宮城県七ヶ浜町報告【第199報】七ヶ浜町松ヶ浜地区避難所完成式に参加しました

皆さま

いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局 郷古です。

5月31日(日)に七ヶ浜町松ヶ浜地区の避難所完成式が行われました。
この避難所は東日本大震災で津波の被害を受け流失してしまった地区公民分館の代わりに、国の助成を受け、町が建てたものです。
※七ヶ浜町の避難所は計4か所ありますが、完成しているのは松ヶ浜地区含めて2か所です。

当日は地区主催で地域住民や役場/社会福祉協議会関係者合わせ約150名が参加され、盛大に執り行われました。
受付では地区の健康作り推進員の皆さんが災害ボランティア活動支援プロジェクト会議(支援P)から頂いた『うるうるパック』を来場された地区の皆さんにお配りしていました。
うるうるパックの配布

★うるうるパックとは?

うるうるパックとは、被災者が必要とする生活物資等を企業等から頂き、ボランティアがパック化したものです。今回は地区避難所の近くに住んでいる高台移転された方々や災害公営住宅入居者ひとりひとりに手渡されました。

 

副町長挨拶や震災時に避難先として社員寮を開放したソニー仙台テクノロジーセンターの代表へ感謝状が送られました。又、主に高台移転/公営住宅入居者で構成される西原地区の住民の名前をお一人ずつ紹介などが行われました。

式の様子式の様子2式の様子3

 

又、地元太鼓グループや七ヶ浜出身で横浜で活動されている楽団の皆さんによるお祝いの演奏会なども行われました。
浜風太鼓の様子星の子楽団の皆さん

私たちRSYは足湯やその他活動で予てより交友関係のあった仮設住宅からこの地区に引っ越して来た方々への訪問活動等を行い、完成式への参加を促したり、引っ越ししてきてからの生活のお話を聴かせて頂いたりしました。

新生活が始まって「これからはここで住むんだから気持ちを新たにみんなと頑張っていきたい」と前向きな声が多くありますが、一方で「仮設の友達と会えなくなってさびしい。家は広いが、生活に不便な点もいくつかある」という声も聴かれます。
仮設から移転した人も、残った人も出てくるという時期に入りました。これからの支援を考えるうえでどちらの声にも寄り添い、よりよい新生活が送れるように私たちも関係機関と協力しサポートしていきたいと思います。

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【住民の声】

〇仮設にいた頃と比べると買物が一番不便だね。移動販売車が来てくれるけど毎日じゃないしね。でも、別の仮設で友達だった人たちと一緒の地区に入れたからそこらへん(近所での助けあい)は大丈夫だね。
(50代:男性) ※引越ししてきた方

〇仮設では足湯でお世話になりました。足湯はここ(移転先)にも来てくれるの?私は公営住宅で町に家賃払って3人暮らしだけど、高台移転で家建てた息子夫婦と孫が近くにいるんだ。
又、家に遊びに来てね。
(70代:女性) ※引越ししてきた方

〇今日の避難所完成式には行かないわ。今朝、民生委員さんが呼びに来てくれたけどあんまり賑やかななところは好きじゃないんだ。引っ越しの荷物はおきっぱなしだよ。すぐ使うやつはもうやったんだけどとりあえずってのはそこにダンボールのまま積んでる。体調良い時にヘルパーさんと一緒にやるわ。
(70代:男性) ※引越ししてきた方

〇地区の役員で訪問活動をやってるんだけど、仮設から移ってきた人たちは詳しくは知らないの。これからこの引越ししてきた地区に早くなじんでもらえるように私たちも避難所でイベントをやったりして交流出来たり、避難所・・・・というか公民分館を身近に感じてもらえるようにしたい。
(60代:女性)※地区役員

宮城県七ヶ浜町報告【第198報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第23号](5月1日~5月31日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2015年5月号をお伝えします。
七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯や
日々の活動を通して聴ける住民の声『つぶやき』からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年6月11日で震災から4年3ヶ月が経過しました。

