宮城県七ヶ浜町報告【第224報】サークルK・サンクス店頭募金贈呈式

みなさま、いつもお世話になっております。RSY七ヶ浜事務局槙島です。
先日、2月27日(土)きずなハウス(RSY七ヶ浜事務局)にてサークルK・サンクス店頭募金贈呈式を開催いたしました。

株式会社サークルKサンクス様、ユニーグループ・ホールディングス株式会社様にお越しいただき、七ヶ浜町の子どもたちや親御さん約50名がきずなハウスに集まりました。

0227贈呈式

昨年8月1日から11月30日までの期間、「東北の子ども達に幸せな笑顔を贈ります」と全国6000店舗以上あるサークルKサンクスの店頭レジ横に設置された募金箱に託されたお金を、レスキューストックヤードに寄託していただきました。

0227贈呈式_目録授与

 そしてきずなハウスに来てくれている皆様に重大発表!
昨年は、「子どもたちが落ち着いて勉強できるスペース」が欲しいとの声から「移動学び舎バスきずな号」を寄贈していただきましたが、今年は“子ども達の居場所作り”として、今回いただいた募金とみんなの家プロジェクトのご協力のもと、七の市商店街跡地に新たにきずなハウスを建てられることになりました!
そしてこの日は特別ゲストとして建築家の方も完成イメージの模型を持ってお話しに来てくださり、子ども達は完成イメージの模型に興味津々です。
0227贈呈式_新きずなハウス発表0227贈呈式_新きずなハウスに興味津々
お散歩がてらお茶っこのみにきてくださる方やボーちゃん焼きを買いに来てくださる方、「宿題してから遊ぶ!」ときずな号で宿題をしてから遊ぶ子たち、学校や学年は関係なく、同じ空間で過ごすうちに仲良くなり遊んでいる子たちなど、毎月延べ1500名が足を運んでくださり、毎日にぎわっているきずなハウス。
「来年はどうなるの?」「ずっときずなハウスはここにあるの?」との声がたくさんあった中、ようやくご報告ができ、保護者の方からも「よかったー」と自然と拍手、笑みがこぼれました。
年内に完成、オープンを目指してみんなの家プロジェクトの建築家の方と一緒に準備を進めてまいります。
0227贈呈式_お菓子プレゼント
最後に、ユニーグループ・ホールディングス様より来場者へお菓子のプレゼントもいただきました。
翌日エコバッグを使ってきずなハウスに来る子も・・・!
0227贈呈式_集合写真
新きずなハウスでは駄菓子、ボーちゃん焼きだけでなく町民交流の場としてどんなことができるか、より過ごしやすい空間作りができるように試行錯誤してまいりますので、今後ともご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
完成した際にはぜひ七ヶ浜へ遊びにいらしてくださいね!
【来場者の声】
・きずなハウス残ることになってよかった。今は遊ぶところが少ないから、こういう場所は子ども達にとっても必要。ここにいるのがわかっていると親も安心だしね。(40代女性)
・新しくきずなハウスできて、ずっと残るんだったら高校生になったらきずなハウスでバイトさせて!(小4男子)
・ボーちゃん焼き、これからも食べれるのね。よかった。お土産で持っていくと喜ばれるのよ。だからここで買えるってみんなに宣伝してるからね!(60代女性)

宮城県七ヶ浜町報告【第223報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第32号](2016年2月1日~2月29日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

2016年3月11日で震災から5年が経過しました。
3月11日(金)は気温が高く、3月初旬とは思えないほど暖かい日でした。
七ヶ浜町では七ヶ浜国際村にて東日本大震災追悼式が執り行われ、私たちRSY七ヶ浜事務局も代表理事の栗田、常務理事の浦野と共に式に参加しました。
ご遺族代表として話された女性の方は「津波にのまれた時に、私が手を話さなかったらおばあちゃんは生きていたかもしれない。あの時のことは一生忘れることはできません」と後悔の言葉がありましたが、共に「私は元気でやっているよ、天国で見ていててね」と前に向かって進む気持ちも話されました。
仮設住宅の移転も進み仮設入居者も1割程になり、災害公営住宅も全戸整備され、風景はだいぶ変わってきましたがあの日に起こったことは変わらず、そして心に深い傷を負っていることは変わりません。

震災当初には「あの時のことを思い出しただけで気分が悪くなった。寝れない日が続いた」、「サイレンの音や救急車の音を聞くだけも怖かった」とお話しされる方が多くいらっしゃいました。
しかし、日を追うごと、ボランティアや住民同士と話をしたりすることで気持ちに整理がついてきて、今では『当時の体験談を、教訓として話せるようになった』と言える方々が増えてきています。
「辛いことがあったけど、前へと進まないといけない」という想いが伝わってくる言葉だと思います。

「皆さんの応援があってこそ今が在る。これからも精一杯生きることによって恩返しをしたい」そんな七ヶ浜町の住民の皆さんの気持ちに寄りそい、これからも支援を続けていきます。

