


かけがえのない命を守るために 私たちは、過去の災害から学んだ教訓を活かし災害に強いまちづくりのお手伝いをしているNPOです。



みなさま、いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局の槙島です。
ご報告が遅くなりましたが、昨年度全4回開催しました“きずな号で七ヶ浜を学ぼう”の第4弾海苔すきをしよう!を3月19日(土)に開催いたしました。
七ヶ浜に住んでいると海苔はとても身近なものですが、七ヶ浜の海苔といえば皇室献上品になるほどの逸品。
今回はそんな自慢の海苔がどのように作られるのか、海苔すき体験、工場見学をさせてもらうため、松ヶ浜の星のり店さんへ。

おいしい海苔を作るためには・・・
「海だけがきれいでもだめなんです」と博士の言葉にすかさず「なんで?」と子ども達は質問をし、真剣にお話を聞いていました。
「雨が降って山から川へ、川から海へ。いろんな栄養をたくさん含んで海へと流れていきます。
自然は全部繋がっているから、ちょっとぐらいいいか、とゴミを捨てたり汚したりしないでね。これが海苔博士からのお願いです。」
と、貴重なおはなしを聞いた後はみんなの楽しみにしていた海苔すきについて。
まきすの上に木枠を乗せて、海苔を流し込むと海苔が四角になります。


乾きやすくするために特製の脱水機でしっかり脱水。脱水できたら乾燥させて完了です。
流れがわかり、コツをつかんで枚数を重ねるごとにどんどん上手になり、「これ僕がやったやつだよ!」と自分のすいた海苔を嬉しそうに眺めていました。


海苔すきが終わったら昼食です。
今回は特別に水切りした生海苔を、炊きたて熱々ご飯に乗せてバターとわさびと醤油をたらり!この時期だけの贅沢な食べ方に「うまーい!」と一人で3杯おかわりする子もいるほどでした。


食べ終わったら工場見学。今回手漉きをした海苔ですが、今は機械がやってくれます。
型に流し込まれ、水を切り、2時間かけて乾燥して出てきます。
決められた枚数で束ねられて出てくる海苔に「海苔を半分にしているのになんでやぶれないんだろう」「この機械はどうなってるの?」と子ども達も前のめりになって見ていました。
焼き海苔はパリパリしていますが、焼く前の板海苔はしっとりしているから折っても破れたりしないんですよね。


博士に質問して、「いつも食べてる海苔ってこうやってできてるんだね」とまたたくさん勉強になりました。

昨年5月から始まった「きずな号で七ヶ浜を学ぼう!」
この企画を通して、七ヶ浜の子ども達が自分の暮らす町の魅力を体験し、今では自分で釣りに出かけたり、魚、海苔、わかめなど七ヶ浜の名産物に興味を持つ子も増えました。
震災以降、海は「危ない場所、こわい場所」というイメージがありましたが、海に囲まれたこの町で暮らす子ども達が、このような活動を通して海を「楽しい場所、大切な場所」と感じ、以前のように身近な場所になることを願っています。
今年も町民の方とともに考えながら、少しずつでも続けていければと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします。
【参加者の声】
・海苔を型に入れるのが難しかった。(中2女子)
・工場の中はすごく暑くて、機械は大きくてすべてが自動でビックリした。(小5男子)
・海苔が最初は水と混ざっていて、それを型に入れて乾かすなんて知らなかった。(小5男子)
・生海苔を初めて食べたけど、なかなか食べられないので食べることができてよかった。とてもおいしかった。(小5女子)
皆様
お世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
RSYでは4月14日に発生した熊本地震において、熊本県御船町を中心に支援活動を行っております。詳しくは都度更新される 支援活動報告をご覧ください。
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さてさて、ご無沙汰しております。
幼稚園年長さんも小学1年生に、小学生6年生も中学生に ・・・・子どもたちの新年度のドタバタも少しは落ち着きました。
昨年度同様、きずなハウスはRSY七ヶ浜事務局兼、地域のコミュニティスペースとして、駄菓子/コーヒー/ボッケのボーちゃん焼き、七ヶ浜情報掲示板などをご用意して運営しています。
嬉しいことに(延べ人数ですが)月平均約1500人が利用しているきずなハウス。
今年度も新たに七ヶ浜の住民の方がスタッフとして加わり、利用者の目線から使いやすさを考えて改革をしてくれています。
又、4月14日に発生した熊本地震支援のためにきずなハウスで約2か月間募金を行いました。全部で53,075円が集まりました。ありがとうございました。RSYの熊本地震での活動で大切に使わせていただきます。
5月3日(水)~5月5日(金)に七ヶ浜内のイベントにボーちゃん焼きの出店を七ヶ浜の皆さんと共に運営し、熊本の皆さんのために募金を集めました。
きずなハウス内にて募金ポスターを書いてくれる子もいれば、当日募金活動を手伝ってくれる子もいました。募金箱設置している二ヶ月間に売れたボーちゃん焼き一個に付き10円の募金に加えるというキャンペーンも行っておりましたので、2,895個分である28,950円も募金金額内訳に入っています。
「震災の時、お世話になったからねぇ・・・。なかなか九州までいけないから気持ち(お金)だけでも・・・」とたくさんの七ヶ浜町民の方々に協力頂きました。ありがとうございました!
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ここからはきずなハウスの近況報告を~♪