日焼け止めクリームが必要なくらいの日差しの強さが続く、梅雨入り前の七ヶ浜町。
『5月・6月でエアコン入れてたら夏はもたない。ただでさえ仮設住宅は暑いのに。』という声も上がるほど仮設住宅で迎える夏は乗り越えるのが大変です。『夏暑く、冬寒い』というプレハブ仮設特有の問題は阪神淡路大震災から多少は改善されているものの、未だ被災住民が悩んでいることの一つです。
更に『夕方以降、出歩くのが恐い。高台へ引っ越した人たちが少しずつ出てきたから、自然と部屋の明かりが少なくなって、仮設全体が暗い。』という今だからこその声も聴こえます。
このように4年間ずっと悩んでいたことに加え、4年目から新しく悩むことも出てきています。
そういった不安や悩みは公営住宅入居してからも出てきます。私たちは住民のみなさんが困ったその時に、相談しやすい良きパートナーでありたいと思っています。これからも皆さんの声に寄り添って…。
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〇先月、階段で転んでしまってね。救急車でそのまま半月くらい入院していたんだ。手術すれば治るんだけど、いろんな事情あって出来ないんだ。この怪我のお蔭で車の運転が出来なくなって仕事も辞めざるを得なかった。リハビリで歩いてるけど杖突くようになって、行動範囲狭くなった。いろいろやりたいことあったけど予定狂ってしまってもうなにもかも嫌だな。
(60代:男性)

 

〇集会所に来てお話することが一番楽しいです。孫の家に行っても、『なんだか邪魔かなー?』って思ったりする。
居座れる場所がないからすぐに仮設に帰ってきちゃう。足湯のみんなが来てくれるのがすごく嬉しい。
(60代:女性)

 

〇私は一人暮らしだからいつも寂しい。特に話すのが好きだからね。だから足湯は毎回来るよ。
今年の11月に完成予定の公営住宅に入るまでここの仮設にいるよ。でも、まだ先のことだからね。引っ越ししないでここに居てもいいだけどね。
(70代:女性)

 

〇今日が足湯って前に聞いたから来たよ。公営住宅はお客来ないからさ、仮設みたいに人がいっぱいいるわけでもないし。
毎月来るからさ、言ってよ。俺はあなたたち(ボランティア)に会いに来るんだからね。
(60代:男性)
※仮設から引っ越しをして公営住宅に移られた方

 

〇この頃、ふと思うよ。震災がなかったらRSYやたくさんのボランティアさんとも出会ってなかったんだよね。そう考えるとなんて云ったらいいのか・・・。震災のおかげって言ったら変だけど本当に感謝しているよ。
地区の体操教室も東京からきたボランティアさんが手伝ってくれたりして、本当に助かってるよ。
(70代:女性)

 

〇公営住宅に入居する場所とか全部決まってるんだけど、まだ引越しはしてない。他のみんなは引っ越してるんだよ。
日照権とかゴミ捨て場とか駐車場とかいろいろ問題はあるんだよね。
(70代:男性)

 

〇引っ越し終わったよ。だいぶ整理ついた。ほとんど業者さんにやってもらったけどね。
仮設とは違って部屋が広くなってお客も呼べるし、楽しいよ。いつでも来なよ?
『この新しい地区にこれから住む』っていうのを身体で慣らさなきゃねー。買物が不便以外であとは大丈夫よ。
(60代:女性)

 

〇おかげさまで地鎮祭が終わったよ。俺ら行くところはA浜とB浜の人が混ざる土地なんだ。知ってる人も多いけど、知らない人も多いな。そこに高台移転する人たちで新しい行政区作るんだ。区長とかまだ決まってないけどな。孫と一緒に住めるんだ。嬉しいよ。
(70代:男性)

 

 

宮城県七ヶ浜町報告【第197報】きずな号で七ヶ浜を学ぼうツアー第1回 七ヶ浜で海釣りをしよう!!

