
かけがえのない命を守るために 私たちは、過去の災害から学んだ教訓を活かし災害に強いまちづくりのお手伝いをしているNPOです。

みなさま、いつもお世話になります。七ヶ浜事務局槙島です。
2015年春から菖蒲田浜漁港で釣りや海苔すき体験など、体験学習を中心に実施してきた始まったきずな号で七ヶ浜を学ぼう。
2年目を迎える今年は七ヶ浜について学ぶ時間を、と~第6弾七ヶ浜ってどんな町?~を実施いたしました。
今回は単発ではなく、7月28.29日8月2.3日全4日(+自由参加で8月4日に海水浴)という行程でしたが、中学生6名、小学生13名が参加してくれました。
8/2(火)③みんなで発表練習
(前回は「七ヶ浜の特徴」「仕事」「歴史・文化」と3つのグループに分かれて調べ学習、調べてきたことをグループで共有しながらまとめました。前回の様子はコチラから!7/28①、7/29②)
この日は更に見やすいように書き加えて各グループで発表練習です。



明日の本番に向けて、お互いの発表も見合って、「少し声が小さいから、もう少し大きい声ではっきり話したほうがいいよ」などとアドバイスもしながら、発表内容についても「ボッケが有名だけど、ヒラメが1位でボッケは11位だと初めて知って驚いた」「伊達家の別荘が昔あったなんて知らなかった」「震災で七ヶ浜の面積が小さくなったことに驚いた」自分たちの知らなかった七ヶ浜について一生懸命メモを取っていました。
そして3日間の準備を経て、ついに・・・8/3④常総市・七ヶ浜町交流夕涼み会にて発表!
(夕涼み交流会の様子はコチラから)


そして、向洋中学校Fプロジェクトのみなさんも七ヶ浜を紹介するなら有名な海苔のことを、と昨年防災学習でまとめた壁新聞を持って、発表をしてくれました。

前日のアンケートに「今日はボソボソ声でしか発表できなかったから明日は大きな声で発表したいです。(小6男子)」と目標を立てこの発表に挑み、各グループ緊張しながらも、自分たちの学んだ七ヶ浜の魅力をしっかり伝えました。
4日間一生懸命七ヶ浜について勉強したので、最後にはお楽しみも。
今年は10日間のプレオープンでしたが、震災後初の海開きということで菖蒲田浜海水浴場へ行ってきました。(菖蒲田海水浴場海開き報告はコチラをご覧ください)