きずなハウスではイベントも適宜開催~♪
毎年「富士通」の将棋部の方々がボランティアで将棋教室を開催してくれています。
今回はきずなハウス に『どうぶつ将棋』を寄贈頂きました。
各小学校の児童保育館でも置いてあるようで、なじみ深い『どうぶつ将棋』を別の小学校の子たち同士でも遊んでいます。
「新しい友達ができるから、きずなハウスは面白いんだ!」と話す子もいるくらいいろんな地区の子どもたちが遊びに来てくれています。


又、七ヶ浜に何度も足を運んでくださるボランティア団体の「フライパンダ」の皆さんによる巨大カステラ作り企画も行いました。
男の子も、女の子も、大人もみんなで卵を100個以上つかって直径1mのカステラを焼きました。自分で作るカステラは特別な美味しさ?!自然とみんな笑顔になります。


七ヶ浜の皆さん、いつもご利用ありがとうございます!


看板も増設!いつも利用している子どもたちと一緒に作り、設置しました。



値段ごとに色を付けました。(黄は10円、青は21円、白は32円赤は43円、緑は54円など)
これで小さな子どもたちも、分かりやすいので簡単にお買い物ができます。
又、七ヶ浜のお店情報やイベント情報も色浸けして分かりやすく更新!

これからも皆さんの声を聞き、少しずつ使いやすく変えていきます!
宜しくお願いします!また近況をご報告します。
皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2016年5月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2016年6月11日で震災から5年3ヶ月が経過しました。
又、RSYでは4月14日に発生した熊本地震において、熊本県御船町を中心に支援活動を行っております。詳しくは都度更新される 支援活動報告をご覧ください。
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今回は現在の災害公営住宅の集会所についてお話しさせて頂きます。
5か所ある災害公営住宅には1か所を除いて仮設住宅にあったような『集会所』がありません。それ故に人が集まる機会が減ってしまいました。
それでも部屋は仮設住宅より広いのが公営住宅です。各々、友だちを誘って、集まってお茶会を行っている様子をよく拝見します。
その中で、「自宅(公営住宅)でお茶のみをしているが、5人以上でやりたいときに、さすがに全員は入らない。避難所を使いたいけど、いつも空いている訳ではない。」という声がありました。
そこで、私たちは住民の皆さんと連携して、移動学び舎バス『きずな号』を使って、お茶会サロンを始めました(※きずな号についてはコチラ)
きずな号は子どもたちの勉強場所として活用しておりますが、日中は子どもたちが学校へ行っているので使用しない時があります。 その時間を活用しようと『きずな号お茶会』が始まったのです。
災害公営住宅付近でのお茶会はRSY七ヶ浜事務局としても初の試みで、どれだけ人がくるんだろうと不安でしたが・・・蓋を開けてみると20人弱の皆さんが集まってお茶会に参加してくれました。
「しゃべったこともない人たちとも友達に慣れて、コミュニティが作れて良かった」
「家だと狭くて限られた人数しか呼べないけど、これならたくさん呼べる。」
「毎週この時間が楽しみなんだよ。一週間待ち遠しい」
など喜びの声が挙がり、私たちも住民の皆さん同士の顔つなぎが出来てホッとしています。


