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宮城県七ヶ浜町報告【第153報】2014年最初の「んめぇのあっと市」&七の市商店街より「お知らせ」
皆さま
お世話になっております。RSY七ヶ浜事務局 郷古です。
今回は2014年の七の市商店街で行われている月一回の大売出しのイベント「んめぇのあっと市」の様子と七の市商店街よりの皆さまへの「お知らせ」をお伝えします。
定例になっている「んめぇのあっと市」は1月26日(日)強い風にも負けず?開催されました。
今回の目玉となったのは1月19日(日)第五回復興グルメF-1大会に七ヶ浜町として出場した「七宝汁(シッポウジル)」販売です。
(「F-1大会の様子」、「七宝汁とは?」はコチラ))
通常300円で販売のところを入賞記念で、100円で販売。
ラジオでも広報されたようでそれを聞いて食べにこられた方もいました。
また最後にも お知らせしますが、第六回復興グルメF-1大会にも「七宝汁」で出場予定です。
七ヶ浜町の関連した7つの食材が入っている七宝汁を食べたお客さんは「まるで海の味だ・・。」と感心しておられました。
七ヶ浜復興バーガーもオリジナルビスケットも通常通り販売しました。
オリジナルビスケットは新ラベル缶も発売していました。



もうひとつお客さんが待ちわびていたのは、バクダン菓子(ポン菓子)製造機でした。
これのポン菓子製造機械はガスで圧力をかけて、米や豆をポップコーンみたいに爆発させてお菓子にするというものです。すごい音と煙で会場を驚きを与えてくれました。
「昔は固くなった餅とか、これにいれてポン菓子にしてくったわ~懐かしい~。」
「機械も作っている風景も初めてみた。。。すごい音ですね。本当に爆発したみたい。。。」
(写真では詳しくはお伝えできず、悶々としています!)


佐藤鮮魚店は「生海苔」。乾燥させる前の大変貴重なものです。本当に真っ黒です。
三浦商店は「白菜と苺」。大売出しの名に恥じない値引き率。。。
「一般のスーパーでは売ってないものが買えるところいい。新鮮なものを売っているという意味でも商店街は良い場所です」とお客さんも満足のご様子。
他にも旬の食材が並んで、レジにも行列ができるほどでした。


今回は神奈川県の桜丘高校の応援団の皆さんが手伝いに来てくれまして、
熱い?かわいい?エールを送ってくれました。
「フレー!フレー!しちがはま!フレー!フレー!しちのいちしょうてんがい!」
「これからも応援しています!がんばって下さい!」
元気な若者たちの声に商店主さんたちも拍手でこたえ、また会う約束をされていました。