今回は初めての調べ学習となりましたが、宮城県漁業共同組合様、七ヶ浜町歴史資料館様にご協力いただき、震災から5年経った今、当時は幼かった子ども達が小学生、中学生になり、当時の状況や現在の復興状況を含め、七ヶ浜の魅力について直接お話をうかがうことができました。
本当にありがとうございました。
これからも子ども達が「自分たちの暮らす七ヶ浜ってやっぱりいい町だよね。」と感じられるように、しっかり体験しながら学ぶことのできるきずな号企画を実施していきたいと思っております。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
【参加者の声】
・緊張したけど、ちゃんと発表できてよかった(小4男子)
・他のチームの発表を聞いて、震災で七ヶ浜の面積が小さくなったことや津波が来たところが昔は海で、埋め立てられたところだったことなど、知らなかったことがまだまだあったので知れてよかったです(中3女子)
・七ヶ浜に引っ越してきたので、まだまだ知らないことがたくさんだけど、今回参加してみてもっと七ヶ浜のことを知りたいと思ったし、小学生と一緒にやれたのもおもしろかったし、またこういう企画に参加したい(中2女子)
・菖蒲田海水浴場は東北で1番最初に開かれた海水浴場だと今回勉強して初めて知った。そこでみんなで遊べて楽しかった。(小5男子)
皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局です。
宮城県七ヶ浜町の住民の声「つぶやき」2016年8月号をお伝えします。
「つぶやき」からは被災者の様々な現状をうかがい、知ることができます。
2016年9月11日で震災から5年6ヶ月が経過しました。
なお、RSYでは4月14日に発生した熊本地震において熊本県御船町を中心に、
台風10号おいては北海道南富良野町を中心に支援活動を行っております。
詳しくは都度更新される支援活動報告をご覧ください。
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2016年8月は七ヶ浜にとっても、大きく風景が変わった月になりました。
10日間の海水浴場のOPEN、仮設住宅の解体が主な理由です。
延べ8万人以上のボランティアが関わったとされる『浜の復興』、町民とボランティアの願いが5年越しに叶いました。
シーズンは終わり、来年度のグランドオープンに向け、少しずつ動き出しています。
仮設住宅入居世帯も現在は約10戸になり、ほとんどの方が町営住宅や高台移転へ移転をされました。
全戸数の半分以上の仮設住宅が解体、今年度いっぱいで約9割が解体予定で、七ヶ浜にこの5年間当たり前のように建っていた『仮設住宅がある景色』が変わる年になります。
この様子はRSYの『今を伝えるブログ』で紹介しておりますので、是非ご覧ください。
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○九州の次は北海道と岩手だね。もう災害はたくさんだよ。これからまた台風がくるんでしょ。
テレビでみるたび、「これから私たちと同じような体験をするんだろうな」って心が痛むよ。
(60代:女性)
○海水浴開催期間中の土日は車の渋滞が町外まで続いていたよ。町営住宅から町内のスーパーに行くのも、とっても大変だった。
来年は道が狭いから渋滞をどうするかが問題だね。
(30代:女性) ※災害公営住宅入居者
○7月はちょっと(仮設住宅が)残ってたけど、8月になって解体作業が進んでもただのグラウンドになっちゃった。
部屋とか道とかすごい狭かった記憶あるけど、この土地自体はすんごい広かったんだなって思う。
七ヶ浜はこういった土地があって良かったよ。
(60代:女性)
○町営住宅の近くに住んでいるんだけど、時々『町営住宅にお住まいの○○さんのお宅へ行きたいんですけど』って尋ねられるんだけど答えられないのよ。
昔は隣同士が誰だとかみーんな知ってたんだけど、町営住宅が建ってからはそういう情報は一切来ないし、私も仲良くしたいけどどうすればいいか分からなかった。
この頃、お茶会をやっているのを聞いて、参加してみたら町営の人たちがいっぱいいて、仲良くなれてよかった。
なんかあったら、助けてあげられるし、手伝いできるわー。
(70代:女性)
○仮設住宅に居る人は数件だけど、全員知っているわけではない。来年3月までだけどその間にも減っていくようだよ。
町内でも「もう仮設に入っている人いないんでしょ?」って聞くけど、実はいるんだよねぇ。
(50代:女性) ※災害公営住宅入居者
○地区避難所にもお茶会やカラオケも増えてきたけど、いつも同じ人ばかりで話題に飽きる時もある。
ときどき、隣りの地区や町外の人でも誰でもいいから混ざってくれると楽しいんだよね。
(60代:女性)
○8月8日からまた菖蒲田は遊泳禁止になったんだけど、町外の人たちで駐車場もビーチも賑わっている。
風が強い時は海も荒れてるから危ないんだけど、俺たち地元の漁師やライフセーバーじゃないとそういうのは分からないはず。
事件・事故なければいいけどよ。
※菖蒲田は海開きシーズン以外は遊泳禁止になっている
(70代:男性)



みなさま、いつもお世話になります。
七ヶ浜事務局槙島です。
2015年春から菖蒲田浜漁港で釣りや海苔すき体験など、体験学習を中心に実施してきた始まったきずな号で七ヶ浜を学ぼう。
2年目を迎える今年は七ヶ浜について学ぶ時間を、と~第6弾七ヶ浜ってどんな町?~を実施いたしました。
今回は単発ではなく、7月28.29日8月2.3日全4日(+自由参加で8月4日に海水浴)という行程でしたが、中学生6名、小学生13名が参加してくれました。(7/28の様子はこちらから)
2日目は7/29(金) 『②:調べてまとめて』
前日に分かれた3つのグループで午前中、「七ヶ浜の特徴」チームは町民の方に、「仕事」チームは宮城県漁業協同組合へ、「歴史・文化」チームは歴史資料館へおはなしを伺いに行きました。
まずは「七ヶ浜の特徴」チーム。菖蒲田浜出身の渡辺洋子さんと一緒に、見たことはあったけど広げたことのなかった七ヶ浜町史や観光MAPを広げながら「七つの浜は?」「人口は?」「面積は?」など浜について復習です。