現在も毎週定例でお茶会を開催しています。
会話の中では「このお茶会メンバーで何かしたいね。」など結束力も生まれてきています。
今回のいいところは公営住宅だけではなく周辺地域の皆さんも参加して下さることです。
区長さんからの『「公営住宅入居者だけ」とか「被災者だけ」という括りから、「地区の皆さん」として『区』として少し広げて支援を続けて欲しい。』という声に寄り添いながら、次のフェーズの支援を考えていきたいと思っています。
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〇Aさん足腫れて、ひどそうだね。なんかあったとき声掛けれる関係を作れるためにこうして(お茶会)みんなで集まってるんだ。
(Aさんへ)買物とかひどいときはいつでも電話してね?代わりに買い物に行ってあげっからさ。
(60代:女性)※災害公営住宅入居者
〇昨日雨降っただろ?俺の畑にとっては最高だ。そして今日はすごいいい天気、最高だ。
育てるのが楽しみなんだ。
(70代:男性)※災害公営住宅入居者で、庭に自作で農園を作った方。
〇夜中仕事してるから、朝帰ってきてから寝てるんだ。
でも、お茶会(サロン活動)にはいくよ。
来なかったら、おばちゃんたち「今日はBさん来てないぞ!」って騒ぐからなー。
(60代:男性)※災害公営住宅入居者
〇何もすることがないから、自宅の前に農園を作ってみたんだ。何を植えようかなぁ。
(60代:男性)※災害公営住宅入居者
〇今までのボランティアセンターの職員さんが辞めて、新しい人たちになったから少しさびしいねぇ。連絡もとることもなくなったし、なにしてんだかなぁ。
(70代:男性)
〇この頃、(公営住宅の)集会所が少しずつ使われていて嬉しいんだけど、毎日同じ人が来てて、いわば占領してるみたいになってるんだよね。カラオケも週2回って決めてるんだけど、機械が置いてあると毎日つかっちゃうんだよな。カラオケが嫌な人もいるからさ。なかなか使い方が難しいな。
(70代:男性)
〇前居た仮設から引っ越して、きずなハウスの前の仮設に来ました。今までは話聞くだけで、きずなハウスに来たのは初めてだわ。仮設住宅も10軒ちょっとだから、防犯上やっぱり人の目につく、中央公民館の近くに引っ越して来れて良かった。今度からお隣さんね。よろしくね。
(70代:女性)
※きずなハウスは中央公民館の隣に在り、中央公民館前に仮設住宅に集約化が行われた。
〇私、津波で家を流されちゃって、ぬいぐるみとか全部無くなっちゃった。津波で大変だったけど、私は幼稚園の時だったからあんまり覚えてないんだよ。
(小学生の女の子)
みなさま
RSY事務局です。
東日本大震災から5年2ヶ月が経過しました。東海4県には現在、2,500名を超える方々が避難または移住されてきています。
RSYでは2015年度、「タケダ・赤い羽根広域避難者支援プログラム」の助成金により、愛知県、岐阜県、三重県において、避難者支援報告会「311県外避難者について考えよう」を実施しました。その中で、避難当事者の方々より、「県外避難者の存在を忘れないで欲しい」「地域の人にも理解して欲しい」といった声が多く寄せられました。
そのため、東海地域に避難されている(されていた)当事者の方々に、避難当初やその後の生活、現状等についてヒアリングし、沢山のご協力のもと、「県外避難者」について知っていただくための冊子を作りました。
なるべく読みやすくするため、4コマ漫画で当事者の方々の状況を紹介しており、「避難指示区域」や「内部被ばく・外部被ばく」、「母子避難」など、「県外避難者」について考える際に使われる言葉についても説明しています。
避難・移住されている方々の抱える課題は本当に複雑です。
少しでも多くの方々に現状を知っていただくため、本冊子を活用していきたいと思っています。
「県外避難されている方々の状況を知りたい」「地域の方々に県外避難者の現状を伝えたい」
という方々向けに、現在、冊子の無料配布(※送料はご負担いただきます)もしております。
在庫に限りはございますが、ご希望の方はRSY事務局までご連絡ください。
■ご注文方法
ご希望される方は、お手数ですが下記項目をご記入の上、RSY事務局(メール:info@rsy-nagoya.com)にご連絡ください。
※メールの件名は「311県外避難者について考えよう冊子申込み」としてください。
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1.お名前(所属機関)/ 送料請求書宛名
2.希望冊数 ★上限10冊まで
3.ご住所(ご送付先)
4.メールアドレス
5.電話番号
============
皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2016年4月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2016年5月11日で震災から5年2ヶ月が経過しました。
RSYでは4月14日に発生した熊本地震において、熊本県御船町を中心に活動を行っております。詳しくは都度更新される 支援活動報告をご覧ください。
その日は七ヶ浜町でもテレビで緊急地震速報が鳴り、特有の緊張感が 漂いました。
「地震速報の音が鳴るとあの時を思い出す・・・」そんな声が相次ぎました。
翌日から緊急対応における特番が組まれ、どのチャンネルを回しても熊本地震のことで、
「子どもたちも3.11のことを思い出すから、あんまり見せないようにしているんだ」という声も。
5年経った今でも、心に大きな傷が残っているのが分かります。
そんな中でも「熊本の皆さんも私たちと同じ苦しみを味わっているんだ。何かできることはないだろうか?」と七ヶ浜事務局に声を掛けてくれる皆さんがたくさんいます。
「熊本の皆さんも私たちと同じ怖い思いをしたと思う。でも、大丈夫。時間はかかるけど生活できるようになる。私たちもいろんな人たちの応援で頑張れた。がんばれ!熊本!」
という声も住民の皆さんから頂いています。
GW中に七ヶ浜町で行われたイベントにて、募金活動を住民の皆さんと一緒に行いました。
七ヶ浜事務局もきずなハウスで募金箱を設置を続け、、七ヶ浜の皆さんと一緒に熊本を応援し続けます!