みなさま、はじめまして。

RSY七ヶ浜事務局槙島です。
東日本大震災後、七ヶ浜へボランティアとして訪れていたことがきっかけで今年度4月より七ヶ浜事務局スタッフとなりました。
町民の方一人ひとりの声に耳を傾けながら活動してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、先日5/16(土)にきずな号で七ヶ浜を学ぼうツアー!
“第1回魚釣りに行こう!~漁師が伝える七ヶ浜の魅力~”が開催されました。

朝はあいにくの雨でしたが、雨天決行!ということで、少し空の様子を見ながら七の市商店街で準備を。
釣竿に糸を通して仕掛け作り

漁師の鈴木直也さんと一緒に釣竿の仕掛けをつけていきます。

「これができるようになったらいつでも釣り行けるからね」と言われ、子どもたちは覚えようと真剣に見て、実際に自分でやってみて・・・

仕掛け準備

準備ができたらきずな号で菖蒲田浜へ出発!
着いたら早速えさのさんまを切ってくカニ籠を仕掛ける準備をします。

カニ籠を仕掛ける準備
「釣りが終わったらあげてみようね、何が入ってるかはお楽しみ!」
カニ籠を海へ投げて仕掛けます
グループごとに海へ仕掛けて・・・

そうしているうちに雨が上がって、グループごとにスタートしました。
釣れるかなーという心配をよそに30分経たないうちになんとマコガレイをGET!
マコガレイが釣れました

それを見てみんなも俄然やる気が・・・!
マコガレイが釣れたあとも、アイナメやクジメが釣れて、終了時間まで場所を交代しながら楽しみました。

船に乗せてもらって

今回は初めての子も多かったので堤防釣りでしたが、特別に船にも乗せてもらったりと、漁師さんと一緒にやるからこその貴重な経験でした。

「まだやりたいー帰りたくないー」と言いながら、しぶしぶ片づけをした後は朝仕掛けたカニ籠をあげます。

・・・Aチームはちいさなヒトデがたくさん、Bチームにはイソガ二、Cチームには渡り蟹が2匹!みんな大興奮でした!!!

サプライズプレゼントじゃんけん
そしてその他にも直也さんからサプライズプレゼントのじゃんけん大会でタコやナマコ、アワビがもらえた人も・・・!
あわびじゃんけん

朝雨が降っていたとは思えないほどの良いお天気になり、最初はえさをつけるのを嫌がっていた子達も終わるころには自分で工夫しながらつけて、最後まで楽しんでいました。

古くから海と密接に関わり、生活が営まれてきた七ヶ浜町の魅力を、子どもたち感じてもらえるような企画を、みなさんの声を聞きながら考えていきたいと思います。

きずな号から集合写真

~参加者の声~
・いちばんのおおものをつって、たのしかった。(小5男子)
・もっと沖に行って釣りをしてみたい(小4男子)
・うみにもぐってあわびがとりたい(小2男子)
・今日は1匹も釣れなかったから、次やるときはいっぱい釣りたいです(小5男子)

・子どもたちは初めて自分でえさをつけたりして、楽しく学べたと思います。
・ずっと「釣りをしたい!」と言っていたので、今回釣りのやり方を教えてもらえて楽しそうで、私も嬉しかったです。
・ライフジャケットを全員着せてもらって、参加できたのは安心でした。
・子どもたちだけでは海に行かせられないので、このような企画があると海も身近に感じられる   と思うし、次回もまた参加させたい。

・久しぶりに釣りができて楽しかったです。これを機会に家族で釣り、始めたいと思います。

 

主催:認定NPO法人レスキューストックヤード

協力:七ヶ浜ぼっけ倶楽部七友会、ぽっけの会、東北学院大学災害ボランティアステーション、町民有志

特別協力:㈱サークルKサンクス

宮城県七ヶ浜町報告【第196報】七ヶ浜町災害公営住宅の入居間近 ~住民の声~

みなさま

お世話になっております。RSY郷古です。
今年中に完成予定となっている七ヶ浜町の災害公営住宅の建設状況をご紹介します。
七ヶ浜町では、全5ヵ所で5つの地区別れ、災害公営住宅が完成予定です。基本的に震災前に住んでいた地区の公営住宅(例:菖蒲田浜地区の方⇒菖蒲田浜地区に建設された公営住宅に入る)に入居可能ですが、中にはバラバラの地区の方々が入居する公営住宅もあります。