そして今年震災後初めて海開きとなった菖蒲田浜について。
「昔はプールの代わりに松ヶ浜小学校の子ども達は菖蒲田海水浴場に行って、決まった範囲で泳いでたんだよ。」
「今年から海開きだけど、七ヶ浜の人達は海の近くで暮らすからこそみんな海の楽しさだけではなく、波の引きの強さや怖さを知っているから無理して海に入ったりはしなかった。」
とのお話に「じゃあ今度みんなで行くときも気をつけないとね」としっかり話を聞いていました。
他にも昔、七ヶ浜で有名な海苔は、菖蒲田浜の3人の漁師が岩海苔を見つけて、どうすればおいしく食べられるか研究して商品化されたというお話を聞き、「これはみんなきっと知らないから発表でみんなに教えてあげよう」とメモをして、まとめました。
次に「仕事」チーム。七ヶ浜の仕事と言えばやっぱり漁師というイメージが強く、漁業協同組合さんへ訪れました。
漁協の職員さんに連れられ、まずは屋上へ上ります。
漁協の屋上からは、被災を受けた花渕浜地区が見渡せます。
職員さんが「あそこまで波が来て、あの屋根に船が乗ってたんだよ。とても大変だった。でも、みんながんばってこの建物が建つまでになったんだ」
と、震災の時の苦労をした話も交えながら、復興の様子を話してくれました。
その後は、漁師さんのことや、漁のこと、撮れる魚な『ど自分たちが知りたい七ヶ浜のこと』を自分たちが職員さんへ質問し、それに対しての答えをまとめる座学の時間。
終わった後、「ぼくたちの班が一番調べた!絶対みんなよりすごいものがつくれる」と意気揚々でした。


最後に「歴史・文化」チーム。
七ヶ浜町歴史資料館にて、七ヶ浜の歴史について説明をしてもらいながら学びました。
七ヶ浜町は海に囲まれた町なので貝塚が多く、発掘された展示品を見たり、昔の人の暮らしの話を聞き、一生懸命メモを取っていました。


その後、土器の模様つけ体験や航行する船や人々の安全を祈り彫ったものと伝えられている湊浜の薬師堂の中を特別に見せてもらい、その迫力にビックリした様子でした。
午後からは発表できるようにまとめ作業に入ります。
各グループごとにメモにとったことを見直しながら、何を伝えるかを相談しながらまとめました。



〈参加者の声〉
・漁協に行ってさしあみやていちあみなど、どうやったら魚をたくさんとれるのかを教えてもらった(小5男子)
・滅多に行けない漁協に行って、船が全部で293隻あることを知った(小4男子)
・松ヶ浜に三大薬師の薬師堂があるのがびっくりした(小4男子)
・土器を作ったり、普通は入れない神様がいるところに(薬師堂)入れてよかった(小6男子)
・七ヶ浜の有名な海苔は菖蒲田の漁師さんが研究したおかげで今こうやって食べられるんだと初めて知った(中3女子)
皆さま
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局 郷古です。ご報告が遅れておりまして、すみません。
去る8月3日~5日に「常総市・七ヶ浜町交流バスツアー」を七ヶ浜町にて行いました。
茨城県常総市は平成27年9月に発生した「関東・東北豪雨水害」により甚大な被害を受けた地域です。現在は全国・全世界からの応援もあり日常生活が戻りつつありますが、被災を受けてまだ1年も経っておらず、住民の心の傷が癒えない現状もあります。
豪雨水害時、RSYは栗田(RSY代表理事)が代表を務める「震災がつなぐ全国ネットワーク(震つな)」のメンバーである茨城県の地元NPO法人の「茨城NPOセンター・コモンズ」からの支援要請を受け、現地で支援活動を行い、避難所が閉じられた後も、陶器市など(様子はコチラ)を通して、支援・交流を続けてきました。
今回は「茨城NPOセンター・コモンズ」のご協力を頂き、常総市の子どもたち含めた16名を七ヶ浜町に招き、東日本大震災から5年を迎えた七ヶ浜町の今を知ってもらえれば、と防災を学ぶバスツアーを行いました。
常総市と七ヶ浜町は遠い・・・・!
バスで東北自動車道を6時間揺られながら、常総市の皆さんは七ヶ浜町に来てくれました!
到着後は七ヶ浜町の住民の皆さんに協力を頂き、歓迎の「夕涼み交流会」を開きました。
最初に常総市と七ヶ浜町の子どもたちから、自分たちの住んでいる町を紹介してもらいました。