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〇セールスは公営住宅に越してきてから何度も来たね。何回来たか分からないわ。嬉しい来客なんて無いよ
(60代:男性)※災害公営住宅入居者
〇毎日散歩はしてるんだけど、誰とも会わねぇよ。家ではテレビ見てるだけだからなぁ。
(60代:男性)※災害公営住宅入居者
〇自分の家ができた安心感でみんな太ったんだ。仮設の時はなんとなく緊張していたんだけど、今はのんびりできている。安心感からか、自分たちで動くことを忘れてしまったのか、震災前は自然と誰かしらの家に皆で集まれていたのに、今ではそうすることもなくなってしまった。
(60代:女性)※災害公営住宅入居者
〇何もすることがないから、自宅の前に農園を作ってみたんだ。何を植えようかなぁ。
(60代:男性)※災害公営住宅入居者
〇仮設住宅から仮設住宅に引っ越したよ。ついに仮設住宅生活も5年を迎えたね。最後に(仮設住宅を)出てく人になるかもねぇ。遊びにきてね。
(60代:女性)
※仮設住宅の統廃合により、自宅再建までの間は今まで住んでいた仮設住宅から別の仮設住宅へ移動しなくてはならない方々がいる。
〇九州は大変だ。RSYさんも大変じゃない?私たちが知っている(RSYスタッフ)2人が行ってるって思うと応援したくなるね。現場に行っているボランティアさんたちも余震とかあるし、気を付けて欲しいね。とりあえず、できることを・・・募金するね!
(60代:女性)
〇今年の夏の七ヶ浜はどうかなぁ。海水浴がオープンするし、海岸付近はすごく混むんだろうなぁ。事故とか事件とか起こらなければいいけどねぇ。海の家とか出るのかな?ぜんぜん情報が町内でも出回ってないんだよね。
(40代:女性)
※七ヶ浜は5年ぶりに海水浴場を10日間オープンする予定。
みなさま
引き続き、できる支援を続けたいところですが、今回の一連の地震
みなさまにおかれましても、現段階では、一般ボランティアが現地
▼4月16日の動き
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(浦野・松永)
・16日中に、名古屋に移動(予定)
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▼寄付募集のお知らせ
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皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2016年3月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2016年4月11日で震災から5年1ヶ月が経過しました。
今回は震災後、津波被害を受けながらも新しくお店を始められた方のお話しを聞きました。
「道路の復旧工事、防潮堤の建造でこの1年以上ずっと重機が入る大掛かりな工事をしている。音が大きくて昼間はゆっくりできないな」
店主の家は海の目の前。津波で1階ほとんど部分が浸水被害を受けましたが、鉄筋コンクリートのため家は残りました。震災から3年後、自宅を修繕をし、喫茶店を始めました。
お店を始めてから2年が経過し、海を見ながら食べられる喫茶店として、地元の皆様を始め親しまれています。しかし、お店の前の道が工事の為、通り抜けが困難に、且つ昼間も工事のため大きな音がでてしまいます。この工事は1年以上行われています。
「復旧工事が必要なのは分かるし、防潮堤も必要だが。6.8mの防潮堤とその後ろに植える防災林で七ヶ浜の沿岸部は海が見えなくなるんじゃないかと心配している。津波は防ぐことは難しい。はやく高台へ逃げるかを考えなきゃならない。道路がきれいになるのは良いが、逃げる時のためにすれ違えるような道路幅が望ましい。」
5年が経ちましたが、防潮堤工事、道路復旧は完成していません。
「人の命を守る」、「景観を守る」いろんな観点から防潮堤の高さが決まりました。
この高い防潮堤、復旧道路幅が皆さんの命を守ることを切に願います。
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〇この前はボランティアさんとの交流会に呼んでもらってありがとうね。うまく話せなかったけど、みんなに思い出してもらって役に立てて良かった。本当にめぐり合わせでこうやって出会えたんだもんね。本当にうれしいね、みんなと出会えて。