以上でレポートは終わりですが、商店街からお知らせです。
2月23日(日)を予定していた「んめぇのあっと市」は行わず、
2月/3月合同号として3月15日(土)に行います。
同日は3.11メモリアルイベント「UMI-TSUNAGU(うみつなぐ) 10万人の七ヶ浜人と共に」が行われることもあり、3月のんめぇのあっと市も連携して運営する予定です。
(※3月15日(土)はRSYでもボランティアバス65陣の運行予定で、募集をかけております。詳しくはコチラ)
更に、復興グルメF-1グランプリ大会の次回開催地が七ヶ浜町に決定しました!
第六回復興グルメF-1大会は4月13日(日)の10:00~14:00(表彰式15:00~)で、
生涯学習センター敷地内で行う予定です。
詳細は決まり次第またお伝えしようとは思いますが、ご都合合わせて来てみてはいかがでしょうか?
2月22日(土)【ボランティア募集】伊豆大島支援/うるうるパック化作業
みなさま
いつもお世話になっております。RSY事務局の松永です。
2013年10月16日に台風26号の豪雨の影響で、東京都の伊豆大島は死者35名、行方不明者4名など甚大な被害を受けました。今回、その伊豆大島の被災地域を対象に、企業等から提供頂いた生活用品等をパック化した「うるうるパック」500セットをお届けすることになりました。
「うるうるパック」をお届けする前に物資をパック化しなければいけません。しかし、現地でパック化することは難しいため、2月22日(土)にRSY事務所(名古屋)で行います。そこで、パック化作業をお手伝い頂ける方を20名程募集致します。以下を確認頂き、ご協力頂ければ幸いです。「まだまだ忘れてないよ」の気持ちを込め、うるうるパックを一緒に作りましょう!
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▼うるうるパックとは?
うるうるパックとは、被災者が必要とする生活物資等を企業等から頂き、ボランティアがパック化した上で、被災地の災害ボランティアセンター等を通じて地元の自治会や民生委員らとともに「お見舞い品」として訪問配付する活動です。この取り組みは、単に被災者に物資を提供するということではなく、これまでの被災者支援の経験に基づく本当に必要な物資であるとともに、被災者一人ひとりが抱える暮らしの課題について直接お聞きすることができます。(過去にうるうるパックを配布した被災地:2005年長野水害、2007年新潟県中越沖地震、2011年東日本大震災)
日時:2月22日(土)13:00~夕方くらいまで
場所:RSY久屋事務所(名古屋市東区泉1-13-34名建協2階)http://rsy-nagoya.com/
内容:企業等から頂く生活用品(マスク・石鹸・うがい薬等)を袋詰めする(約500セット)
▼ご協力いただける皆様へ
お手数ですが21日(金)の午後12時までに、件名を「伊豆大島/うるうるパック」と書き、info@
・お名前
・携帯電話の番号
をメールにてご連絡ください。
当日連絡先:090-9022-3350(RSY松永)
よろしくお願いいたします。
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▼伊豆大島町の住民の声
「ボランティアの力は凄いし、助かったよ。いまお願いしていることが片付
いちゃったらボランティアさんはもう来てくれないの」
災害で姉を亡くされた被災者(女性)が玄関先に人形を飾っており、
「寂しいから(姉の)娘の家から持ってきた人形をかざっているの」と話された。
罹災証明の対象外となった被災者の方「これまで気を張って頑張ってきたが、
(対象外であることを知り)なんだか力が出ないわ…」と。スタッフが 声をかけ
ると「ぼちぼちやるわ」と話された。
「
【 東京ボランティア・市民活動センター報告より】
宮城県七ヶ浜町報告【第152報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第7号](2014年1月1日~1月31日)
皆さま
お世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」
つぶやきからは被災者の様々な現状をうかがい、
最近は寒いねえ。お風呂に入るときせまくて動けないんだよ…。
お正月はここ(集会所)が開いてないから、
(60代/女性)
昔は団体旅行なんか行ってたけど、
今はもう年だからあまり行きたいところもないの。
集会所に集まって編み物をするんだけど、
震災のときに波にさらわれないように物につかまったりしたからそ
あ〜あったまった。前は手が冷えていたんだけど、
(70代/女性)
仮設に来てから足首が両足曲がらなくなってね、
左手の薬指と小指がシビれている。
昭和7年に生まれて、七ヶ浜には昭和30年にとついできたの。
60歳の定年まで保育所とか学校で給食を作っていたんだけど、
定年してからゆったりしてたら身体が痛くなった。
家では一人暮らしだけど既製のコロッケとかは買わず、
(80代/女性)
お正月は何もなく普通に過ごしていたよ。
神社に行ってあんこもちを食べてきたよ。
男の孫なんて、お年玉もらったらすぐ帰っちゃうからね、