吉田浜地区災害公営住宅

<吉田浜地区災害公営住宅 2015年5月~>

 

松ヶ浜地区災害公営住宅

<松ヶ浜地区災害公営住宅 2015年5月~>
※ここの公営住宅では、様々な地区の方が入居される

 

 

菖蒲田地区災害公営住宅

<菖蒲田浜地区災害公営住宅 2015年10月~>

 

花渕浜地区災害公営住宅

<花渕浜地区災害公営住宅  2015年11月~>

 

 

代ヶ崎地区災害公営住宅

<代ヶ崎浜地区公営住宅 2015年12月~>

 

 

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【入居待ちの住民の声】

○ついに来月だ。仮設は狭かったから友達も呼べなかった。
これで少しは広くなる。是非、遊びにきてよ。
(50代:男性)

 

○ 仮設住宅には、移動販売来ててなんとかなってたけど今度いくところ、
周りに商店もないし、バス停も遠いから移動販売きてくれないと生活に困るなぁ。
(60代:女性)

 

○私の入るところは、いろんな部落の人が集まるところなんだよ。私の地区の人は2件しかいないの。
でも、仮設で友達もできたし大丈夫だよ。息子夫婦と孫と一緒に生活するんだ。楽しみ。
(70代:女性)

 

○引越しとき一緒に手伝ってね!一緒にやると楽しいじゃん!なんでも楽しまなきゃね!
(50代:女性)

 

○入るのはいつになるか分からないね。「延長です。延長です。」って毎回連絡来てるからね。
正月は新しい家で迎えたいね。
(70代:女性)

 

○ お世話になった仮設は最後にピカピカにして出たい。壊されるのは分かってるけどね。
こうして4年間住まわせてもらったので、感謝の気持ちでいっぱいだよ。
(60代:女性)

 

○いままでは(仮設だから)無料だったけど、家賃が発生するからね。
間取りや収入によって家賃が人それぞれ違うんだよ。
(男性:60代)

宮城県七ヶ浜町報告【第195報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第22号](2015年4月1日~4月30日)

皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2015年4月号をお伝えします。
七ヶ浜町の仮設住宅集会場で定期的に開催している足湯を通して聞ける「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年5月11日で震災から4年2ヶ月が経過しました。4月末には桜が散り、夏へ向かって動き出しています。
GWも観光名所である松島四大観「多門山(たもんざん)」や桜の名所でもあり、展望台もある「君ヶ岡公園」、マリンスポーツのメッカである「小豆浜」 、国際交流イベントがあった「国際村」、漁港やヨットハーバーがあり、太平洋を一望できる「眺洋台」などに町外からの観光客がいらっしゃっていました。
しかし、観光のメインであった「菖蒲田浜海水浴場」 は防潮堤の工事中で、遊泳禁止です。
着々とすすんでいますが、高さも6.8m。長さも約2㎞も有りますので なかなか終わりません。
防潮堤の前に立つと、本当に大きな壁です。
ある町民の方は、「海があるのが七ヶ浜という町だったが、見えなくなってしまった。浜が無くなったわけではないがこれでは七ヶ浜町ではないなぁ。命を守るために必要なことだろうけど、後の世代はどう思うかなぁ」とも話していました。

七ヶ浜町の大切なもの、変えていかなければならないものを町民のみなさんは考えています。
大切な声/想いに寄り添って、これからの七ヶ浜町を一緒に考えていきたいと思います。
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〇公営住宅にこれから移るけどまたみんなバラバラになるから(仮設にいる顔見知りの)ばあちゃんたちの事が心配なんだ。ここ(仮設)だと(近いし)、「よ!」って言えっぺ?これから高台移転地に行くんだけど金の借り方も考えねえと。海岸の前に家持ってたんだけどまさかこんなことになるとはなあー。
(70代:男性)

 