(60代:女性)
※RSYボランティアバス72陣との交流会に参加された方
〇やっと(きずなハウスに)たどり着いたー。隣町から来ましたよ。この前テレビでやってて、探したんです。私たちの町にはこういった駄菓子とか低価格で買える、そして子どもたちの場所ってのが無くて羨ましい。親も安心ですよね。「ここにいる」ってわかれば安心するもの。
(30代:女性)
〇今年の冬は温かいな。3月もほとんど雪降らなかったけど、やっぱり3月11日は雪降るんだよなぁ。午前中まで温かかったのにな、不思議だよな。
(50代:男性)
〇5年ってあっというまだったね。10年くらい生きたような感じ。
そしてあと4年でオリンピックだね。その頃は七ヶ浜も堤防も出来て、道も出来て、ある程度綺麗になるんじゃないのかな。海開きは今年からみたいだね。
(60代:女性)
※七ヶ浜町は2016年夏に10日間の海水浴場OPENを予定している。
〇ワカメ/メカブももうそろそろシーズン終わるよ、次はシラウオだね。季節毎にいろんなものが撮れるから楽しいんだよね。季節の味ってやつですね。浜にある海の駅「七のや」がOPENしたから、そこで食べられるらしいよ。行ったことないけどね。
(70代:女性)
※県内初のうみの駅が七ヶ浜にOPENした。 海の資源を活用し、人の集まる場作りを行っている。
〇 メモリアルイベントに参加して本当に良かった。やっぱり1年に1回会う機会ってのは必要だね。またこうしてみんなと会えるのを楽しみにしているよ。
(40代:女性)
〇もうすぐ公営住宅に住んで1年になるんだ。もう前から住んでたみたいにくつろげる。やっぱり震災前に住んでた地区に戻ってきたからね。温かくなってきたから散歩する人も少しずつでてきたしね。ベンチでもあれば腰かけられるけど、無いんだよね。
(60代:女性)
〇ついに来月、仮設から引越しです。4年半以上お世話になっていた仮設ともさよならと思うとなんだかねぇ。住めば都って言うけど、本当だよ。でも、新しい家もこだわりポイントがいっぱいあるんだ。是非、遊びに来てくださいね。
(20代:女性)
皆さま
いつもお世話になっております。
RSY事務局です。
ボランティアバス72陣は11日(金)に名古屋を出発し、12日(土)は宮城県七ヶ浜町で住民との交流会と、翌日に開催されるメモリアル企画の前日準備を行いました。13日(日)には東日本大震災追悼「3.11メモリアル企画 七ヶ浜UMI-TSUNAGU2016」の運営スタッフにも一部加わりながら、住民との交流を図ることができました。翌14日(月)の早朝に名古屋へ帰着しました。
以下、ボランティアバス72陣の活動報告です。
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今回のボラバス72陣は、震災から5年という節目とあって、参加者が36名と多く、バス車内が狭く感じるくらいでした。出発日の11日はちょうど丸5年の慰霊の日でもあり、名古屋市内で開催された追悼式典(RSYも実行委員会所属団体として参画)にも参加してから集合された方もみえました。20時過ぎにRSY事務所前を出発し、翌朝ほぼ予定通りに七ヶ浜町中央公民館に到着しました。
全体ミーティングの後で午前中は4班に分かれて、その訪問先は仮設住宅に現在も残られてみえる方、漁師の方、災害公営住宅の方などで、それぞれ現地にお伺いしてお話をお聴きしました。仮設住宅に向かう際も、現地スタッフと通りすがりの住民の自然なやり取りから、住民とともに歩むRSYの活動が根付いていることが感じられました。
さて、見学を許可していただいた方は4月にようやく自宅が建ち、引っ越しされるご家族でした。七ヶ浜国際村での避難者への気配りが手厚かったことや、仮設住宅で初めて目にした生活用品一式が袋詰めされたもの(これもRSYの活動で配達したもの)に感激したことなどが嬉しかったことと語られた反面、初めて仮設住宅に入って調理ができる環境が整ったのにも関わらず、食事を作る気力が萎えてしまっていたことに自分でも驚かれたそうです。未曾有の災害の厳しい現実(非日常)が、心に与える影響の大きさも痛感しました。

