【募集7月分】現地穴水活動ボランティア(令和6年能登半島地震)

穴水も梅雨入りしました。

これから暑い季節にかけては、クールスポットとして、
ボラまち亭を利用してくださる方も多いです。
是非、一人でも多くの方と交流してください。
参加をお待ちしています。
 
こちらが申込みフォームです。

【概要】

日程:
102陣:2025年7月3日(木)~7月6日(日)
103陣:2025年7月10日(木)~7月13日(日)
104陣:2025年7月17日(木)~7月20日(日)
105陣:2025年7月24日(木)~7月27日(日)
106陣:2025年7月31日(木)~8月3日(日)

※急募:6月26日(木)~6月29日(日)の長距離運転者、集中です!
運転者が見つからないと運行が出来ないです。お申込みをお待ちしています!!
 
出発/帰着場所:RSY事務所前(名古屋市東区泉1‐13‐34)
9:30出発 19:00帰着(交通事情によります)
 
 
月曜日が祝日であっても、木曜~日曜の3泊4日で変更はありません
 
※配布用のチラシも添付します。告知にご協力ください。どうぞ、よろしくお願いいたします。
(地元社会福祉協議会からの依頼に基づいています)
 
 
活動内容:
交流会や足湯&カフェサロン等の運営補助、看護・福祉ニーズの高い要配慮者への対応(健康チェック、生活環境の整備)各種イベントのチラシポスティング等活動時間:原則として、9:00集合・オリエン。内容により活動時間は前後します。活動場所:ボラまち亭を起点として、穴水町内に出向くこともあります。

ボランティア登録場所:ボラまち亭。
 
宿泊場所:ボラまち亭
宿泊料:無料

宿泊施設備品等:暖房器具、電子レンジ・冷蔵庫・エアコン・トイレ・シャワー。公衆浴場(有料)へは徒歩で行けますが、お弁当などは、タイミングを見て買い出しに行きます。ゴミは各自お持ち帰りください。簡易ベッドは、ありますが寝袋等の寝具をご持参ください。

 

【報告】東日本大震災メモリアル企画あいち・しちがはま交流ツアー

みなさま

お世話になります。RSY事務局です。
3月11日(火)~12日(水)に実施した七ヶ浜スタディツアーについてご報告させていただきます。今回は、大学院生や大学関係者、防災・災害ボランティア、会社員など、20~70代の参加者7名とRSYスタッフ3名の合計10名で七ヶ浜を訪れました。

 

1日目は、七ヶ浜に到着後、きずなハウス(みんなの家)で開催されていた「七ヶ浜町震災の記憶展」を見学しました。その後、七ヶ浜町公園墓地「蓮沼苑」の東日本大震災慰霊碑前で執り行われた追悼式に参列し、14:46に黙とうを捧げ、献花を行いました。

16時からは、七ヶ浜町中央公民館にて「町民&ボランティア交流会」を実施しました。七ヶ浜の若者たちによる震災伝承団体「きずなFプロジェクト」、元RSY七ヶ浜スタッフの石木田さんが代表を務める「地球子屋(てらこや)」の活動紹介の後、3グループに分かれて5名の七ヶ浜住民の方々と交流を行いました。震災当時の避難行動や避難所生活、仮設住宅での生活などについて、どのような困難があり、どう乗り越えてこられたか、今後の災害に向けてどんな備えが必要かなど、それぞれの体験からのお話しをしていただきました。

2日目は、七ヶ浜町巡回語り部ツアー(フィールドワーク)として、石木田さんのガイドで、松島湾を眺められる多聞山、代ヶ崎浜の防潮堤に作られたおはじきアート、吉田浜の眺望台、復興整備事業で開発された花渕浜多目的広場や菖蒲田浜ながすか多目的広場、笹山地区の高台住宅団地、菖蒲田海岸防潮堤などを巡りました。

その後、小学2年生で被災し、現在は語り部として震災の伝承活動に関わるNPOの職員となった若生遥斗さんのガイドで、震災当時在籍していた汐見小学校から、実際に避難をした弥栄神社の高台までの避難ルートを歩き、当時の状況や今の想いをお聞きしました。