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■今日は中央公民館でお祭りなのよ。裁縫とか書道とか七ヶ浜内のサークルが集まるの。
でも、でも、ここは避難所だったんたよねぇ。私たちも居たんだよ。あれからもう5年経つんだよねぇ。
(80代:女性)

 

■私たちの世代で何か町のためにならないかな。って思う時もあるけど日々の生活送るのに精いっぱいな面もある。でも、社協さんやRSYさんの活動にボランティアで参加することで町のためになると思うから、これからもよろしくね。
(40代:女性)

 

■5年がくるとか震災の日だとかなんかすごい特別な日みたいにテレビで言うのは3月入ってから。それは仕方ないことだと思うけど、あんまり騒ぎ過ぎなんじゃないかな。
命日でもあるし、そこまでイベントとかみたいにしないで欲しい人たちもいるんじゃないかな。
(50代:女性)

 

■なんだかこの頃、体調が良くなくてねぇ。病院に通ってるの。行くときはタクシー。ご飯はあんまり食べてないの。お茶だけでおわっちゃうことが多いかな。なんだか食欲がなくてね。友だちはいるけどご飯はいつも一人だよ。親せきとかも近くに結構いるから 声は掛けてくれるときもあるけどね。人が集まる場所に行き辛くてさ。私が苦手な人も寄ってるしね。私は仲良しの人たちだけで話してればいいんだ。
(60代:女性 公営住宅)

 

■公営住宅は防音しっかりしてるけど、さすがに木を切ったり、工具を使ったりはできないんだよ。俺は大工だからさ、木工でお年寄りのために何やりたいとも思うね。あとはきずなハウスに寄ってる子どもたちとかもいいな。子どもとかお年寄りでもできる講座みたいなのをやろう。俺はお金ないけど、技術提供ならいくらでもやるよ。温かくなったら木工講座だな。子どもたち向けにまずはやってみっか。
(60代:男性 公営住宅)

 

■私たちの地区に公営住宅が建ったでしょ?入った人たちは同じ地区の人たちなの、本当に何年振りかで会う人もいるから嬉しくて
ね。友達が近くにいるってのはいいねぇ。
(80代:女性 公営住宅)

 

■公営住宅に入ってもうすぐ一年になるんだが、前から住んでたみたいに居心地が良い。
仮設も良かったけど、やっぱり自分たちが生まれ育った地区に戻ってくるってのが良いんだよね。でも、俺みたいな車を運転できる人はいいんだけど運転できない人はどこにもいけなくなったってのはあるよ。周りに商店ないしね。
(60代:男性 公営住宅)

宮城県七ヶ浜町報告【第222報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第31号](2016年1月1日~1月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

2016年2月11日で震災から4年11ヶ月が経過しました。
七ヶ浜町の仮設住宅、災害公営住宅、高台移転地、また日々の活動を通して聞く住民の生の声、現状を皆様にお届けします。

仮設住宅入居者の内、約8割が移転をし、年末年始は再建された家、災害公営住宅で過ごされた方が多かったようです。

最近、訪問時に仮設住宅と公営住宅とを比較する声を多く聴きます。今回はその中でも声の多い『集まる場所』についての話をしたいと思います。

仮設住宅では誰でも使える集会所がありました。しかし、現在町内に5か所ある災害公営住宅に集会所があるのは1か所のみ。その集会所も現在ほとんど利用されていません。
集会所が無い地区は公民分館(集会所)としての役割を担っている「地区避難所」が建てられていますが、こちらも利用者は多くありません。地区避難所を集会所として使えない主な理由は、「利用申請書を出さないといけないので、使いたいときにすぐ使えない」 、「まだ備品が揃っておらず、自分たちで持ってこないといけない」、「地区避難所という名前だから、気軽に使っていいのか戸惑う」等があります。
こういったことが『外に出るきっかけが無い状態』をつくってしまい、「生活に張りが無い」、「つまらない」と云った声に繋がっています。

現在、お互いに声を掛け合い、誰かしらのお宅に集まり、談笑をするなど動きはありますが、集会所を使うまでには至っていません。
しかし、つい最近から「自分の部屋より広い集会所でみんなして集まって縫い物したり、お茶飲みたい」、
「俺は集会所にみんなを寄せて、ボケ防止に木工をしてもらおうと考えている」という声が出始めています。

「1人ではできないけど、応援してくれる人がいるなら・・・」そんな声を町や社協へ繋いで形にしていく他、
「私たち自身(住民)がコミュニティを作っていくんだ」という想いが実現できるように私たちRSYもサポートをしていきたいと考えています。

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■仮設住宅は、雪が吹き込んできて風除室にあった靴が雪まみれになったのを思い出す。
公営住宅は玄関があるからね。仮設暮らしではいろんなことが当たり前じゃないってのをかみしめたよ
(70代:女性 公営住宅)

 

 

■仮設では隣の家の音が聞こえたから、変なこというわけじゃないけど”安心’’してたんだ。
公営住宅に引っ越してから隣の音は全く聞こえないから、居るのか居ないのかも分からない。
防犯上、いいんだか、悪いんだか分からないねぇ
(60代:女性 公営住宅)