最初の割り当ては人数に応じた3タイプのうち、9人暮らしまでは2DKというとても狭いものでした。冷暖房の空調機器も最初は一軒に1台しかなかったそうです。災害公営住宅に入られた方からは「この5年、今まで正月など季節の行事はやれなかった。やっと広く落ち着いた環境になってそんな気分になれました」とお聴きしました。
2月にオープンしたばかりのうみの駅「七のや」が見学も兼ねた昼食場所でした。新鮮な魚介類の料理に目を見張りました。安くて量も多かったです。

さて、中央公民館に戻ると、明日の昼食交流会用のカレーの仕込みをする人、5年間の歩みを振り返る写真などのパネル展示の会場設営をする人などに分かれて作業しました。初めて参加する人は、作業しながらもつい、見入ってしまうほどの壮絶な風景写真が多くありました。寄せ書きの布にタイトルを書いたり、写真の見出しをレタリング風に綺麗に縁取りするなど個人の特技を活かした作業を分担しあいテキパキと準備を終えることができました。写真にある壁新聞は地元の中学生がとりくんだもので、タイトルに「INOCHI~あの日あの時~」とつけた理由について、掲示作業を終えた時に「命の大切さをこれほど考えてきたことはなかったから」と本人から聴かされ、子どもたちも悲しみの中にあって、大切な学びを得られたのだと感じました。