■参加者の皆さんからの感想
〇昨年に引き続き2度目の訪問でしたが、町内を巡りながらの見学は初めてでした。町内には3.11の津波に関する表示が沢山ありました。ここまで津波が到達したのかと何度も驚かされ、被災直後の写真に胸が締めつけられました。しかしそれだけ甚大な被害を受けた中でも、住民の皆さんが七ヶ浜の海を心の底から大切に思っているということが、今回のツアーで最も印象に残ったことです。震災当時、できることはなんでもやっていたというお話から、現実を受け止め、今後も海と共に生きていく覚悟を感じました。辛い時間が長く続いたはずなのに、今は強さすら感じさせるみなさんの姿は、まだ自分に不足する覚悟を見直させてくださいました。発災後、周囲と連携できるよう普段からコミュニティを大切にすること、個々に合った非常用持ち出し袋を準備し適切な場所に保管すること、多めに食料や水を備蓄することなど、今できる準備はたくさんあると感じました。

〇14年前の3月11日、中学2年生だった私は、校外学習をしていました。教室に戻ると先生が走って来て「今、日本が大変なことになっています。これをみて気分が悪くなる人もいるかもしれない。でもこれを志摩市に住む自分たちが経験する番だっかもしれない。この映像を自分たちは見なければいけない。」と話し、津波の生放送を見せてくれました。あの日からテレビの中の現実で何が起こっていたのか、14年経ってしまったけれどやっと学びにいくことができました。
今回、1番心に残ったのは、「地震の揺れに耐えてから、それからが本当の震災だった。」という言葉です。これは高台にある避難所で100日間、一度も自宅に戻らず避難所の運営、支援に当たった被災者の方からお聞きしました。避難所では高齢者など要支援者の対応やケアを寝る間を惜しんで行ったそうです。外部支援者ではなく、普段を知っている地元の人だからこそ行えるより細やかなケアがあると思います。しかしその負担は計り知れません。普段から災害時を想定した訓練と想定をしておくことが、被災者となった時の自分や地域の人々の支えとなることを改めて感じました。

〇今回は講演、フィールドワークとフル回転して頂いた石木田裕子さんにずっとお世話になりました。その中で地球小屋「てらこや」が印象的でした。地域の交流施設として毎月第2土曜日、「みんなの家」「きずな公園」に集まり、お弁当持参で1日過ごすアイデアはいいですね。その中で震災の伝承、震災遺構の見学、防災学習としてなまず学校、防災食のカレーつくり、外部とコラボで紙コップロケットつくり、小学生の食育、キッズ企画と多岐多彩のわたる活動から石木田さんの熱い思いと多様性に感心させられました。前期高齢者とお聞きしましたが、やれることは何でもやるという姿勢に満ち溢れ、今後のさらなる活躍が期待したいと思いました。
名古屋でも既成概念にとらわれず、子どもたちや若者の力とアイデアを引き出して、自らもやっていける取り組みをしていきたいと思いました。それはきずなFプロジェクトの活動をお聞きしさらに強く感じました。
最後にフィールドワークのおはじきアートが心に残っています。物語があり、松島を背景のあるのがいいですね。またこれからも訪問したくなりました。

〇想像よりスケジュールに余裕があり、内容も多岐にわたりメリハリがあって非常に良かった。特に汐見小学校から裏山の避難経路を実際に歩いたのは印象に残りました。
個人的な反省になるのですが、ボランティアに肩書きとかはあまり関係ないと思いつつも、穴水に行かれている方や地元のボランティア団体に所属されている方ばかりでちょっと気後れしていました。また、久しぶりに初見の被災者の方と話したので、距離感とか踏み込み具合など考えすぎて聞く一方になってしまいました。この反省を生かしつつ、15周年のツアー?企画?も日程が合えば参加したいと思います。