次に七ヶ浜町民有志で作った「七ヶ浜は大震災の時、どんなことがあったのか?」がよく分かる防災紙芝居「あの日のぼく。七ヶ浜の3,11」を上演。


七ヶ浜ボランティア友の会、松ヶ浜地区の喫茶店「ももか」、松ヶ浜地区町営住宅の有志、傾聴ボランティアサークル「レインボー」、七ヶ浜婦人と暮らしを考える会、かんなぎ町内会の皆さん約40名程にご協力頂き、流しそうめん、手づくりピザ、冷やしきゅうり、射的ブース、クイズ大会、ビンゴ大会を行いました。



常総市、七ヶ浜町の住民合わせて約100名以上が参加をされ、大いに盛り上がりました。
翌日は七ヶ浜町の住民の皆さんにお話しを伺う、「町内ぐるっとツアー」から始まります。
七ヶ浜漁業組合では、漁協が建っている花渕地区は被災の時にどんなことが起きて、その時はどうしたのか、又、現在の漁はどれくらい復旧しているかなどを自分たちから質問をして、答えを熱心にメモ取っていました。
七ヶ浜国際村では、避難所になった時、どんなことが大切だったのか、又、高台移転を含めた町の復興状況を説明して頂きました。


お勉強の時間の後は、お待ちかねの七ヶ浜菖蒲田海水浴場での海水浴!



前日の交流会に参加した七ヶ浜の子どもたちも一緒に海で遊びます。
なんといっても、菖蒲田海水浴場がOPENするのは震災後初!
今年は誰しもが待ちわびた記念すべき’’夏’’なのです。 (詳しくはコチラ)
「一緒に砂山を作ろう!」と常総チームと七ヶ浜チームが一緒に遊ぶ姿も!
その後は、今年の2月にOPENしたばかりの、七ヶ浜町うみの駅「七のや」にて海鮮バーベキュー!
これもまた、七ヶ浜の子どもたちと合同です。疲れた身体に美味しいご飯で満腹・・・・!


バーベキュー帰りには常総の子と七ヶ浜の子がハイタッチしてお別れを惜しんでいました。
お互い過ごした時間は短かったけど、特別な時間を過ごして歩み寄れたようです。
最後は松島観光!
七ヶ浜町は日本三景「松島」の景観の一部を成しています。代ヶ崎浜にある多聞山は有名ですが・・・せっかく七ヶ浜町まできたのだから!とお隣の松島町に足を運んでもらいました。


本当につめこみのスケジュールで参加者は疲れたはずなのですが、それを厭わず、全てに参加してくれた皆さんに感謝です。
帰りのバス出発前にサプライズで常総と七ヶ浜の子たちみんなで撮った写真で作ったキーホルダーを渡しました。「今度は常総に遊びに来てね!」 そんな嬉しい言葉をかけてもらい、バスを見送りました。ともあれ、怪我なく、無事で、喜んでもらえたことにホッとしています。