 

 

■引っ越して約1ヶ月、老夫婦二人暮らしで、しかも俺が足悪いから片づけは進んでいない。
業者が置いて行ったダンボールは開けてないのがいっぱい。どの箱に何がなにが入っているかすら分からん。
(60代:男性 公営住宅)

 

 

■公営住宅に来てから押し売りが来るんだよ。新聞だよ。A新聞とかB新聞とか。
(セールスの人は)ビール券とかいろいろお土産置いてくんだよねぇ。でも、うちは姪がC新聞社に務めてるから他のは取らないんだ。
(60代:女性 公営住宅)

 

 

■家に居てもなにもすることはない。それと、この頃いろいろと忘れちゃう。
何しゃべろうとしてたんだっけかな?って思う時がある。けど、震災前の隣組の人たちが近くにいるし、雪かきとかもしてくれるから大丈夫。
むしろ、独居の男の人も多いから私含めてその人らのお世話をしていることもある。困ってることと言えば、1人にしては部屋が少し広いってところくらいかしら。
(80代:女性 公営住宅)

 

 

■久しぶりだなぁ!部屋みせっから、入れ!入れ!
本当にいいところにいれてもらったわ。見ろ?ベランダも広いし、海が見えるんだ。いいだろう?
引越しも落ち着いて、神棚も釘使わず作ったし、良かったわ。娘の旦那に作ってもらった。
車まわせっから、今度きずなハウスに行ってみっかんな!
(70代:男性 公営住宅)

 

 

■ようやく仮設住宅の清掃が終わり、仮設住宅サポートセンターの立ち合いの元で引き渡しを済ませ、ホッとしている。
仮設住宅が建ったばかりの頃は、風除室造ったりして気がまぎれ元気になった。
高台に建てた自分の家から菖蒲田浜の砂浜が見える。砂も震災で相当無くなったが、戻ってきてるみたいだね。
(70代:男性 高台移転)

 

 

■あー!久しぶりだごだぁ!はいらい!はいらい!(※入りなさいの意)
おかげさまでねぇ、元気にやってますよ。仮設の時は本当に世話になったよ。若い人たちがやってくれるからいいんだ。
私、仮設に入った時、どうしたらいいか分からなくて頭真っ白になったんだ。
でも、集会所に寄るようになって、学生さんとかいろんなボランティアさんが来てくれていろんな話が出来て元気が出たんだ。
今は孫とみんなで住んでるから、賑やかだよ。
(60代:女性 高台移転)

 

 

■もう人はいないよ?私ら含めても10軒いるかいないかじゃない?ここ一番広い仮設だから、余計に人がいないように感じるよ。ここは全部で150戸くらいあるんだよね。
3月末には私も家族9人で高台へ移転するからそれまで我慢だよ。でも、ずっとここ(仮設)でもいいなぁとも思うときがある。
(60代:住宅 仮設住宅)

宮城県七ヶ浜報告【第221報】サンタが家にやってきた2015

皆さま

いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局郷古です。
昨年は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い致します。

去る12月25日(金)に七ヶ浜町社会福祉協議会と協力し、「子どもサンタが家にやってくる」を行いました。
これは仮設住宅やみなし仮設住宅から災害公営住宅や高台移転地へ引っ越しされた皆さんへ町内の子どもたちがクリスマスプレゼントをお渡しする企画です。
子どもたちだけでなく区長さんや子ども会、きずなハウス(RSY七ヶ浜事務所兼)に遊びに来てくれている子どもたちの母親にもご協力頂き、一緒にサンタになって町内を回りました。

子どもサンタ大集合!

サンタは大人、子ども合わせて総勢50名!部屋に収まり切りません!
しかし!町内約200戸の災害公営住宅と約40軒の高台移転に加え、地区避難所を回るというとても壮大なスケジュールなんです!
暗くなる前に全て回ることができるのか!?早速、班ごとに別れスタートです!
きずな号でしゅっぱーつ!

【子どもサンタさんたち】 「ピンポーン!」

【在宅者】 「はーい?」

【子どもサンタさんたち】 「メリークリスマス!サンタです!」
子どもサンタが一軒一軒お宅へ訪問します。笑顔をお届け!
【在宅者】 「はいはいーいきますよー(笑)」 ※事前にこの日に来ることはお知らせしています。

【子どもサンタさんたち】 「良いお年を!お迎えくださいね!」
来年度のカレンダーもお渡しします。

【在宅者】「今年はなんのプレゼントもらったの?私は本当に何十年ぶりにプレゼントをもらったわよ。嬉しいわねー。」


【子どもサンタたち】「ゲーム買ってもらいました!でも、今はプレゼント渡す側になりました!」
笑顔からは自然と会話も生まれます。地域間、世代間交流も兼ねているこの企画は大成功です。

 

喧嘩もせず、学校もクラスも年齢も違うチームもあった中、とても良い雰囲気で回ることができのも「プレゼントと共に笑顔も一緒に届ける」と出発前にみんなで決めたルールを守ったからです。

みんな無事返ってきました。中にはプレゼントをあげたかわりに「お菓子」や「ジュース」・・・・「お年玉」」までもらってくる子も!お互いが笑顔になる素敵な時間になりました。
頑張ったみんなにはサンタから一人ひとりプレゼントがありました!よかったね!
子どもサンタさんにもプレゼントを配布。よくがんばったね!