〇ツアーでお聴きした話の中で、穴水町と七ヶ浜が繋がっていたことに驚きました。共助とは人が人を助け繋がることも大切なことですが、地域と地域の繋がる事も大切な事だと、目からウロコでした。
ワークグループでは、きずなFプロジェクトの皆さんの若さに驚くとともにシッカリとした「伝え」を子供たちに広げている活動内容のもさらに感心させられました。若者独特な発想でさらなる活動に期待しています。伊丹さんからは「南海トラフ地震での被害は都市型なので想像がつかないけれど、郡部では七ヶ浜に似た地域もある。被災者として発信していくので東海地域でも広げて欲しい」との意見に、自分の地域で七ヶ浜の発信をどう広げていくかが大切な事だと痛感させられました。
石木田さんの案内での七ヶ浜巡回語り部ツアーでは、石木田さんのパワフルさにも驚きましたが、14年の時の流れにも驚きました。最後に若生くんの七ヶ浜語り部デビューに参加さしていただいたことは大変光栄に思います。災害を風化させないためにも頑張っていただきたい。毎年行われている七ヶ浜ツアー、長く続くようお願いします。

〇3月11日~12日の2日間、初めて七ヶ浜に行きました。1日目は震災の記憶展見学、慰霊塔参拝、住民の皆さんと交流会。2日目は七ヶ浜町巡回語り部ツアー。交流会でIさん御夫妻からお話を伺いました。ご苦労もされ、大変だった事から次に伝える話です。
①被災してもう一度家に引き返した人が犠牲になった
②(震災の)2日前に地震があり、皆で集合場所を決めていた
③避難所ではみんなが家族。当番、役割を決めた
④困り事、要求は行政に伝える
⑤眠れない、食べれない、精神的にも体調不良になる
南海トラフ地震が懸念される中で、このことをどう伝えていくか、改めて考える機会になりとても勉強になりました。

能登半島地震避難者支援ネットワークあいち活動報告書のご紹介

RSY事務局です。

能登半島地震から1年3ヶ月が経過しました。
令和6年能登半島地震によって、愛知県の発表によると、愛知県内の公営住宅や高齢者施設等に100名以上の方が避難されたことがわかっています。しかし、愛知の親類などを頼って自主的に避難している方については把握されていないため、実際の避難者数はさらに多いことが推測されます。

RSYでは、能登半島地震によって東海地域に避難された方々に対して、東日本大震災の広域避難者支援の経験やネットワークを活かした支援をしていくため、RSYが事務局となる「能登半島地震避難者支援ネットワークあいち」を発足し、支援に関する情報提供や行政・社協・専門家等と連携した交流相談会の開催、個別訪問等の活動を行っています。

このたび、この間の活動をまとめた報告書を作成しましたので、ぜひご覧ください。
まだまだ課題山積ですので、支援の輪を広げていくことに役立てていただけますと幸いです。

■能登半島地震避難者支援ネットワーク 活動報告書


※本事業は、赤い羽根共同募金会「ボラサポ・令和6年能登半島地震」の助成をいただき活動しています。

(ご案内)NHK「あしたが変わるトリセツショー」放映、他

みなさま

お世話になります。RSY事務局です。

★ご案内1
本日、NHK「あしたが変わるトリセツショー」内にて、令和6年能登半島地震以降、RSYが支援活動を継続している石川県穴水町の住民の方々の被災直後の様子が放映されます。今後の防災対策に役立つ内容となっていますのでぜひご覧下さい。
・番組名:あしたが変わるトリセツショー
・副題:まさかの防災のトリセツ
・放送日時:
2025年3月6日(木)
19:30~20:15 全国・総合
HP:https://www.nhk.jp/p/torisetsu-show/ts/J6MX7VP885/episode/te/MKY9L6PNR5/


★ご案内2
YAHOOネット募金が開設しました。お知り合いの方にもぜひご周知下さい。

【令和6年能登復興支援】
孤立を防ぎ、生きる力を支えるみんなの居場所「ボラまち亭」運営(レスキューストックヤード)
https://donation.yahoo.co.jp/detail/5610001