今回の企画に協力頂き、更に引率としてスタッフとしてこの交流バスツアーを支えてもらった「茨城NPOセンター・コモンズ」の皆さん、ありがとうございました!
こういった被災地間での交流や震災教訓の学びの場の形成はこの先とても大事です。
バスツアーの参加者の皆さんが自分たちの住んでいる町で「防災とは?」や「地域とは?」など考える機会になれれば良いと思います。
これからもRSYは常総市及び七ヶ浜町を応援していきます!
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【ツアー参加者の声】
・七ヶ浜町は道がきれいで、津波が来てないと思っていたけど、実は高い津波がきて大変で、全部直したということを聞けた。
(常総:小学生)
・漁業を再開する為にいろいろな人の手が必要だったこと、各地からの募金で建物や船が買えたことなど大変な思いをしたと同時に、人の繋がりが広がったこと、など震災を経て体験したことで大切なことに気付くことが出来たと思います。常総市、七ヶ浜町、もっともっといい町にしていきたいです。
(常総:中学生)
・ 東北の復興の様子が自分の目で見れて良かった。
(常総:女性)
・普段食べている駄菓子を作っているところ(常総市)から、七ヶ浜町に来るとは思ってなかった。というか、言われてみないと作っているところとか見なかった。七ヶ浜でも作っている駄菓子があることも知った。今度は常総市に行ってみたい。
(七ヶ浜:小学生)
・七ヶ浜に住んでいても、「七のや」に行ったことなかった。交流企画ということで参加させてもらったが、七ヶ浜のこといろいろ教えてもらって、逆に勉強になった。子どもたちも良い機会になったと思う。
(七ヶ浜:女性)
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【主催】 認定NPO法人レスキューストックヤード
【協力】 認定NPO法人茨城NPOセンター・コモンズ
【後援】 七ヶ浜町、七ヶ浜町観光協会
※この企画は全国・全世界からRSYに集まった「関東・東北豪雨水害支援活動基金」を使わせてもらい、実施しました。
みなさま、いつもお世話になります。
七ヶ浜事務局槙島です。
2015年春から菖蒲田浜漁港で釣りや海苔すき体験など、体験学習を中心に実施してきた始まったきずな号で七ヶ浜を学ぼう。
2年目を迎える今年は七ヶ浜について学ぶ時間を、と『~ 第6弾 七ヶ浜ってどんな町? ~』を実施いたしました。
今回は単発ではなく、7月28.29日8月2.3日全4日(+自由参加で8月4日に海水浴)という行程でしたが、中学生6名、小学生13名が参加してくれました。
7月28日(木) 『①:七ヶ浜ってどんな町?WS』
7月29日(金) 『②:聞いて調べて』
8月2日(火) 『③:グループごとに発表練習』
8月3日(水) 『④:常総市七ヶ浜町夕涼み交流会にて発表」
8月4日(木) 『⑤:みんなで海水浴』
7月28日(木) 『①:七ヶ浜ってどんな町?WS』
まずは自分たちが七ヶ浜についてどのくらい知っているのか、知らないのかを認識してもらうためのワークショップ。
七ヶ浜の7つの浜といえば・・・グループに分かれて七ヶ浜クイズから始まりました!
4つのグループに分かれて地図の穴埋めです。学年も学校もバラバラですが、全問正解を目指してみんなで相談しながら埋めていきます。

正解は湊浜、松ヶ浜、菖蒲田浜、花渕浜、吉田浜、代ヶ崎浜、東宮浜。一番多かったチームも4問正解が最高。
「全然わかんないじゃん!」「もう今日で覚える!」とやる気になっていたところにもう一問。
「さあ、この中で七ヶ浜の看板に使われている動物はどれでしょう?」

とのクイズにある子が「たぬき!」と即答。
では「なぜ、たぬきなのでしょう?」との質問にはみんなだんまり。
みなさんは知っていましたか?七ヶ浜町の看板には『たぬきがウインドサーフィンをしている様子』が書かれています。

諸説はありますが、馬放島(現:七ヶ浜町代ヶ崎浜地区の無人島)にたくさんたぬきが住んでいて、食料がなくなると海を泳いで七ヶ浜まで食料調達をしにきたこと、七ヶ浜でウインドサーフィンが出来る名所があったこと、この2つを合わせてこの看板イメージになっているそうです。
そんな豆知識も知ったところで本題へ。
七ヶ浜ってどんな町?自分たちの知っていることをとにかく書き出します。



《七ヶ浜の特徴》
・海に囲まれている
・7つの浜がある
・坂が多い
・海苔や魚がたくさんとれる(ボッケ、ハゼ、カニ、カレイなど)
《仕事》
・漁師さんがいて魚がたくさん獲れる
・米農業をしている人がいる
・よっちゃんイカの工場がある
《歴史・文化》
・七ヶ浜の貝塚には昔の土器が発見された
・宮城郡三大薬師の薬師堂が湊浜にある
・貝塚がたくさんある
など、たくさん記入し、今回は「七ヶ浜の特徴」「仕事」「歴史・文化」の3つで自分が調べてみたいところに分かれ、このグループで翌日の調べ学習での質問事項を相談、まとめました。



〈参加者の声〉
・チームの人はあまり普段喋らない人が多かったので、もっと仲良くしようと思った(小6男子)
・七ヶ浜の看板がなんでたぬきなのかわかった(小6男子)
・改めて考えてみると七ヶ浜についてわからないことばかりだった。七つの浜の場所がわかった(中3女子)
皆様
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局 郷古です。
この夏、海水浴場OPEN以外に大きく動いたことがもう一つあります。それは仮設住宅の解体作業です。震災直後から、被災者の暮らしの拠点となっていた仮設住宅。震災直後は6か所総数421戸に入居されていましたが、現在は移転が進み、1か所10戸以下になっています。