さて、翌13日は朝一番に、七ヶ浜を知るための町内ぐるっと一周ツアーを企画していただきました。案内役は、昨年11月まで住民を支えてきた仮設住宅隣接の「七の市商店街」の店主の一人、「夢麺」(ラーメン店)の店主さんでした。七ヶ浜の見どころを住民目線でたくさん教えていただきました。「また気楽に観光にでも来てください。」と最後に語られましたが、街や海を愛する気持ちを胸に、復興を夢見ながら…とは言われながらも、自宅や店舗の再建という多額な出費と言うマイナスからのスタートは決して平坦な道のりではないと思いました。

ツアーから戻り、いよいよ、「2016 3.11メモリアル企画 海つなぐUMI-TSUNAGU ~ありがとうを伝えよう~」のイベントの始まりです。会場には、全国からのボランティアの方々が続々バスで到着され、一挙に賑やかになりました。11時からは、当時の炊出しを思い出して語ろうというカレー交流会も始まり、会場に入りきれない人たちが長い列を作りました。安城から運んできた野菜で作った漬物もテーブルで置かれ、美味しくいただきました。

写真などの展示会場では再会を喜び合う姿も多々見られ、当時の様子を語られる場面もありました。「震災当時は泣いたら負けだとグッと我慢してきたが、こうして改めて街の様子を振り返ってみていると涙が出てきた。」とお話しされた住民の方もみえました。
今回の企画自体は、七ヶ浜の住民が5年間のボランティア活動に対して感謝を伝えたいという思いで始められたもので、バス参加者は基本的には、一来場者という参加の形でイベントを楽しませていただきましたが、一部、カレーの配膳係や、試食生ワカメのふるまいの手伝いなどに協力していました。
午後に入り、手作りのオリジナル紙芝居「あの日の僕・・七ヶ浜の3.11」の披露や、シンポジウム被害者の声「あの日のこと」、NPO法人「あっちこっち」さんによるメモリアルコンサート、そして大切な追悼セレモニーなどが、メイン会場で行われました。

とりわけ、オリジナル紙芝居の制作にあたり、ボランティア活動で住民との関わりの中からつぶやきとしてお聴きしてきた大切な言葉(セリフ)を55個集めて、つなぎ合わせてシナリオが作られたと知りました。七ヶ浜の言葉で語られる紙芝居には、強く胸に迫るものがあり、多くの人々にずっと語り継いでいくことができる紙芝居という形ができたことはとても喜ばしいことだと思いました。
14時46分、参加者全員で黙とうをして、最後には、長電観光さんらがハンドベルも交えて「花が咲く」を披露。会場全員が合唱して感動のフィナーレを迎えました。
個人的には、この式典の冒頭、実行委員長の舘岡さんが声を体を震わせながら、この企画を成功させようと取り組んできたこと、5年という歩みがもつ意味などを必死で語られた姿にとても感動していました。今回、この72陣に参加させていただき、見て聴いて触れた様々な時間の中で語られた「復旧と復興」の意味を再度自分自身へ問い直すこと、それから、それぞれの地元に帰ってからの動き・歩みが今一度問われてことを強く感じました。
参加することができてたいへんよかったです。
皆様
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局 郷古です。
3月13日(日)に七ヶ浜町中央公民館にて3.11メモリアル企画「七ヶ浜 UMI-TSUNAGU 2016」が開催されました。
この企画の主催は、町ではなく「七ヶ浜住民による実行委員会」です。
七ヶ浜町では3月11日に追悼式を行いましたが、
『追悼の気持ちが一番だが、それと同じくらい「起こったことや経験を語り継いで行く」、「様々な出会いから生まれたきずなを大切にする」ということも大事である』
という意見から、住民による実行委員会を立ち上げてオリジナルの3.11メモリアル企画を行う事になりました。
この企画自体は2012年から継続的に行われていましたが、年を重ねるごとに実行委員会への七ヶ浜住民の参加が増えています。今回の企画の打ち合わせは20回を超えています!!!