 

 

締め切りました!(参加者募集)東日本大震災メモリアル企画 あいち・しちがはま交流ツアー

みなさま
以下の募集は定員となりましたので締め切りました。
お世話になります。RSY事務局です。
今月で東日本大震災から14年が経ちます。RSYは2011年から10年間、宮城県七ヶ浜町に活動拠点・専従スタッフを置き、

被災された方々の生活再建に向けたお手伝いをしてきました。

以降、毎年震災メモリアルの日に合わせてスタディツアーを企画し、犠牲者へ

の鎮魂と共に、七ヶ浜の皆さんとの学びや交流の機会を重ねています。

昨年は令和6年能登半島地震もあり訪問が叶いませんでしたが、今年は下記の

日程で実施致します。残席がありますので、皆さんぜひご参加ください。

———————————————–
東日本大震災メモリアル企画
あいち・しちがはま交流ツアー
————————————————-

【目的】
愛知県では、近い将来南海トラフ地震の発生が心配されています。東日本大震

災で震度6強、12.1mの津波が襲来し100名を超す方が犠牲となった七ヶ浜町で
も、町民一人ひとりの行動やお互いへの思いやり、助け合いの気持ちによっ
て、多くの命が助かり、困難を乗り越えてきた歴史がありました。
そこで、七ヶ浜町でゆかりのある人や場所を訪問し、あの日、あの時を共に振
り返りながら、大地震に備えるための「智恵」と「生きる力」を学ぶことを目
的に、スタディーツアーを実施致します。
【日時】
3月11日(火)7:45・名古屋駅集合~3月12日(水)19:00頃・名古屋駅解散

の一泊二日

【場所】
宮城県七ヶ浜町

【費用・参加条件】
・費用(交通費・宿泊費込み)/学生10,000円、一般20,000円
※食事代は各自負担。交通費・宿泊費合わせて通常約54,000円程度かかるとこ

ろ、不足分をRSYが負担します。
・参加条件
ツアー終了後、RSY関連の防災プログラム等にボランティアとして協力下さる

意思のある方を優先します。

【参加定員・申し込み】
・定員数7名(定員になり次第申し込みは締め切ります)
ご希望の方は、下記フォームより申込み下さい。
https://forms.gle/QtYAysnH1cM158HXA

【スケジュール】
※現地の状況に合わせて予告なしに変更されることもあります。
★3月11日(火)
・名古屋駅太閤通口・銀時計前集合(7:45)
・新幹線/名古屋駅(8:12発)~仙台駅(11:39着)で移動
→レンタカーにて七ヶ浜町に移動

<14:00~18:00までのプログラム>
・七ヶ浜町「震災の記憶展」見学
・東日本大震災犠牲者への献花、慰霊碑訪問
・町民&地元ボランティア交流会
※地震の概要、災害発生直後、避難行動、避難生活の体験談、地元ボランティ

アの取り組みなどを紹介頂きます。
→終了後ホテル近くの飲食店にて懇親会★3月12日(水)
<9:00~12:00までのプログラム>
・七ヶ浜町巡回語り部ツアー
※震災の爪痕や記憶が残る場所を巡り、地元ボランティアから当時の様子をお

聞きします。案内人は、小学2年生で被災、その後RSYとの出会いを経て、現
在は語り部として震災の伝承活動に関わるNPOの職員となった若生遥斗さん
(七ヶ浜在住)と、元RSY七ヶ浜拠点スタッフ・石木田裕子さん(七ヶ浜在
住)にお願いしています。
→終了後は町内飲食店で昼食ののち駅へ移動、レンタカー返却・新幹線/仙台駅(15:31発)~名古屋駅(18:56着)で移動、到着後解散

【その他】
(参考資料)
・東日本大震災七ヶ浜町震災記録集「次代への伝承」
https://www.shichigahama.com/benricho/joho/documents/d89-010.pdf