震災後すぐに仮設住宅の建設が町内の中学校のグラウンドや公園、運動場建設で始まり、入居開始が2011年5月、避難所が閉鎖されたのが2011年6月、という沿岸部ではとても早い対応でした。これは役場が津波の被災を受けず、早い段階で動き出せたのと、高台に町有地が多かった、という2点が大きいと言われています。
仮設住宅では入居当時、「風除室(充分な広さの玄関)が無い」、「窓が二重サッシでない」、「お風呂の追い炊きの機能が無い」、「建物に断熱材が入っていない」、など生活してみると分かる様々な不具合もありましたが、仮設住宅総合サポートセンターを始め、役場や社協が丁寧に対応し、改善を図っていきました。
私たちRSYも「どの建物も同じつくりで、道に迷い、自分の家(仮設住宅)がどれか分からない。」という声からの表札作りを中学生たちと一緒に行ったりしました。
(概要はコチラ)(取り付けの様子はコチラ)
又、集会所ではコミュニティ形成の観点から、様々なイベントが毎日、毎週行われました。
私たちRSYも交流の場としてお茶会を行ったり、避難所から続けていた足湯ボランティアなどを行いました。ここで繋がったボランティアさんと文通を続けている住民の方もたくさんいらっしゃいます。



そんな「きずな」がたくさん生まれた仮設住宅は2017年3月末をもって、全て解体予定です。
先だって2016年7月から解体が始まりました。
仮設住宅に入居されていた方からは
「5年も居させてもらった。いろいろなことがあったが仮設住宅にはとても感謝している。町内でも知らない人もいたので、震災後知り合いになれたし、ボランティアさんとも会えた。仮設を出ると決まった時、正直ずっとこのまま、愛着がある仮設住宅に住んでいたいという気持ちもあった。でも、いつもまでも甘えてはいられない。『移転した新しい家で頑張るよ』とお礼の気持ちで、引っ越しした。」というお話も聞きました。

仮設住宅は先にお伝えしたように、完全になくなってはいません。
未だ、移転先が決まらない方(再建か町営住宅入居か)もいらっしゃいます。
私たちは移転された方、未だ仮設で生活を余儀なくされる方、両者の声に耳を傾け、共に復興へ向かってこれからも歩み続けます。
皆様
いつもお世話になっております。
RSY七ヶ浜事務局 郷古です。
2011年の東日本大震災から数えると、七ヶ浜町は震災から6回目の夏を迎えました。
大きな自然の力。沿岸部は特に大きな被害を受け、震災後数年は「海・浜の再生はいつになるか・・・」そんな声がたくさん上がっていましたが・・・・・




ついに、2016年7月29日から8月7日の10日間の菖蒲田海水浴場のOPENができました。
この海水浴場は全国では3番目に古く、東北地方では最も古い由緒あるとても有名な海水浴場です!


「延べ8万人以上のボランティアさんの力を借りて、ついにここまで来ました。共に喜びたい。」そんな町長の挨拶から始まった海水浴場。
来場者数は合計3万2千人(七ヶ浜町観光協会発表)で土日はステージイベントも行われ、大変にぎわいました。七ヶ浜町観光協会を主体とした実行委員会にライフセーバーや地元ボランティアが加わり、企画・運営を行い、大きな事故なくこの10日間を終えることができました。
「震災前の風景に少しずつ戻ってきているのが目に見えて分かるのは感動する。たくさんのボランティアさんに支えられて、海水浴場が在る、今こうしてお客さんが楽しんでいる。本当に感謝をしたい」と話すのは七ヶ浜町にお住まいのライフセーバーWさん。


震災後、ボランティアに来られた方も。
「今日はボランティアじゃなくて、観光!がれき撤去などお手伝いをしていた浜がここまできれいになって感激している。少しでも力になれたと思うと本当にうれしい。来年も来たいね」

又、簡易的だが海の家(出店ブース)も展開。
震災前に海水浴海で毎年海の家を営んでいた方も、「ここに帰って来れて良かった。もっと浜が活気づくように、来年も出店をしたい」と喜んでいました。
今年は10日間だけの試験運転でしたが、来年はグランドオープンと銘を打ち、海水浴シーズンずっと開けていられるように準備していくそうです。
また進捗ありましたら、ブログを通じて皆さんにお伝えしますね!