最近咳がでるんだけど風邪ではないんだよね。
もしかしたら、アレルギー性の咳かも。
(80代/女性)
正月はどうせ一人だから毎日ここに集まってみんなで茶を飲んで笑
初詣は1月1日に行って、小吉だったかな?
孫が来たけどお小遣いだけもらってすぐ帰っちゃうんだよー。
まあ仮設はせまくてずっと居たくないだろうしね。
(70代/女性)
2年後に引っ越しするんだ。
引っ越ししたら会えなくなってさみしいねえ。
(※
また来月も来てね。
(40代/女性)
一緒に住んでいる息子にはあまり出世しないように言ってるのよ。
負担が大きくなるし、帰りも遅くなるからさ。
息子が二人いたんだけど、
周りに親の責任だって言われて続けて大変だったわ。
(70代/女性)
昔は家族10人いたんだけど今は一人なんだ。
すんごくさびしいね。部屋で一人だからさ。
(公営住宅や高台移転で一緒に住むとかはないんですか?
隣町に居る娘も家族がいて子ども(孫)がいるからね、
集会所はたまに来てるよ、足湯も2、3回やったわ。
怪我とか津波とかいろいろあったけどこうやって生きているんだ、
(70代/女性)
今は息子夫婦と一緒に暮らしているけど何にも話さねぇな。
孫が高台移転地に家を建てたら一緒に住むんだ。
昔は田んぼや畑を仕事にしていて、
七ヶ浜に来てどれくらいになるの?
(80代/女性)
息子が青森に家を建てて自分にも来いと言っているけど、
公営住宅に申し込んでいるので七ヶ浜に残ってそこにはいる。
(60代/女性)
私は訳あって、仮設住宅を三回移動(引っ越し)した。
話をすることで気がまぎれるんだ。
次はいつだ?また足湯来るよ
(80代/女性)
自宅の再建はもう少し時間がかかって引っ越せるのは3月ぐらいに
私はあっちこっちに手すりをつけなければいけないから、
この間ボランティアで来てくれていた外国人がまた会いに来てくれ
新しい家の場所まで案内してこれで次に来るときに迷わないわねっ
以前に名古屋の方から頂いたドンプクがしっかりしていてとても役
目が悪くなってきて最近筆不精になってしまってお礼の手紙も書い
(60代/女性)
ボランティアさん今日はいねぇのか。
(
七ヶ浜、どんどん人が出ていくんだ。
(どっか出かけました?と問いに対し)この頃寒いし外出ないわ。
どこにもいかないってわけじゃないんだ。たまに、
でもさ、俺仙台行って「震災とか全然関係ない」って感じがした。
震災の年に仙台行って本当にびっくりした。
(50代/男性)
今日は○○さん(RSYスタッフ)に呼ばれる前に来ました。
明日14時から公営住宅の説明会なんだよ。
一番大きいとこだから時間かかるんだね、
あっち(公営住宅)いくと家賃もかかるみたいだし。
明日はどんな話し合いになるかねぇ。
地元の神社に初詣にいったよ。若い人たちがいっぱいいたよ。
なんでみんな足湯に来ないんだろう?
平日やるより土日にやった方がいいね。(
(80代/女性)
この頃、みんな贅沢過ぎる気がする。
そんとき息子は「震災の時を思い出せ。無駄にするな」
このコップ一杯の温かいお湯もあんときはとっても重宝したんだよ
仮設住宅は今年中に出なきゃいけないと思う。
ここの仮設から(私も移転する)
でもさ、A地区とB地区は整備終わる時期が違うからね。
この前も私が仮設出てここに遊びに来たら「どちら様ですか?」
私は家建ったらここの友達を招待したいんだけど、
だからたぶんここには来なくなる。
(70代/女性)
宮城県七ヶ浜町報告【第151報】3.11メモリアル企画「UMI-TSUNAGU 10万人の七ヶ浜人と共に」始動!
皆さま
お世話になっております。RSY七ヶ浜事務局郷古です。
【第150報】でお伝えしました3.11メモリアル企画の実行委員会(第一回目は意見交換会)の第二回目が1月29日に行なわれ、正式名称も決定しました。名前の由来や実行委員会の様子をお伝えします。
今回のメモリアル企画の名称は意見交換会に参加した皆さんの意見から
「UMI-TSUNAGU(う・み・つ・な・ぐ) 10万人の七ヶ浜人と共に」
になりました。
★「UMI-TSUNAGU」とは?
UMIには七ヶ浜の【海】、この震災で出会った人との縁など【生む】様々な意味や想いが込められていて、TSUNAGUはそういったものをこれからも【繋いで】いこうと云う意味です。
★「10万人の七ヶ浜人」とは?
「明治時代までの七ヶ浜は、海という自然の恩恵にひたり、為政者
と、七ヶ浜
『ならば・・・「七ヶ浜人」とは七ヶ浜町民約2万人と、この東日本大震災による七ヶ浜の窮状に
と実行委員会に参加して下さった七ヶ浜の町民の方が仰ったのです。
この二つが合わさって、「UMI-TSUNAGU 10万人の七ヶ浜人と共に」という名称がつけられました。(※実際には現地には来れないけど多大なる支援を頂いた県外/国外の皆さんがいますので10万人以上ですが・・・・)
さて、今回の実行委員会は前回出た5本の柱(追悼/食交流/体験交流/語り継ぐ/展示)を元に「自分たちの団体は「○○○」をメインに企画を進めていこう」といったように班に分かれて企画書を作りました。前回の意見は参考にしつつも、「これ難しいのではないか?」や「これはできないけど、形を変えれば同じようなことはできるぞ」と意見交換ワークショップのように班毎で進めていきます。