〇今月中に家建て始まって、今年の8月か9月ごろに仮設出るんだ。息子と孫とみんなで住むよ。俺も漁師だったし、息子も孫も漁師だ。俺が若い頃は町で一番税金を納めていたんだぞ、所得税だ。漁は55,56歳ぐらいで辞めた。あとは息子たち任せてる。

(70代:男性)

 

〇今日で(足湯に)来るのが最後なんだ。 引っ越しは5月3日だよ。いつでも遊びに来てよ。
(60代:男性)

 

〇おかげさまで引越ししました。高台移転です。孫らが公営住宅の説明会に行っている。4月16日から鍵もらってた。家賃は5月1日から掛かる。引越し自体はあとになってもいいらしいけどね。友だちとか買物とか考えるとやっぱり仮設にいたころの方が良かったよ。
(60代:女性)

 

〇公営住宅にもう住んでいる人がいたよ。住宅内にある公園にはベンチがなくて人が寄れない。仮設にあるベンチを持って来たらいいのにね。自分の庭にも置いて人が集まれるようにしたい。
(60代:女性)

 

〇公営住宅に入る時には、保証人をたてないといけないが、身内が全員年金暮らしの方がいた。役場も仮設から出て欲しいと思っているから特例も考えているじゃないか?
(60代:女性)

 

〇久しぶりに(商店街や公民館あたり)こっちに来たな。半年前に交通事故で入院したから動けなかった、。今も病院通いだよ。移転して2年間だが、家の片づけ終わってねぇ。
1人でやるのは時間かかるんだよ、透析で週3回病院行かなきゃならない。
七ヶ浜の復興間まだあと4年はかかるかな。浜も堤防工事おわんねぇし、仮設もすぐにはなくなんねぇよなぁ。
(70代:男性)

 

宮城県七ヶ浜町報告【第194報】第四回きずな公園DAY

みなさま

いつもお世話になっております。
RSY郷古です。

去る3月28日(土)に第四回きずな公園DAYが開催されました。
当日は天候にも恵まれ、たくさんの子どもたちが遊びに来てくれました。
※前回の様子は【こちら

第四回きずな公園DAY新しくなった東屋

本日は第四回ということもあり、常連さんの顔もちらほら。
お父さんとお母さんと!と云ったご家族での参加も見られました。

まずは公園内の清掃です。
箒係と手で拾う係と 分かれて全員でお掃除!
普段は楽しくない(?)お掃除の時間も・・・?
「こんなにいっぱい落ち葉集めたよ!」と大学生ボランティアさんに見せて喜んでいる子も!
やっぱりみんなが一緒だとお掃除も楽しいですね!

 公園内お掃除公園内お掃除

 

お掃除の後は、幼稚園児から小学6年生みんなで一緒にだるまさん転んだや玉入れゲームを行いました。遊具もフル活用!

ブランコ遊び鉄棒遊び滑り台遊び

また、3月24日から設置された新遊具「うんてい」に目を輝かせながら遊ぶ子どもたち!
「私、うんてい大好きなの!できて嬉しい!」と、1人の女の子はずーっと雲梯で遊んでいました。

新しくできた雲梯

 

集合写真はみんな大好き複合遊具の前で!

集合写真

桜の開花はまだですが、春も近づきたくさんの子どもたちが遊びに来ているようです。
東屋も新しくなり、新遊具も設置されたきずな公園。
今年度もたくさんの子どもたちに遊んでもらえますように!いろんな企画を住民のみなさんと一緒に考えて行きたいと思います。

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【住民の声】

●公園ができるまでは、たばこ吸う人やベンチの上で犬の毛づくろいとかしててなんか嫌だった。でも、公園ができて今日みたいなイベントとかもやってると子どもたちが使うようになった。
笑い声が響いていて本当に良い。散歩とか外に出かける気にもなるよ
 (70代:男性)
※近隣の仮設住宅にお住まいの方
●景色もいいし、私も、私の友達も良く来て遊んでますよ。
 遊具も小さな子でも遊べるのが揃っていて子どもも喜んでいます。
 (30代:女性)
●海がきれいだけど、(堤防で)海が見えなくなっちゃんた。きずな公園からは少し見える。
 (小学生)
●うんていが出来たんですね。うちの子にとって幼稚園のは少し小さくて、小学校のは高いみたい。 ここのはちょうど良いみたいね。子どもが楽しそうにしていてると、私も嬉しいですよ。
(30代:女性)
●あれ?(東屋は)いつのまに新しくなったんですか?え?塗り替えただけ?
 新品みたいでいいですね。ピクニックに行きたくなるね!水道が使えたらいいなぁ。
 (40代:女性)