今回のプレゼントは「うるうるパック」を使わせてもらっています。
また、今回のプレゼントを入れさせてもらった袋は「ブラザー工業」の皆さんから頂いた物を使わせてもらったいます。

 

▼うるうるパックとは?
うるうるパックとは、被災者が必要とする生活物資等を企業等から頂き、ボランティアがパック化した上で、被災地の災害ボランティアセンター等を通じて地元の自治会や民生委員らとともに「お見舞い品」として訪問配付する活動です。この取り組みは、単に被災者に物資を提供するということではなく、これまでの被災者支援の経験に基づく本当に必要な物資であるとともに、被災者一人ひとりが抱える暮らしの課題について直接お聞きすることができます。(過去にうるうるパックを配布した被災地:2005年長野水害、2007年新潟県中越沖地震、2011年東日本大震災)

 

大人も子どもも!サンタさん全員で集合写真!

プレゼントももらった住民の皆さんからは「久しぶりに七ヶ浜にこんなに子どもがいる光景を見たわ・・・嬉しいね!」、「子どもたちの声が聴こえたからつい、外に出てしまったよ。みんな楽しそうでいいねぇ」と喜ぶ声が多く挙がりました。

 

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【サンタボランティアに参加したの皆さんの声】

〇いつもは町の人々とふれ合うことはないし、気軽に「メリークリスマス」なんて言えないからちゃんとできるか心配だったけど、グループのみんなで協力できたし、町の人々も楽しそうにしてくれて良かった。メリークリスマスと声を掛けたら「ありがとう」と返してくれたのでやってよかったなと思いました。
(小学6年生:女の子)

 

〇とても楽しかったです!配り先でプレゼントを渡した時にとても喜んでいたので良かったです。できれば来年もやりたいな~
(小学5年生:女の子)

 

〇公営住宅に初めて行った。平屋の造りで、スロープがあり高齢の世帯に優しいと思った。インターホンの位置が高すぎる気がした。。子どもたちが訪問したことを本当に喜んでくれた。
(40代:女性)

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【主催】レスキューストックヤード
【共催】七ヶ浜町社会福祉協議会
【特別協力】ブラザー工業
【協力】災害ボランティア活動支援プロジェクト会議 

 

宮城県七ヶ浜町報告【第220報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第30号](2015年12月1日~12月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
2016年1月11日で震災から4年10ヶ月が経過しました。
昨年の内に町内全ての公営住宅の鍵渡しが終了し、現在373戸ある仮設住宅の8割以上の方が公営住宅や高台の新居等へ引っ越しされました。様々な課題を抱え、かつ本当に長きにわたった仮設住宅での暮らしから、住民の皆さんの多くはようやく移転先での新しい生活を始められています。一方で、引き続き新居の完成を待たれているなどの事情で、若干の皆さんは仮設住宅に今しばらく居住されます。
こうした被災地の状況から、足湯利用者や七ヶ浜町仮設住宅サポートセンター等とも話し合い、昨年末を区切りに仮設住宅での足湯の活動を終了することとなりました。今後は地区住民の皆さんと話し合いながら、公営住宅の集会所や地区避難所(公民分館)での支援活動を考えていきます。
従いまして、毎月お届けしていました足湯の『つぶやき』は今回で終了させていただきます。
なお、私たちは引き続き被災者の一番近いところで活動を続けてまいりますので、仮設住宅、公営住宅、高台移転地、また日々の活動を通して聞く住民の生の声を皆様にお届けし続けたいと思っています。
次回からもよろしくお願いいたします。
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■おらいの旦那が(足湯で)いつもお世話になってるね。
(旦那は)朝から楽しみにして待ってたんだぁ。今は家の片づけで忙しいけど、
孫とか来てもらってるから、手伝いとかは大丈夫だよ。ありがとうね。
今月(2015年12月末)に引越しだわ。
(70代:女性)
■ついに(2015年の)12月17日に(公営住宅に)引越しだよ。2階だよ。遊びにおいで。
ポストが玄関でなくて、1階にあるの。(※集合ポスト)
取りに行くのが遠くて、大変だー。
(60代:女性)
■A浜に家を建ててるの。完成までは、仮設に残らなきゃいけないわね。
2016年3月頃までには出来上がる予定。仮設にはもうほとんど人がいないわよ。
(70代:女性)
■引越しの片づけを一人でしてたけど、かえって引っ越し業者の邪魔になるかもしれないし、ゆっくりやってるの。
家族が町内に住んでいて一緒に暮らそうって言ってるけど、私みたいなおばあちゃん一人いっても迷惑かけるだけだろうし、同じ部落の人たちといたいからアパート(公営住宅)に入るわ。
アパートの周りにはお店はないけど、移動販売が来てくれるから買物は大丈夫。
車運転できない私たちみたいな人にとっては、とってもありがたいね。
(80代:女性)
■出来る家は立派だ!豪邸!家族5人で暮らすんだ。孫も一緒だからな。
ここ(仮設)ではずいぶん世話になったなぁ。ありがとうございました。これからもよろしくな!遊びに来いよ!
(80代:男性)
■おかげさまで公営住宅に無事引越しはできたけど、誰がいるかもよくわからず、本当に不安なの。
被災前の住所毎で移転だけど、私の地区は広いから知らない人も多い。結局知っている人だけで集まるしかないの。
公営住宅の集会所や避難所ではイベントはやらないから人も集まらない。
でも、この前クリスマスの時に学生さんたちがクリスマス会やってくれた。行かなかったけど。
(60代:女性 公営住宅にて)
■(公営住宅は)防犯だか何だか知らないけど、駐車場やら廊下の外灯が多くて明るすぎる。夜寝られないくらいだ。
同じ公営住宅でも1階と3階じゃ問題も違ってくる。うちらは3階で眩しすぎる。1階は1階で光が入って来なくて暗い。
いろいろあるんだー。
(60代:男性 公営住宅にて)
■(公営住宅へ移ってから)訪問者なんてほとんどないよ。先日ボランティアのおじさんが来てくれたけど、誰かわかんねぇ。
役場とか社協とか訪問してくれるけど、安否確認だけであとは何も話さない。悩みなんかは特に話せないねぇ。
(60代:女性 公営住宅にて)