・これを展示して伝えたいことが分かってもらえるのか?ならば案内役/説明係りを常駐させよう!
・「お昼を作って、食べてもらう」だけならこの企画の意味がない。「交流」できる配膳の仕方を考えなきゃ!
・大人向けの企画のようにみえるが、子どもたちにも是非来てほしい。子どもたちが飽きず、且つこの日を大切に思えるような企画にしていきたい。
などなど活発な意見が飛び交い、皆さんの真剣な「想い」が伝わってきます。


次回は2月12日(水)に実行委員会を開きます。続報をお待ちください。
そして、3月15日(土)は七ヶ浜町に是非!
ぼらチャリパークに出展しました
みなさま
お世話になります。RSY事務局です。
先週末26日に、名古屋市・栄のナディアパークで行われた、「ぼらチャリパーク」に出展しました。
「ぼらチャリ」とは、昨年度から始まった、
ボランティアやチャリティを気軽に楽しむ、名古屋発の新しい取り組みです。
http://www.n-vnpo.city.nagoya.jp/boracharivol2/
また、本企画には、日ごろよりお世話になっている、
一般社団法人名古屋建設業協会(名建協)より特別協賛をいただいています。
当日のイベントには、1800名の方が来所されました。各NPOなどのブース出展の他、元中日ドラゴンズ・山崎武司さんのトークショーや、ブラスバンドやダンスショー、ボランティアについて学べる体験コーナーなど、老若男女多くの方が楽しいひと時を過ごされていました。
RSYでは、災害時のボランティア活動に必要な、スコップなどの資器材の展示や七ヶ浜町のきずな工房商品の販売を行いました。資器材の展示では、2000年の東海豪雨をきっかけに始まった、名古屋市・名建協・ボランティアで管理している資器材の変遷を紹介する「パネル展示」。
実際に資器材に見て・ふれたいただける「資器材見本市」。そして新企画、選んだ資器材で性格がわかる「資器材診断」の3つを行いました。

きずな工房商品の販売は、中京大学からのインターン3人が担当し、工房の成立ちや様子を説明しながら対応していました。

ブースに訪れた方からは、
「東海豪雨の時に被害にあって、道具(資器材)を使ってきれいにしましたよ。」
「昔、農作業で一輪車とか使っていたから懐かしいね。」
などという声も聞かれました。
今回の資器材の展示は、3月21日(金・祝)に開催する「ボランティア大交流会」でも展示予定です。
http://rsy-nagoya.com/rsy/blog/2014/01/daikouryuuannnai.html
ぜひお得なクーポンを使用し、自分もちょっぴり得しつつ、市民活動の応援をしてみませんか?
3月2日(日)までクーポンはご使用いただけます。RSYは13番です。
クーポンはRSY事務所にお越しいただくか、ぼらチャリホームページからも印刷いただけます。
http://www.n-vnpo.city.nagoya.jp/boracharivol2/coupon.html
応援よろしくお願いいたします。
【大募集】ボランティア大交流会2014を開催します
みなさま
お世話になります。RSY事務局です。
日ごろお世話になっている皆さまへの感謝を込めて、今年も「ボランティア大交流会2014」を開催します。
ボランティア大交流会は、東日本大震災をはじめとする災害に対して、被災地を想い続けることや、他人事ではなく、私たちにも襲いかかる災害に負けないために、みなさんと一緒にできることを共有していきたいと思い、昨年より開催しています。また、会員・ボランティア同士の、新たな出会いや再開の場にできればと思っています。
今年もボランティア(実行委員)を中心に、ランチ交流会や防災展示、ワークショップなど、当日に向けて準備を進めています。どなたでもご参加いただけますので、お申込みいただき、お誘い合わせの上ぜひお越しください。
☆———————————☆
●日 程:3月21日(金・祝日)
●時 間:11時会場(13時開演~17時閉会)
※11時から物販や各種展示、12時からはランチ交流会の予定です。
●場 所:名古屋工業大学講堂内・2階会議室
●参加費:500円
●主 催:特定非営利活動法人レスキューストックヤード
●共 催:名古屋工業大学高度防災工学センター
●企画・運営:RSY758、ボランティア大交流会実行委員会
●参加申込み:
①お名前、②電話番号、③メールアドレスを、info@rsy-nagoya.comまでお知らせください。
または、下記URL、チラシ内のQRコードからもお申込みいただけます。
http://bit.ly/LSJNu7
☆———————————☆
昨年は130名近いみなさんにご参加いただきました。
今年も多くのみなさまとお会いしたいです!
http://rsy-nagoya.com/rsy/blog/2013/02/vol_0224.html
1.17 KOBE2014スタディーツアー
みなさま
お世話になっております。RSY事務局の松永です。
毎年1月17日、RSYスタッフはボランティアさんとともに神戸を訪問しています。2014年も1月16日の夜に名古屋を出発し、1月17日の午前5時46分は神戸の被災地NGO恊働センターで迎え、黙祷しました。今回はスタッフ・ボランティア合わせて16名で参加し、また当法人と関わりの深い「おとつむぎネット」より5名、合わせて21名で神戸を訪れました。
今回のスタディツアーに、「震災から3年目あたりに精神的ストレスが高まり、自殺も増えたと聞いていたので、神戸での支援がどうだったのか知りたかった。また阪神高齢者・障害者支援ネットワークの黒田さんにお会いしたかった。」と仙台からの参加もありました。