・忘れられない津波の風景「灰色だった」 次世代へ語り部のバトンをつなぐ

22歳男性【東日本大震災14年】 (25/02/20 18:27)

【臨時休業のお知らせ】

レスキューストックヤード事務局です。
1月17日が巡り、阪神・淡路大震災から30年が経ちます。
スタッフ一同、5:46に神戸にて黙とうをささげ、その後スタディツアーのため、事務所を閉めさせていただきます。
直前のお知らせで、ご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご了承ください。
1月17日(金) 臨時休業

【年末年始休業のお知らせ】

レスキューストックヤード事務局です。
本年も、多方面にわたり本当にお世話になりました。
来る年が平安でありますよう、祈念しております。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、下記の日程で年末年始休業させていただきます。
ご不便をおかけいたしますが、ご了承ください。

名古屋事務所(ふくしま支援室共):

12月28日(土) ~ 1月5日(日) 

★1月6日(月)より、通常通りです。

穴水拠点(ボラまち亭)
12月30日(月)、1月3日~6日(月)
★ボラまち亭の交流コーナーに限り、12月31日、1月1日、1月2日も開いています。
★1月7日(火)より、通常通り(火~木は事務のみ)です。

名古屋へ避難しているウクライナの人々を支えたい【2024秋】

みなさま

レスキューストックヤード事務局です。

今も名古屋に新たに避難してくるウクライナの方は、途切れることがありません。

あなたからのふるさと納税が、彼らの希望になります。

名古屋市のガバメントクラウドファンディングを紹介します。

名古屋へ避難しているウクライナの人々を支えたい【2024年秋】|ふるさと納税のガバメントクラウドファンディングは「ふるさとチョイス」

能登地域から愛知・岐阜・三重に避難されている方をご存じないですか?

皆さま

いつもお世話になっております。RSY事務局です。

令和6年能登半島地震によって、愛知県の発表によると、愛知県内の公営住宅や高齢者施設等に100名以上の方が避難されています。
しかし、愛知の親類などを頼って自主的に避難している方については把握されていないため、実際の避難者数はさらに多いことが推測されます。

RSYでは、能登半島地震によって東海地域に避難された方々に対して、東日本大震災の広域避難者支援の経験やネットワークを活かした支援をしていくため、RSYが事務局となる「能登半島地震避難者支援ネットワークあいち」を発足し、支援に関する情報提供や個別訪問等の活動を行っています。この間お会いできた避難者の方は多くはないですが、それでも何人かの方々より「地元の人と話したい」「同じ方言で話せるだけでも安らぐ」という声も伺っていることから、愛知県や名古屋市、名古屋市社協等と連携し、能登半島地震避難者交流会「じんのび能登カフェ」を開催させていただいています。

 

ただ、広報が課題となっています。
公営住宅に入居されている方々には、行政を通じてご案内いただいているのですが、行政も把握ができていない親せき宅等に避難されている方々へのご案内が難しい状況です。

そこで、皆さんにお願いがあります。
もし能登半島地震で被災し、愛知・岐阜・三重に避難してきている方をご存知でしたら、「能登半島地震避難者支援ネットワークあいち」の支援について、ご案内のご協力をお願いできないでしょうか。避難者の方より「能登半島地震避難者支援ネットワークあいち」ご連絡いただくようお伝えいただいてもいいですし、ご本人がよければこちらに直接ご紹介いただけますと幸いです。

輪島市で被災した90代の母親の自主避難先として、母親を受け入れた愛知在住の娘さんは、「『輪島に帰りたい』と毎日話す母親を見て泣けてくる日々だった。自主避難者は皆置き去りになっている」と話されました。
愛知・岐阜・三重に避難された方が孤立されないよう、一つでも多くのつながりをつくっていき、サポートしていきたいと思っています。皆さまのご協力を、どうぞよろしくお願いいたします。