宮城県七ヶ浜町報告【第219報】しちがはま展覧会はまのわ~はまのわトーク~

皆様、お世話になります。

RSY七ヶ浜事務局の槙島です。

しちがはま展覧会~はまのわ~報告3

会期後半11/21(土)には「はまのわトーク」として“自分たちの子どもが大人になったとき、どんな町になっていてほしいですか?」というのをテーマにWSを行いました。

波伝谷に生きる人びと

最初に同じ東北の海が身近な町の現状を見て、七ヶ浜についても考えるきっかけとなれば、ということで監督の我妻和樹さんにもお越しいただき、南三陸を舞台としたドキュメンタリー映画「波伝谷に生きる人びと」ショートバージョンを上映。

今回は七ヶ浜のことを思う20代から子育てをするお父さん、お母さんたちが集まり、2つのグループに分かれてまずは「七ヶ浜ってどんな町?」について、意見交換をしました。どちらのグループも

・地元意識が強い

・地区(浜)ごとの色が強い

・いい意味でのライバル感

・人と人のつながりが深い、義理堅い人が多い

 

など“人”との繋がりについての意見が1番最初に出ました。そして

 

・自然がいっぱい、暮らしやすい町

・海の音が聞こえる、静かでいい町

 

という七ヶ浜の自然、生活環境について。

 

・海の幸がたくさんあっておいしい

という声ももちろんあがってきましたが、住んでいる地域によって異なり、「漁業は盛んだし、ボッケは有名だけど漁師さんとのつながりもないから食の部分であまりぴんとこない」という率直な意見もありました。

はまのわトーク意見交換

色々な意見が出た後、 グループごとに1つ「どんな町にしたいか」まとめました。

 

・いいイベントがたくさんあるのに知らないことが多い、情報が伝わってこない→情報がしっかり伝わる町

・住んでいる人たちが楽しそうに見える町→地区ごとの個性をもっとアピール、一人ひとりがいいところを紹介できる

 

そしてそのために「七ヶ浜の持っている魅力を知る町歩きのWSとかおもしろそう」「その時にゴミ拾いとかもできたらいいよね」など、町のいいところ悪いところを再認識することはもちろん、もっと七ヶ浜の魅力を町民自身が楽しみながら知り、町のことを考えられるような企画をしよう、と今後の動きに繋がる意見やアイディアもたくさん出ました。

11/21はまのわトーク

今回は写真や作品を展示して「七ヶ浜の魅力を改めて感じたり、楽しかった思い出話をたくさん聞きたい、そしてそれを子どもたちにも伝えたい」ということで、展覧会を開催しましたが、このWSで出たいアイディアを実際に1つみんなでやってみよう!と実行委員会のお母さんたち、若者たちは張り切っています。

「しちがはまのわっか、つながり。子どもたちへと繋いでいく」そんな意味をこめた「はまのわ」

これで終わりではなく、今後一人でも多くの方が「七ヶ浜っていいところでしょ!」と感じ、大人から子どもへ、町内はもちろん町外の方々へ魅力を伝えていくために、町民の方々と一緒に活動していければと思っています。

《参加者の声》

・うちは親戚が漁師だったり、じーちゃんがさばけるから魚はよく食べるし、ボッケは季節になると必ず食べていて当たり前だと思ってたけど、「あまりぴんと来ない」という意見を聞いて、驚いた。せっかくの名物、みんなが身近に食べれるようになればいいのにね(40代女性)