あるある79号発送しました

みなさま

お世話になります。RSY事務局です。

ゴールデンウィークが始まっていますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
本日、事務局では「あるある79号」の発送作業を行いました。
今回はいつもより同封するチラシ等が多かったのですが、
2名の心強いボランティアの方のご協力があり、とってもスムーズに作業が進み
無事に作業を終えることができました。

 

さて、最新号(79号)の読みどころは・・・

▼特集1
東日本大震災から3月11日で4年が経過しました。
被災3県での災害公営住宅の完成は15%に留まっています。
RSY七ヶ浜スタッフに、現在の七ヶ浜のまちの様子や5年目の想いを聞きました。

▼特集2
東日本大震災による避難者は、いまだ22万5千人を越えています。
愛知県にも約1,100人の県外避難者の方がいらっしゃり、悩ましい生活は続いています。
愛知県被災者支援センターの瀧川さんに、県外避難者の現状や支援についてお聞きしました。

お手元に届くまでしばしお待ちください。
ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。

RSY 春合宿終了しました!

みなさま

 

2012年4月から年2回のペースで実施しているRSYスタッフ合宿。本年度1回目が無事に終了しました。現在RSYでは、名古屋事務局6名(プロジェクトスタッフ2名)、七ヶ浜事務局4名、愛知県被災者支援センター事務局4名、震災がつなぐ全国ネットワーク事務局2名の計18名の有給スタッフを置いて活動しています。

この合宿では、2015年度上半期の事業方針・事業進捗確認、目的の明確化、互いの担っている業務への理解、スタッフ間の親睦を深めるなどを目的とし、14名が参加しました。

本年度は新規事業として、広域避難者支援ネットワークづくり、子ども防災、炊き出しツールの開発をテーマにした助成金事業や、避難行動計画づくり、商店街での防災訓練、要配慮者支援、避難所運営訓練等の委託事業も行政から受託しています。また、七ヶ浜での東日本大震災の被災者支援も引き続き継続していきます。

さらに今年も各地で多くの災害が発生する危険性が高いことから、オールジャパン、東海地区、愛知県内、名古屋市内でのネットワークづくりも強化していくこととなりました。緊急救援、東日本大震災復興支援、地域防災の3本柱を丁寧進めていけるようスタッフ一同協力し合いながら取り組んでまいります。

いつも支えて下さっているネットワーク、会員・ボランティア、各被災地、一般市民の皆様に深く感謝すると共に、引き続きご理解とご協力をよろしくお願い致します。

(最後に一人ずつ今年度上半期の目標を発表して終了しました)

宮城県七ヶ浜町報告【第193報】月刊つぶやき@七ヶ浜[第21号] (2015年3月1日~3月31日)

皆さま

いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。

宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2015年3月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2015年4月11日で震災から4年1ヶ月が経過しました。

「5年目はいったなや、いよいよ引越しだわ。ありがとう。」
ついに仮設から公営住宅の引越しが5月より始まる七ヶ浜町です。
しかし、5団地の内5月に入居できるのは2団地。その他は『年内』となっています。
「今年の年越しは寒い仮設じゃないところがいいね」と話す親子も見かけました。

「本当は家を建てたいけど・・・。そんなお金は流されてしまった・・・」
復興が進むにつれて、個人の復興格差が顕著に見えてきています。
公共の支援だけで補えないところを支えるのがNPOやボランティアです。
「公営住宅に入ったら、仮設みたいに収納棚や神棚をつくらないといけないんだ。
手伝ってくれないか。終わったら一緒にご飯でも食べよう!やっとお客を呼べる広さの家に入るんだからね!」
支援者と被災者といった関係から時を経て、友達付き合いのように接するようになり、このような声もかけてもらっています。
5年目に入ったRSYの東日本大震災支援活動を、頑張る七ヶ浜町のみなさんをこれからも応援してください。