黙祷の後は、被災地NGO恊働センターの村井氏のお話を伺いしました。常に相手を尊重しながら物事を捉えていくことの重要さを再認識しました。

その後は、神戸市でも特に阪神・淡路大震災の被害が大きかった長田区へ移動し、NPO法人まち・コミュニケーションの吉田氏をガイドに招き地域散策を行いました。



長田区には、震災で焼け残った電柱・木が、現存する「語り部」として今も残されています。長田区の被害は、全焼棟数が4,759棟、全壊棟数が15,521棟、焼損面積は延床で524,000平方メートル(全市では819,000平方メートル)と甚大なものでした。震災で焼失・倒壊など大きな被害を受けた地区の被災者対策、市街地の復興と災害に強い安心のまちづくりを早急に進めていく必要から、土地区画整理事業を行ったため、震災以前の町並みは全て変わっています。しかしこの焼け焦げて傾いた電柱だけは、移転・撤去を免れ当時の現地を表す唯一の証人となっています。


長田区散策の後は、伊川谷工房(阪神高齢者・障害者支援ネットワーク)を訪れました。ここへも毎年お世話になっています。今回は「おとつむぎネット」より胡弓・ギターでの演奏会が開催されました。また阪神高齢者・障害者支援ネットワークより振る舞われた炊き出しと一緒に住民の方と交流も行いました。
「家が大きく揺れた。家族は無事だったが、家は半壊。職場に行くと、本棚が倒れるなど、めちゃくちゃだった。その道中は、高速道路が倒壊したりと、すさまじい光景だった」と、85歳男性から当時の生々しい話もお聞きしました。
1月17日にRSYスタッフ一同、毎年神戸を訪れていますが、こうして原点である「阪神・淡路大震災」の話、経験や教訓を語り合う特別な日となっています。
宮城県七ヶ浜町【第150報】3.11東日本大震災メモリアル企画 意見交換会開催しました!
皆さま
お世話になっております。RSY七ヶ浜事務局郷古です。
震災から間もなく3年が経ちます。昨年度は東日本大震災の節目となる3月に「3.11メモリアル企画」を実施しました。(昨年度の様子はコチラ)
本年度は、昨年度より多くの人たちと共に手作りの企画を開催できないかと考え、地元のボランティアグループや町外から継続して応援してくれているボランティア団体などを含めて意見交換会を行ないながら企画の実行委員会を作り、運営していくことにしました。
今回は顔合わせも兼ねての第一回意見交換が1月15日(水)に行なわれ、30団体以上、合わせて約40人が参加してくださいました。


各団体の自己紹介が終わった後、まずは班に分かれて個々に思っていることや伝えたいメッセージを書き出していきました。一部ですが皆さんが書いた内容を下記にご紹介します。
【町民からボランティアへ】
・「ありがとうございます」の一言。本当は町民がしなければならないだろう作業を寒い中、熱い中本当に「ありがとう」です。この言葉を一人ひとりに伝えたい。
・ 震災から3年を迎え町も一歩ずつ前進し、ボランティアにおいでの町外の方々に、変わっていく町の姿を見ていただきたい。そして、七ヶ浜の名物を食べていただけるよう着々と準備をしているところです。
・もっと他の七ヶ浜町民に「こんなにたくさんのボランティアさんに応援して頂いたこと」を解っていただきたい
・もっともっと話したい。いつも名残惜しい気持ちでお別れします。お茶のみじっくりしたいですね