・今まで当たり前に暮らしていてあまり七ヶ浜について考えたことなかったから、今回こうやって考えることができてよかった。若い人達がこんなに考えてくれているんだから私たちも頑張らないと(40代女性)

・仲間だけで話すのではなく、違う世代の方とこのような話をできたのが良い、煮詰まることがなかった。こういうのがやりたいっていう素直な意見が出た(20代男性)

宮城県七ヶ浜町報告【第218報】しちがはま展覧会はまのわ~オープニングイベント

皆様、お世話になります。

RSY七ヶ浜事務局の槙島です。
2015年11月7日(土)~29日(日)まで、七の市商店街102号室を会場に しちがはま展覧会はまのわ を開催いたしました。
しちがはま展覧会~はまのわ~報告2

オープニングイベントとして11/8(日)に今回展覧会にご協力いただいた画家古山拓さんをお招きしてのトークイベントを開催しました。

今回お呼びするきっかけにもなった1冊の画集、「七ヶ浜小さな旅ー灯台のある町」を作った経緯、七ヶ浜出身の大学生との出会い、七ヶ浜への想いなどをおはなししていただきました。

七ヶ浜小さな旅

古山さんがはじめて七ヶ浜町にスケッチで訪れたのは2008年。

ある時期、仕事が立ち行かなくなった時に「灯台をモチーフにスケッチ紀行を描いてみようか…。そういえば隣町の七ヶ浜に灯台があったはずだ。道がそこから開けるかもな…。」と、思ったところから始まったそう。

古山さんはまのわトーク

なぜ、七ヶ浜だったのか?

「海水浴で馴染みがあったことと、住まう仙台から一番近い灯台がある町、という、いたって単純な理由。ところが、訪れると七ヶ浜は、描くのが楽しくてたまらない、そんな港があちこちにある町だった」と古山さん。

そして2011年の東日本大震災、七ヶ浜町の港や浜は津波にのまれました。

古山さん自身も震災でお仕事も打撃を受け、立て直しに奮闘されていた時、ご友人が出品を促してくれたのが全国のアーティストに「自分の好きな町」を「手作り本」で紹介してもらおう、というアートプロジェクト。その時に製作したのが「七ヶ浜小さな旅-灯台のある町」でした。

のちに700冊限定で自費出版され、七ヶ浜の方々や、震災復興支援で七ヶ浜入りされたボランティアの方々の手に渡りました。その中の一冊が私たちの手元にも届き、本展覧会への実現に結びつきました。

更にこの1冊が、学校の課題のために資料を探していた七ヶ浜出身の建築を学ぶ大学生の手元にも渡りました。

「今は地元を離れているけど、地元のことを想う面白い子だよ」とのことだったのでご紹介いただいて実行委員会に入ってもらい、古山さんの作品に合わせた優しい雰囲気にするための照明のしつらえなど、空間コーディネートをしてもらいました。

平時の会場の様子あゆみちゃんと古山さん

そんな素敵なつながりについて、そして来場者の方と作品を眺めながらポロポロとこぼれる思い出話も聞くことができました。

「画集の役割も終わったのかな、と思っていた。」とおっしゃっていましたが、出版されてから3年経った今、この1冊と出会い、そのおかげで私たちは七ヶ浜を想う地元の若者にも出会うことができ、町民の方々と一緒にこの展覧会を開催することができました。

古山さんは「旅をするのが好き。」「絵を描くのは旅をするのと似ていてスイッチを切り替えて、町や見慣れた風景を見直せる」とおっしゃっていましたが、絵を見る方も同じように自分たちの町を少し違う角度から見て、思い返してもらえたら・・・

菖蒲田浜の漁港の灯台、吉田浜の風景の2点はきずなハウスに飾ってありますので、ぜひみにいらしてください。

《来場者の声》

・こんな風に七ヶ浜の良さを残してくれて、嬉しい(70代女性)

・今はもうなくなってしまって観られない景色をこうやって見られると思わなかった(70代女性)

・昔この海岸で貝や海草を取って遊んだけど、堤防ができてしまったからね(80代女性)

・地元じゃなくても思い入れがあって、七ヶ浜のためにこうやって動いてくれている人がいることが嬉しい。もっとたくさんの人に見てもらいたい。どこかいつも飾って観られる場所があればいいのに。(50代男性)

 

 

 

宮城県七ヶ浜町報告【第217報】しちがはま展覧会~はまのわ

皆様、お世話になります。

RSY七ヶ浜事務局の槙島です。
2015年11月7日(土)~29日(日)まで、七の市商店街102号室を会場に しちがはま展覧会はまのわ を開催いたしました。
しちがはま展覧会~はまのわ~報告1