『自分ができることで恩返しを・・・』
朝10時からのイベントオープンで来場者を出迎えたのが七ヶ浜の漁師であり、ぼっけ倶楽部七友会の代表の鈴木直也さん。
「お世話になったボランティアさんたちに今が旬の七ヶ浜のわかめをたべてもらいたい。ここまでこれたのも本当に皆さんのおかげだと思っている。」というお心から、わかめしゃぶしゃぶコーナーを開いてくれました。ボランティアさんをはじめ、たくさんの町民の皆さんも生ワカメを一緒に食べていました。
又、今回地元の中学生も企画内にボランティアスタッフとしても参加してくれました。「七ヶ浜のためにできることをやらせてもらいたい」と自分たちが作った防災学習の説明をしてくれました。来場者からの質問にも丁寧な受け答えをしていました。

『避難所で食べたカレーはとても心に残っている。一堂集まってみんなで食べたい』
との実行委員会での話から300食以上のカレーを実行委員会メンバーで作りました。
七ヶ浜の漁師さんから茎ワカメや愛知県安城市の皆さんから漬物の差し入れもあり、食の交流の時間も良い時間を過ごせました。参加者同士、思い出話をしたり、始めて会った方々も「カレー美味しいですね」という何気ない会話から七ヶ浜の話になって盛り上がっていました。

その後は各種メディアに作成風景から取り上げて頂いた「あの日の僕 七ヶ浜3.11」という防災紙芝居を行いました。町民の声から文章を作成し、事実起こったことを書きとめました。又、題字や紙芝居の色塗りを手伝ってくれたのは七ヶ浜の中学生です。
読み合わせ練習も当日までに何回も重ね、「ここはもう少しおばあちゃんの声っぽく、ゆっくりよもう」、「ここは避難民を誘導する場面だから、当時の事を思い出しながら緊張感が分かるように読もう」などひとつひとつのセリフに心を込めて、読み手に伝わるようにと励みました。
本番も満員、大盛況で、町内外から「私たちの地区・町でもやっていただけないか」と声が相次ぎました。
読み手の一人であった渡辺さんは「読み手のオファーがあったときは戸惑ったが、自分の経験談も紙芝居の中に入っている。津波から逃げたこと、避難所の事、仮設住宅での暮らし、そして今・・・全てを振り返る機会にもなった。やってみて、作ってみて良かった」と話してくれました。
この企画を通じて思ったことは
1:【七ヶ浜町民の気持ちの土台は「感謝」だということ】
今までメモリアル企画運営補助を行ってきましたが、今年はほとんど町民有志の実行員会で企画内容を精査しています。
「今まで手伝ってもらう立場だったが、皆さんには参加者になってもらいたい。感謝の気持ちを形にして、皆さんとの交流を深めたい」というのが企画がスタートした時に話された言葉です。
企画名である「UMI-TSUNAGU」は『海/生む/あなたとわたしを繋いで』という意味で、実行委員会メンバーで考えた名前です。想いを形にするために実行委員会メンバー各々が動いて、その名の通りの良い企画になりました。

2:【参加者同士で再会を喜ぶ場面が多く見られた。5年経ったなおも繋がり続けていること】
「あぁ~!久しぶり!元気にしてた??また会えたねー!嬉しいね!」
そういった再会を喜ぶ声が至るところで上がっていました。それは住民同士、ボランティア同士、住民とボランティア間、様々あります。
「確かに大変なことが起きて。辛いことも多かったが、悪い事ばかりではない。いろんな人たちと繋がって、楽しい。」という言葉も話してくれました。なんというありがたい、そして力強い言葉なのかと思います。

来年度の開催はまた実行委員会メンバーの中で、話し合いを行い、決めていく予定です。