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○入院してたから公営住宅入居の時の提出書類がまだ出来ていない。

入院中は全く情報が入ってこなくて大変だった。
説明会にも出られなかったけど、友だちがいろいろしてくれてなんとかなっている。
(50代:男性)

 

 

○引越はまーだまだ先だ。住宅の説明会もまだまだ。いつから入れるのかな。
一人暮らしは引越し大変だよ。なんかあったら『手伝って』って声かけるからね
(80代:女性)

 

 

○家にいる時は裁縫してんだ。なにもしねぇとボケるからさ。
若い時は漁師だったから全国回ってたんだ。身体悪くしてからはダメだな。
今作ってる(手芸品が出来たら)今度あげるからまた来てな。
(80代:男性)

 

 

○足湯来たの初めてなの。いつもは夫がいて家から出ようとしないから行けなかった。
夫が入院してから三日目。いたら喧嘩するけどいなくなるとさみしいね。
10日に手術するの。夫と息子夫婦と孫の5人で住んでるの。仮設での暮らしは慣れた。
(60代:女性)

 

 

○接骨院行ったら血圧が上200って数字が出たんだ。血圧高くてマッサージしてもらえなかった。右手/右足がしびれがとれねぇ。どうにかしてくれよ。
(60代/男性)

 

 

○避難所で一日2食の生活をしていたから、震災後は昼食抜きの1日2食の身体になった。
震災前は米を炊いていたけど、今は出来合いのものをコンビニで買っている。
(50代:男性)

 

 

○浜のお茶会はいつもあんな感じだよ。みんな楽しい感じで。また遊びに来てよね。
(70代:女性)
※同じ部落の人たちだけで集まるお茶会が集会所で開催されている。

 

 

○歳を取るにつれてどんどん身体が悪くなっていく。最近は白内障と緑内障と医者に言われた。いつも集会所に集まってみんなとおしゃべりするのがとても楽しみ。
こうして学生さんたちが来てマッサージしてくれるのが本当にありがたい。
(70代:女性)

 

 

 

○3月11日はまた雪降ったね。あの時も降ってたんだよ。
みんなして今、笑ってっけど大変だったんだからなぁ。
(80代:女性)

宮城県七ヶ浜町報告【第192報】ボランティアバス70陣報告(3/13~16)

みなさま

お世話になります。RSY事務局です。

ボランティアバス70陣は13日(金)に名古屋を出発し、14日(土)は宮城県七ヶ浜町で住民との交流会を行い、15日(日)は東日本大震災追悼企画「3.11メモリアル企画 七ヶ浜UMI-TSUNAGU 2015」に参加し、16日(月)の早朝に名古屋へ帰着しました。以下、ボランティアバス70陣の活動報告です。

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3月15日に宮城県七ヶ浜で行われた東日本大震災の追悼企画「3.11メモリアル企画 七ヶ浜UMI-TSUNAGU 2015」にボランティアとして参加するため、3月13日夜から16日朝にかけて、RSYボランティアバス70陣が七ヶ浜へと向かいました。今回のボラバス70陣メンバーは14人、何度もボラバスで七ヶ浜を訪れている人や今回初めてボラバスに参加する人もいました。 13日の20時頃RSY名古屋事務局を出発し、翌日14日の8時頃七ヶ浜に到着しました。七ヶ浜に着いて、きずなハウスでRSY七ヶ浜事務局の方と合流し、今回のボラバスの目的や日程の確認などを行い、きずな公園まで朝の散歩をしました。

 

 

 

 

 

 

その後、公民館に2名の七ヶ浜の住民の方に来ていただき、ボラバスメンバーも2つのグループに分かれて住民交流会を行いました。来ていただいた住民の方は、震災前の七ヶ浜の様子や震災直後のこと、避難所での生活や仮設住宅での暮らし、今後の生活の見通しなど、本当にたくさんの貴重なお話をしてくださりました。私たちには、想像がつかないくらいの大きな震災であったこと、震災によって余儀なくされた避難所や仮設住宅での生活など、考えを深めることのできた交流会となりました。