はまのわチラシ

震災から4年半が経過し、沿岸部の復旧工事・高台造成が進み、町も復興期の街づくりを見据え、動きだしています。

5年を迎える今こそ「町民自身が七ヶ浜の古きよき歴史・文化・伝承などに改めて触れることで町民自身が町の魅力を再確認してもらいたい。そして、今後どんなまちにしたいのか、未来の子どもたちに何を残したいのかなど、今一度考えてもらいたい。」という想いから、町民主体で実行委員会を立ち上げ、準備・開催いたしました。

この展覧会は、七ヶ浜の昔の写真や象徴的な場所の写真、新聞記事、のほかに、仙台在住の画家古山拓さんが描いた七ヶ浜の作品を展示しました。

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観光マップには書かれていないかもしれないけれど、暮らしの中にある当たり前の風景も七ヶ浜の魅力。

昔から七ヶ浜に住んでいる人にも、最近越してきたという人にも、ボランティアで七ヶ浜を訪れる人にも、七ヶ浜のこういうところが良いんだよなあ…というものがなんとなくはあるのではないでしょうか。

展示を見ていただいて思い出すこと、七ヶ浜のすきなところをご来場いただいた皆様に付箋に書き残してもらいました。

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それをみんなで分かち合い、これから七ヶ浜で育っていく子どもたちにも伝えていきたい、そして子どもたち自身にも自分の暮らす町を見つめてもらいたい、という想いから始まった展覧会です。

会期中には商店街に買い物に来た方、 古山さんの作品があると聞いて七ヶ浜を訪れてこられた方、大人だけでなく、子どもたちも覗いてくれました。

七ヶ浜と言えばややっぱり漁業!ということで、町内の写真の他に昔の漁師さんの写真や漁具も展示していました。

当時の日本はまだ白黒の写真ばかりでしたが、高山に住んでいた外国人の方が撮っていたため、カラーで残っていた昭和20年代の漁師さんの仕事姿の写真。

展覧会に見に来る子どもたちや大人もたくましい体に「かっこいいねー」と眺めていましたが・・・

昭和20年代漁師さん

「この1番手前で船ひいてるの、うちのじーちゃん!この人!」と偶然にもご本人とご家族がいらっしゃったのにはビックリ!

昔は今のようなウエットスーツもなかったため、ふんどしで海に潜っていたそうです。

そして「この頃の写真は残ってないし、まさか見れると思ってなかった」と、とても喜んでくださいました。

ご本人ご来場!

当初23日(月)で終了予定でしたが、ご好評につき1週間延長し、より多くの方にご来場いただくことができました。その中で「今まで当たり前に暮らしていたから考えたことがなかったけど、自分の町について考えるいい機会になった」という声も多く聞かれました。

この展覧会で終わりではなく、これからも町民の方に寄り添いながら、私たちの立場だからこそできることは何か、しっかり見つめながらお手伝いしていきたいと考えています。

《来場者の方の七ヶ浜の思い出》

76歳まで現役でアワビのもぐりをしていた。漁港の前に住んでいたから、灯台の明かりが消えないように見張る海守もやっていた。(80代男性)

・大潮になれば、アサリ、海苔たくさんとれっから、潮引く時間も調べて行ってね。朝学校行く前に行ったりもしてたな。足できゅっきゅってすると蛤だって出てきたんだよ。(70代女性)

・亦楽小学校の木造校舎が懐かしい。2年生の時、高学年になったらコンクリートの校舎にいけるのが楽しみだった。(40代男性)

・吉田に獅子舞が来て、おばあちゃんとおにいちゃんと一緒に頭をかじってもらってうれしかった(小学生)

 

宮城県七ヶ浜町報告【第216報】きずなハウスリニューアルオープン

みなさま、お世話になります。
RSY七ヶ浜事務局の槙島です。

11月末での七の市商店街閉所に伴い、約2週間お休みをいただいておりました“きずなハウス”(レスキューストックヤード七ヶ浜事務局)ですが、12月12日(土)より下記へ移転、リニューアルオープンいたしました。

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【住所】
宮城県宮城郡七ヶ浜町吉田浜字野山5-9

老人福祉センター「浜風」内 いろりの家
【定休日】
毎週月曜日(※月曜日が祝日の場合は翌日の平日がお休み)
【時間】
10:00~18:00

【電話】

090-9020-5887(休日(※)を除く10:00~18:00)

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リニューアルオープン当日は開店30分前から覗く子どもたち。

わざわざノックして「なにか手伝うことありますか?」と言ってくれる子も。

頼もしい小学生来場者プレゼント袋詰めをお手伝い

たくさんの方に支えていただきながら、無事リニューアルオープンすることができました。

入店時にはたくさんの企業様からご支援いただいたものを詰めあわせたプレゼントを皆様に!

(その詰め作業も小学生がお手伝いしてくれました!)

 

大人気、スマートボール

相変わらず大人気のスマートボール、まずは運試しに、とこの日もみんな楽しんでいました。

そしてこの日の1番のお楽しみイベントはビンゴ大会!

午前1回午後1回の開催でしたが、午後は入りきらないほど詰め詰め状態!たくさんの人が参加してくれました。

ビンゴ大会午後ビンゴ大会

「○○番出してー!」「トリプルリーチ!」と最初は座っていたみんなもどんどん前に出てきて・・・終始大盛り上がり!