【ボランティアから町民へ】
・ボランティアに来た私たちをいつも温かく迎えていただきありがとうの想いばかり、逆に自分達はさらに何ができるのか
・七ヶ浜で出会った多くの人との付き合いが今でもあり、嬉しい。もっと交流を深めていきたい。
・町の良さを誇りに思って積極的に外にPRしてほしい。人情、景観、歴史、国際交流など。七ヶ浜はいいところたくさんあるよ!
などなど、とても「これからの七ヶ浜町」に必要なキーワードらしい言葉が続々出てきました!
次は「ではどうやったらこの想いを実現できるか?」「これをやった方がいいのでは?」という意見出しを行ないました。


・町の復興計画を町全図に表示して展示して、共有しボランティアがお手伝いできそうなところを一緒に考える。
・これまでの七ヶ浜の人たち、ボランティアの活動の歩みの写真・ビデオをみんなで見る。
・七ヶ浜の地元の郷土料理やボランティアさんの地元の郷土料理を食べれる場所を作り、食の交流をする。
・ボランティアさんに感謝の気持ちを伝えるおもてなしをする場を作る
・浜清掃をし、追悼の気持ちを再確認する。
・防災講習会、災害に備えるために色々な団体の防災の取り組みや教訓を聞く時間を設ける。
などがでました。


この想いを伝える場所にしようと3月15日(土)に七ヶ浜町で東日本大震災メモリアル企画を行います。
※RSYではボランティアバスを運行予定です。(詳細は後日にUPします。)
大きく分けて「追悼・交流・食・展示・語り継ぐ」の5本の柱で企画を七ヶ浜町民と七ヶ浜町を応援してくれているボランティアで作り上げていきます。
「この震災で失ったものは数多くあるが悲しいことばかりだけじゃない。震災を通じて出会った人たちとの縁はかけがえのないものだ 。これからどうやってこの縁/絆が絶えず続いて行けるかが課題だ」とおっしゃった住民の方もいました。
次の打ち合わせは1月29日(水)になります、続報をお待ちください。
宮城県七ヶ浜町報告【第149報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第6号](2013年12月1日~12月31日)
お世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」
つぶやきからは被災者の様々な現状をうかがい知ることができます
年末には顔なじみになったボランティアと「また来年にね。」
それと共に、
【つぶやき】
指輪のダイヤが気がついたらどこか行っていたよ。
もう1つのは本物の金で、2つとも震災の時は付けていたから無くな
年をとると指が曲がってく。いたくはないんだけど、としだね。
手が冷え性。足は大丈夫。今日はぐっすり寝れそうだよ。
(女性/70代)
以前に来たことあるよね?
昔は家中(車や船)にお正月飾りを飾っていたんだ
※今は仮設住宅で狭いのでそこまではしていない。
(集会所とかの)共有で使う場所はグループが出来ているから・・
(女性/90代)
集会所さえ空いていればここ(同じ仮設の友達)
集会所が年末年始は鍵が閉まっちゃうでしょ?
みんなで集まろうにも家の中は狭いし、人呼べない。。。
だから集会所にみんな集まって毎日お茶会やってんだ。
他の集会所はよく知らないけど、
(女性/60代)
昨日だか病院行ったんだけど痛い。14年も痛えんだ。
来年もお待ちしてます。私は毎日ここにいるから。
(男性/80代)
娘と孫と住んでいる。ひ孫もいるんだよ。
家ではやることがないからテレビばかり見て過ごしているよ。
こういうイベントがある時は必ず参加するようにしている。
ボケ防止、外に出る機会を与えてくれてありがとう!
(女性/80代)
お医者さんから(標準体重より)
でも野菜嫌いだから…
娘には、死にたくないなら食べなさいって言われるのよぉ。
手があったかくなってきたわ。ありがとう。
(女性/60代)自分でやるのと人にやられるのとだとマッサージって全然ちがうね
家新しく建てるんだ。元取るためにもっと生きなくちゃね。
12月27日に家引き渡しだけど、お正月はここ(仮設)
1月にゆっくり引越する予定なんだ。
(女性/80代)
私は戦争も津波も2回経験したのよ。
仮設は台所が狭くて、鍋も流されて小さいのしかない。
だから料理する気にならないよ。(仮設を出て)
(女性/80代)

