)昨日やっと3時間くらい眠れた。ありがたいねえ。
(男性・80歳代)
・築17年の新しい家が2階まで土水につかった。もう住めない。ベランダにつかまって生きのびた。
(女性70歳代)
・脳卒中になってから、障害もっててお医者さんに外を歩きなさいって言われたけどそんな気にならなくてね。指輪もネックレスも全部流された。薬は有るけど検査(定期的に受けていた)はまだ受けられない。避難所に来てからの方が(体の障害が)めっぽう悪かった。前はオシャレしてたけど、貴金属のものは全て流されてしまった。
(女性69歳)
・仮設住宅は二年間だから、その後どうすっかわかんない。どうしたらいいんだろうねー、家立てるにもそんなに財産ないし~。家は全壊した。国際村(避難所)は設備が整っていてすごくいい。いつまでいれるかな~。
(女性80歳代)
・一回に三回は目が覚めて寝付けない。お父さんがおむつをつけっぱなしでかわいそうだ。
(女性80歳代)
・誰もこんなことになると思ってなかったー。家は残ったけど畑や田んぼはダメになってしまってー。両膝に器具が入っているの(左8年前、右3年前)。でも私、体操とかやってがんばってんの。娘、息子もみな無事だったからそれだけでもよかったと思う。わかんないけど、おじいさんとがんばっていくよ。
(男性60歳)
・ここにいると同じ事の繰り返しだから、朝4時に起きて30分運動(歩いて)してる。自転車で5分坂を下ったところに家があっただけで流されて何もない。めいっこもおいっこもまだ見つかっていない。写真でもあればと毎日探すけどなーんにもない。
(女性60歳)
・床が固いので肩が凝る。家は70坪もある大きい家だったが、津波で200mも流された。退職金でローンは完済したが、また家を建てねばならない。でも畑が残されたので幸いだった。
(男性72歳)
・家を流され全部なくなった。夫婦でここにきている。環境が急に変ってしまって、不安。痴呆が進んでいるようでとても心配だが、今は何もできない。心配でねー。
(女性16歳)
・私、家がなくなっちゃったんですよ。その日は卒業式で、卒業式終わって普通に帰れると思ってたんです。でも、帰ってみたら、家、何にもなくて。普通、2階だけ残ってる家とかあるんですけど、私の家は本当になんにもなくて。私の家の写真とかはあったんですけど。お風呂、この前、水が出るようになって久しぶりには行ったんですけど、全然違いますね。入学式は23日です。塩釜の学校。
(女性40歳代/役場職員)
・私、家がないのですよ。1秒の差で助かった。生き残ってよかった。車の中に水が入ってきて、ものすごく怖くて、身体も濡れて寒くて。木に登って屋根に移って、家の中に入った。その家の中で一晩過ごした。怖かった。思い出したくない。一緒に同行した同僚はまだ見つかっていないんですよ。みんな携帯使えるからメールくれた人に連絡したら泣いて喜んでくれて。津波、すごく早くやってきた。
(女性44歳)
・お店が流されて道具がなくなった。親戚の家を間借りしている。まだ家があるだけいい。最初はボランティアでもカットする気が起きなかった。何もしたくなかった。でも最近になってやっとボランティアする気になった。何もしないよりした方がいいな。(現在避難所でカットのボランティアをして下さっています)
(女性22歳)
・仕事で泉(地区の名前)に行っていた。親と3日間連絡が取れず浜に近かったから絶対死んだと思ってたんですよ。でも3日目に父から連絡が来てめっちゃうれしかった。おとといから水道が来てめっちゃうれしくて、おばあちゃんと超喜んだ。水道がこんなにも大切なものとは思わなかったーって実感した。靴下はもらいもの。お母さん最初は元気なかったけど、やっとやる気が出てよかったー。最初の1週間は何もしたくないって言ってた。
(女性78歳)
・1階が流されて、自分の洋服がないねえ。ここ(松島)は本当にきれいなところで、魚も貝もおいしいんだよ。今は何にも無くなっちゃったけどねえ。孫もひ孫も亡くなっちゃったけどねえ。戦争よりもひどいね。若い人たちと一緒にがんばりたいけど。
(女性70歳代前半)
・美容師。家は全部流された。またお店始めるにも1000万円くらいかかるからやめることにした。もったいないけどね。新しいお家もこの前みてきて、おいの家のとなりに空き家あったからそこに引っ越すことにしたんだ。また住んでたところに戻ろうと思ってる。何年生きてるかわからないけどお父さんと2人でね。だからお父さんにがんばって働いてもらおうと思っている。ここでは炊き出しやってるの。働いた方がいいちゃね。地震保険にも入っていたからちょっと安心だわ。船が大きいのと小さいのあって小さいのは流されたけど大きいのはちょっと壊れてね。それも保険入ってたからよかったなあと思って。
(男性71歳)
・高台に逃げて、自分の家が流れるのをただ見ているだけだった。自然にはかなわない。津波の翌日にドロボーが歩き回っている。昨年、のりの漁をするといっても800万円はかかる。奥さんの嫁入り道具の仙台たんすは見つかったがクローゼットは1つも見つからなかった。
(男性15歳)
・部活はテニスをしています。手ちっちゃくて背が低くて伸びないんですよ。高校は4月8日が入学式の予定だったんですが、20何日かにズレました。春休みに友達と遊ぶ予定だったんですが、行けなくなって、でも、毎日24時間一緒で楽しい。高校はチャリで30-40分のところにあります。地震のときは中学校にいて、津波がくるってわかってたから、急いで家に戻って寝たきりのおじいちゃんと車イスで施設に連れて行って、おばあちゃんも連れて行って家に戻って荷物を持って逃げました。時間が20-30分あったから大丈夫だったですが、服とかは持ってこれなくて家は全滅しました。
(女性60歳代後半)
・建てて15年くらいの家が津波に襲われた。2階の腰の高さくらいまで水が来た。今日は家に戻って使えるものを外へ運び出したりしてきた。要らないと思って捨てたものも、また考え直して拾ったりしている。要るもの、要らないものの判断もあるので、他人に手伝ってもらうわけにもいかない。でも、家の周りにたまっているゴミやガレキを処分してもらえば助かるかも知れない。これから仮設住宅に移ることになる。自分は散髪屋なので避難所の中でもボランティアで散髪をしている。夫が1年ほど前に肺がんで死んだ。逆でなくてよかった。男が1人ではこんあことがあったら生きていけないだろう。今は夫が守ってくれていると思っている。足湯やマッサージをしてくれるのが一番助かる。