ビンゴ大会ビンゴ大会ビンゴ大会景品

今回の景品は愛罐コーポレーション様からご寄付いただいた可愛いイヤーマフやマフラーなど・・・これからどんどん寒くなる東北では欠かせないものばかりで子どもも大人も大喜びでした!

 

商店街閉所となり、毎日顔を合わせていた店主さんたちともなかなか会うことがなくなり少し寂しいですが、みなさん再建先での新たなスタート!

私たちも新天地で、皆様にとって居心地のいい空間を作っていけるように、今まで以上に頑張りますので、町内の皆様はもちろん、県外から七ヶ浜へお越しの際はぜひお立ち寄りくださいね!

今後ともよろしくお願いいたします。

宮城県七ヶ浜町報告【第215報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第29号](2015年11月1日~11月30日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聞く住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状を知ることができます。
2015年12月11日で震災から4年9ヶ月が経過しました。

12月11日は、4年前に七ヶ浜町の復興商店街「七の市商店街」がオープンした日です。
その七の市商店街も役割を終えるということで2015年11月30日(月)で閉鎖となりました。
店主さんらは各々移転が始まり、新店舗で営業をスタートをされている方もあります。

人が集まる場所となっていた七の市商店街。
町の朝市とは別に独自のイベントを開催したり、町のPRの為に町内外のイベントに出向いて出店したりしてきました。
「商店街でお茶飲んだり話すのが楽しかった」「無くなるのは寂しい」「中央公民館の近くだからつかいやすかった」と惜しむ声も多い一方、

「新しい店舗ができて、営業できるからこそ解体がされる。そのことを思えば復興が進んでいて、前に進んでいるという感じがあるからそれはそれでいいこと」だという声もあります。
店主さんたちも「『移転後も食べに行くからね!』『髪を切りにいくからね!』という声があるから頑張らないといけない」とお話されています。

新たなお家で新たな生活が始まる町の皆さんの生活を支えるのは地域のお店です。
これからも地域の拠り所となるよう頑張って欲しいですね!
RSYは、これからも皆さんを応援をしていきます!

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〇12月に引越しだな。公営住宅だ。うちの(奥さん)と2人ではとてもじゃないけど引越しなんてできないよ。業者がやってくれるからなんとななるけどね。食器棚やエアコンも買い換えなきゃぁ、エアコンは4年はつかってるんだからもう使えないよ。まぁまず、いろいろ世話になったな。
今日はお客が来てるんだ、この頃結構忙しいな。
(70代:男性)

 

〇今日も近所の(仮設の)人が引越ししてたわ。子どもが4人いるところだからかもしれないけど、すごい大きなトラックいっぱいにして運んでたわよ。よく仮設の中にあんだけの荷物が入ってたねー。 私たちも来月(12月)鍵もらうから、少しずつ片づけしてるんだわー。
(60代:女性)

 

〇もう引越し業者は決めてる。公営住宅にも(足湯とかで)来てくれるんでしょ?是非、遊びに来てね。家具とかどうしようか考えてる。仮設の表札はつけられないよねぇ。壁がコンクリートだからね。でも、中に置いとくかなぁ。
神棚をつけてもいいらしいけど、穴開けたりしたら公営住宅出る時に直さないとダメらしい。
どうしようかなぁ、でも仕方ないよね。(神棚は)つけなきゃダメだもん。
私はアパートに入ったことないから不便なところが出てくるかもなぁ。
(60代:女性)

 

〇七ヶ浜に来て60年だけど、やっぱり浜の人っていうのはね言い方がきつくて合わないわね。みんなでいるときは黙ってるの。私、仙台に働きに行ってて隣組の人しか知らないのよ。友達も少ないし、家ながされて全部無くなっちゃったけど、公営住宅に行ってこれから頑張らないとね。がんばるって言っても難しいけどね。
(80代:女性)

 

〇A浜で被災して、仮設に入った。でも、その後息子のとこ(隣り町)に避難して住んでたんだ。隣り町は周りは知らない人だし、気も使うしで女房が七ヶ浜に帰りたいって言ったので、七ヶ浜のアパートに越してきたんだ。「みなし仮設」でなくて普通に(家賃)を払ってな。公営住宅に入居したいと思ってたら、「町外に一度住民票移した人は被災者枠で入れないから今すぐは入れない」って言われて本当に困っている。一般枠でもいいから入れてくれって頼んだら今は一般は募集していないって言われて断られた。俺ら七ヶ浜の人間いれねーで、どうすんだ。って抗議してきたんだけどダーメ。
(60代:男性)

 

〇仮設住宅にはお世話になった。最後は今までのお礼と思ってピカピカにしていくよ。
次の人は入らないからそこまでやらなくてもいいみたいなんだけどね。
住めば都っていうけど本当だよ。避難所から引っ越ししてきた頃とか思い出すね。
(60代:女性)