※赤い羽根共同募金会「ボラサポ・令和6年能登半島地震」の助成をいただき活動しています。

2024年・台風10号被害への対応

皆様

全国で迷走し被害を出し続けた台風10号ですが、岐阜県大垣市や池田町でも浸水被害が発生したことから、9月1日(日)、「岐阜県災害ボランティア支援協議会(岐阜県地域福祉課・岐阜県社協・ぎふNPOセンター・清流の国ぎふ防災・減災センターほか)」として対応策の協議を行い、現地視察を実施しました(栗田は清流の国ぎふ防災・減災センターコーディネーターの立場で参加しています)。

 

  • 大垣市赤坂東地区

杭瀬川と旧杭瀬川の間の道路(中山道)の旧宿場町(赤坂宿)200m程度がすり鉢状になっており、道路両側の家屋や商店20~30軒が浸水。早速住民による片付けが始まっていた。商店のお店の部分は道路とほぼ段差がないため数10cm浸水、小上がりまでは濡れたが、居住部分の浸水はほぼなし。水道は通常通りなので、濡れたものを屋外に出し、水をかけて床等を洗い流していた。但し2軒程度が床上数cm程度浸水、内1軒は畳が出されて片づけも進んでいたが、別の住民が「あの家が一番ひどかった」と教えてくれたお宅は、何の動きも見えず、ひょっとしたら高齢者世帯かも知れず、地元社協につなぐことにした。

 

  • 被災者の声
  • 「県の人ですか。旧杭瀬川がいつも逆流してくるので、改善してほしい」
  • 「この地域だけ少し低いので、いつも水がたまる」
  • 「消防団が手伝ってくれた。本当に助かった」
  • 「片づけはまだまだ。段々暑くなってきたし、きついなぁ」
  • 「(工場)パレットの高さ(約20cm)ぐらいかなぁ。これから大型機械を動かしてみるが、動かなかったらどうしよう」
  • 「うちは、ちょうどすり鉢の上の方で被害なし。うちの隣から杭瀬川の道路までの間だけ浸かった(花屋)」

  • 12:00頃 池田町南片山地区

杭瀬川の支流のバックウォーター現象ではん濫。もともと遊水地でほぼ田んぼ。10~20軒の新興住宅の塊が3カ所ほど。すべての家が盛り土の上に建っていて、門塀や玄関までの3段程度の階段等に残る浸水跡から、すべて床下以下であることを確認。

ちなみに、自治会館には小舟や備蓄倉庫が完備されていた。ひとつの団地は、団地入口や各家屋の門に、町の補助による簡易的な「桶門」が設置されており、前日はそれでも団地内に浸水してきたので、消防団の協力で、ポンプで水をくみ上げ、田んぼに流したとのこと。水害常襲地の知恵が満載だった。

  • 被災者の声
  • 「ぎりぎりセーフ。家の中への浸水はない」
  • 「かかりつけ医からの連絡で、関係する福祉施設に避難できた。今戻ったところ」
  • 「20年前は床上まで浸水した」
  • 「ポンプの操作は地域住民が担当。疲れたが達成感はある」
  • 「(地元区長)テレビで言っていた市橋地区は確かに海のようになったが、ご覧のように一帯は田んぼで、家屋への被害はない。視察お疲れ様です。ありがとう」

視察を終え、改めて今後の対応について、以下の通り申し合わせた。

  • 大垣市・池田町とも、災害VCを設置するほどの被害はない。
  • ただし大垣市赤坂東地区は、被災者宅を巡回して協力依頼があれば、その場で手伝うグループの派遣や資機材の無償貸与、飲料水や休憩スペースも設けた「サテライト」機能が可能なら、自然と被災者が集まり、細かいニーズも聴けるのではないか。
  • 池田町は、高齢者世帯も多いことから社協が見守り訪問などできればいいのではないか。

以上を県社協から当該社協に伝えていただき、必要とあれば支援協議会から人・モノ等を応援する(RSYは資機材ならすぐに届けられる)。もし技術系案件があれば、ぎふNPOセンター等に相談いただく。

視察した以外の地区での浸水もあるかもしれないため、引き続き、協議会のLINEグループ等で情報共有し、対応していくことにした。