 

 

 

 

 

 

午後からは翌日に控えているメモリアル企画の準備を行いました。七ヶ浜ボランティアセンターの方々が中心となり、いくつものボランティア団体がメモリアル企画の会場の準備などをしていました。ボラバス70陣は、展示ブースの会場設営を行いました。震災前の七ヶ浜、震災直後の七ヶ浜、ボランティア活動の様子などの数多くの写真を展示していきました。写真を展示しながらも、震災について考えることのできる時間となっていました。

 

 

 

 

 

会場設営終了後、5名の住民の方にご協力していただき、仮設住宅の見学をさせていただきました。震災から4年が経った現在も、七ヶ浜では多くの方が仮設住宅で生活をしています。今回初めて仮設住宅の中に入らせていただいて、仮設住宅での生活における悩みや課題もたくさんあり、それらを抱えながら生活しているのだということを感じました。また、現在七ヶ浜では、仮設住宅から公営住宅や高台移転などと生活の拠点の移行期に突入しており、今後徐々に移行が進んでいくということも知りました。

 

2日目は、東日本大震災追悼企画「3.11メモリアル企画 七ヶ浜UMI-TSUNAGU 2015」当日です。当日は朝からそれぞれのボランティア団体が準備をし、11時からメモリアル企画がスタートしました。オープニングを飾ったのは、七ヶ浜を笑顔にするために活動している浜風太鼓のみなさんとWINGSのみなさんでした。威勢のいい太鼓と可愛いチアダンスによって会場は一気に盛り上がり、ボラバス70陣メンバーも自然と笑顔になっていました。

 

 

 

 

 

 

今回ボラバス70陣は、このメモリアル企画内の食のブースにて「名古屋名物 たません」を振舞いました。たませんとは、名古屋近辺においてお祭りなどの屋台でよく販売されているB級グルメのようなものです。作り方はとてもシンプルで、大きなえびせんべいに目玉焼きをのせ、お好みソースとマヨネーズをトッピングします。メンバーで協力をして、目玉焼きを作る係、えびせんべいを半分に割る係、トッピングをしてお客さんに渡す係、宣伝係に分かれて頑張りました。私たちボラバス70陣メンバーの想像をはるかに超え、「名古屋名物 たません」は大好評で、名古屋から持参したえびせんべいが足らなくなり、近くのスーパーに買いに走るほどでした。食べてくださった方々が、「美味しい」と言ってくださって、とっても嬉しかったです。

 

 

 

 

 

 

食のブースには、私たちボラバス70陣の名古屋名物たませんたけでなく、長野県のおやきや兵庫県の甘酒、宇都宮の餃子、七ヶ浜のわかめ部会によるわかめの試食などさまざまなコーナーがありました。また、食のブースのほかに語り部コーナーやフリーマーケットなどのイベントブースもあり、ボラバス70陣メンバーも一緒にイベントに参加し楽しみました。

また、14時半頃から追悼イベントが行われ、このメモリアル企画に参加している地元の住民の方々とボランティアスタッフで黙祷をし、最後にみんなで嵐の「ふるさと」を合唱しました。東日本大震災という大きな震災をこれからもずっと忘れず、伝え続けていくことを誓いました。

 

 

 

 

 

 

 

今回、このボラバスに参加し、震災から4年経った七ヶ浜を訪れ、住民の方々と交流をさせていただくなかで、七ヶ浜の住民の方々の温かさ、また、復興に対する強い気持ちを感じることができました。また、震災から4年が経ち、徐々に復興が進んできているからこその新たな課題もあるということが分かりました。私たちは、東日本大震災を決して忘れてはならず、あの大きな震災が被災地に与えた影響や未来に向かって復興し続けていること、何年経っても様々な課題があるということを未来へ伝え続けていくことが大切だと、感じ、考えることができました。